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箱庭の君  作者: 鏡 龍彦
高校二年生 -梅雨-
100/100

necromancy -jiken_tyousa-

「幻術研究所の方々ですね、ご足労いただきありがとうございます。今回の件はまさにあなた方にうってつけかと。」


 さっそく現場へと皆で向かうと警吏の者にそう声をかけられた。言い草がちょっと気になった。


「状況は?」

「は。本日正午過ぎ、こちらの安置所より遺体を盗まれたとの通報を受けました。」


 事件は白昼堂々行われたということか。ゲーム内時刻を確認する。夕暮れ前。大体4,5時間前に盗難事件発生というわけだな。


「被害はそれだけですか?」

「はい。しかし遺体を盗む目的など、悪質なネクロマンシー以外に考えられませんので、その警戒に現在我々の人員のほとんどが当たっております。」


 こんな終わった場所に居続けたくない、報告のために残されて残念、という感情が漏れていた。本当に期待されていない、ということか。


「よろしい。ここは我々が引き継ぎます。あなたは部隊へと戻りなさい。」

「は。」


 へ?イルシナさんが命令した。兵士の受け答えから私と同じ感想を抱いたのだろう。それを聞いて敬礼とともに足早に去っていこうとする兵士であった。しかし、ちょっと待てい。


「ちょっとあんた、待ちなさい。」


 ガシッとその肩先を掴む。気にせず進もうとしてなぜか前に進まなくて、ふりほどこうとしてふりほどけなくて、私の顔を見た。少女である。


「な、、、は?」

「どうでもいいわよ。それより聞き足りないことはいっぱいあるから、それを話し終わってからにして頂戴。そしたら私も離し終わってあげるわ。」

「はあ。」


 さて、まずは発見者、および通報者だな。これはさすがに聞かんといかんやろ。


「盗難の発見者、通報者は誰?」

「この安置所の管理人です。」


 なるほど。自然だな。


「その人とは連絡取れる?」

「はい。事件には協力的です。すぐ傍あちらが彼の住まいです。」

「わかった。」


 他何かあるかな。


「兵士さん、足型、見せてもらってもいい?」


 イクスが尋ねた。


「構いませんが。」


 見やすいように足を少し持ち上げた。イクスは裏面に興味があったようだ。


「アドラ、一応あなたも覚えておきなさい。」


 二人に足防具の型をしっかりと観察させる。


「もう一つ。ここに立ち入ったので、あんたと同型の装備じゃない奴、いる?」

「は?いえ、警吏の者は皆この装備を配給されていますので。」

「そ。他誰か何か。」


 発言は出なかったのでつかんでいた肩を離した。


「協力ありがとう。もう十分よ。」

「はい。では。」


 小走りで駆け去っていった。


「さて、二人とも、足型覚えたわね?それ以外の者、探すのよ。たぶんそのうちのいくつかはここに遺体を運び込んだ人のもの、二人か、一人かわかんないけど、まずはそこからね。」

「了解。」

「そのような意味があったのですね。でしたらうってつけの魔法がございますよ。探知、足跡。」


 カスタさんが魔法を放った。きらめくマナの輝き。足跡がマナを得て浮かび上がっていった。


「この辺りはごちゃまぜだね。安置場所の方は、どうだろう。」

「そうね。入ってみましょう。あ、あんたたちはあそこに行って発見者の人、ここに呼んできてくれる?」

「了解しましたわ。」


 室内へと入る。ドラマでよくあるような進入禁止テープの類は張ってあったりはしない。


「この空間に安置するのね。」


 正面まっすぐ進んで、少し広めの部屋に突き当たった。天へと召される者たちを見守るように、厳かな神像が一体。埋葬までの間ここで寝かせておくのだろう。死の残り香漂う、ということは無くむしろ清浄な空気に包まれていた。通ってきた通路に比べて清潔感が段違い。こういう場所では珍しいなと感じた。管理人の性格だろうか。


「では。」


 再び同じ魔法を放ったカスタさん。調査する二人以外は奥へと入らないよう指示して、終わりを待つ。


「どう?」

「警備の人達のもの以外だと多分一つ、一種類しか違うのはない、かな。」

「イクス君の言うとおりね。私も一つしか見つけられなかった。」


 ふむ。二人意見が一致した。間違いなさそう。だとすると。


「一つ目の可能性、運んだ人イコール持ち去った犯人。ここの管理人ね。二つ目、スカイウォークなどで足跡をつけることなく持ち去った、第三者の犯行。」


 魔法の存在は捜査に便利でもあり厄介でもある。例えば壁ぶち破って侵入、出る時土魔法で修復、で瞬く間に密室の完成である。であるからして、こういう足跡云々といった古典的で物理的な証拠をきっちり調べる習慣が無いのだろう。言ってみりゃ何でもあり、だからな。そしてここは魔法都市。特にそれが顕著な場所だ。しかし何でもあり、は探す方にも当てはまる。


「スカイウォーク自体は痕跡の判断が容易ですよ。」


 そう言って空間にマナを充満させたイルシナさん。それらが再び彼女の元に収束していき、残ったものはなかった。


「ありませんね。」

「ふむ、壁その他、痕跡はない?」


 その辺りも全部調べてもらって、結果空振りに終わる。


「運び去った人は管理人で決まり、かな。」


 だとすると自作自演ってことになるな。


「それは、どうだろう。」

「状況的にはそう考えるしかなくない?」

「そうだけどさ。」


 問題は動機である。まともな判断ができる人間は、なにがしかの利得を得ることのない行為を好き好んでやらぬのである。


「ああ、次は慎重に、だったね。」

「そうね。それもあるけど。」


 この安置所から透けて見える管理人の人となりから死体を冒涜する類を想像するのは難しかった。


「ちょっとかわいそうだけど、尋問担当として、、、スケとウドーでいいかしら?」

「それ、どういう基準?」

「暴力担当に情に訴え担当的な?」


 確かめる手段はあるのだから、そうしてしまえばよいのである。






 ビターンとウドーの根っこが上方から床に叩きつけられる音が安置所内の控室、臨時の取調室の中、響いた。


「いい加減事情を話してみんかの?黙っていても特は無いがの。」

「何も知りません。」

「それが嘘だった時のこと、知っておるかの?痛いのじゃ。こう、ぐりぐりとな。」

「何も覚えていません。」

「別にの、お主が例えば金で雇われたとして、罪に問うものではないのじゃ。それを素直に白状すれば、帳消し、じゃったかの?」


 司法取引のことでも言っているのか?どこで聞いた、ウドーよ。


「帳消しなど、必要ありません。何も覚えていないのですから。」

「そうかの?うーむ、困ったのじゃ。」


 困ったのはこっちである。なぜにウドーが似合わぬ脅し役をやっているのか。迫力も何もない。しかしスケさん、やる気がでないのか知らんが管理人さんをここへと連れて来てからずっと不機嫌そうに壁の骨、腕組んで瞑想でもしているのか私の言うことが耳をすり抜けているようなのである。そうして今、ウドーの情けない取り調べ内容を目の当たりにしたためか、どうしたものであるかな、とでも言いたげな雰囲気で途方に暮れてしまっている。


「ウドー。」


 イクスにアイコンタクトした後声をかけて近づいて、ドゴン、とデコピンした。


「あうち、な、なんでじゃ、、、」

「すみません、別に脅して白状させるつもりはなかったのですが。」


 私に引き続き管理人さんの肩に軽くポン、と手を乗せて声をかけたイクスであった。これでよし、となるはずだったが、上手く読み取れなかったのか首をかしげたリアクションを見せた。どうした?


「そうですか。そちらのトレントさん、大丈夫ですか?すごい音がしましたが。」

「、、、大丈夫であろう。それで、お主、遺体の最期に付き従うこの仕事に、誇りを持っておったようだな。」


 スケさんが重たく閉ざしていた口を開いたと思ったら、脅すでも情に訴えるでもなく、おまけに事件関係でもなく、彼の私生活についての質問を放った。遠回りに攻めていくつもりか。何だよ。やるなら最初からやってくれい。


「そうなのでしょうか。本当に、覚えてなくて。でも、、、」


 ん?演技には見えない。先ほどから知らない、覚えてない、を繰り返し続けている。自分の仕事のことを覚えてないとか、ないだろう。


「そうです。そうでした。ここに送られてくる方々は、役目を終え何もできなくなった方々です。」


 ようやく思い出したのか、ぽつぽつと話し始めた。


「私が埋葬して、それで終わりです。ある時、声をかけられました。彼らが研究に必要だと。そう言われ、納得し、協力したのです。」


 段々と顔色が蒼白になっていくのがわかった。言葉を発するごとに、何かが彼の中から抜け出ていくような。


「一晩の間神からの祝福を受け、こちらとのお別れを済ませた彼らを、抜け殻となった彼らを役立てると言うのです。だから、そうです。ですが、今日は、まだ、これから一晩を過ごさせなければならないというのに、無理やり、、、それで、、、どうして、私は、、、ころ、、、」


 赤色光を伴い近づいて続きを言わせないように口をふさぎそのまま持ち上げ、腹パンで気絶させた。咄嗟とはいえ、良い判断ではなかった。でもこれ以上は絶対に不味いと思った。すべて抜け出た後には何も残らない気がして、強制的に黙らせたかった。


「イルシナさん!」

「は、はい。」


 何より先に、イクスの報告を聞くべきであった。くみ取ったその情報、どんなものなら私に向けてその場で届くように声を出して伝えられない理由があるのか、どういう情報であればスケがいつもとは違う様子を見せる理由になるのか、今にしてようやく気付いた。


「駄目ですね。再び目を開くことは無いでしょう。」

「ミラージュ、ごめん。」

「、、、仕方ない、わ。」

「どちらにせよ、長持ちはせなんだ。気を、落とされるな。」


 そうか。


「いつからこうだったのか、わかるかしら。」

「そこまでは難しいですね。」

「それがしに任されよ。」


 スケが検分を開始した。衣服を脱がせ、身体の傷跡を探す。それはすぐに見つかった。大きな刺突痕。


「これが、致命傷であるな。一刻ほど前のものであろう。腐敗はしておらぬ。」

「ありがとう。」

「腑に落ちないわね。証言を消すだけならこんな細工を施さずとも。」

「そうですね。スケ殿の言が確かならば、こちらのアクションが無くとも数日と持たず効果が無くなったのでは。それでは意味など。」


 アドラとカスタさんが感想をこぼした。


「スケさん。」

「かなりの程度、間違いないでしょうな。」

「服、直してあげましょう。」


 検分のせいで脱がされた衣服を直して、奥の空間へ運び、寝かせた。そのまま皆でその場を後にする。埋葬は明日、神に一晩見守られて後だ。


「お優しいのですね。知らぬとはいえ、悪事に加担していた者ですのに。魔術的素養が無い点を付け込まれたのですから、彼の罪と、言えるのでは。」

「辛辣ね。私もそう思うけれど。でも別にそういうことじゃなくて。ただ遺体には敬意を払わないと、手痛いとばっちりが返ってくるものだから。そういう打算よ。優しさとかじゃ、無いわ。」

「そういうものでしょうか。」

「そういうものよ。」

「でしたら、今回の犯人も、切り伏せた後、手厚く葬りますか?」

「知らないわ。私が斬ったとしたら、その時の気分次第よ。」

「そういうものでしょうか。」

「そういうものよ。」

「だとしたらやはり、優しさなのではないですか。」

「さあね。」


 おそらく今私が抱える感情の中で最も距離が離れた言葉だと思う。


「斬って死体が残るやつであれば、まだよいがな。」

「そうね。」

「?どういうことです?」






 一旦研究所へと戻り、街の区画全般のチェックを行う。


「最低でもこの数日あの場に運び込まれた死体数体、保存できる場所が必要ね。さすがにただの宿の一部屋じゃ、腐臭で苦情は免れないでしょ。」

「該当する場所は、そうですね、研究施設外の割り出しはかなり時間がかかるかと。立ち入り許可も得ませんと。」

「イルシナさん、悪いけど、まずは施設内外関係なくここから近いとこから割り出しお願い。それと許可については、必要ないわ。」

「は、はい。」


 嘲笑被害にあっているとはいえ身内を疑うのは憚られるようで。私などよりずっと心お優しい。別に空振りに終わればそれでよいのさ。


 列挙された場所、総当たりで調べ尽くした。隠ぺい工作を逃さぬために物理要因と調査要員、物理、魔法の両面、スリーマンセルで二組。私とイクス、イセリナさんにスケとアドラ、カスタさん。残りのメンツは留守番。


「全部空ぶったわね。」

「そうだね。でもどういう場所が候補かはつかめたから、残りの割り出しだけならすぐ終わらせられるよ。」

「よろしい。」


 スケさんたちも同様に空振りに終わったようであった。


「この近辺は全部、ね。」

「苦情が数件、ございました。」


 地図にチェック済みマークを書き込んでいた私にお茶の入ったカップを手渡しがてら報告してきた。


「今はとりあえず適当に受け答えしとけばいいと思うよ。」


 同じく地図に候補地点を示す円を書き込んでいたイクスが答えた。


「死体が減る被害ならまだいいけど、死体が増える被害になる可能性もあるんだからって。それでもまだ苦情を言ってくるようならどうしようもないけど。」

「ぶん殴っておきなさい。」


 記入をすべて終えてセバスのお茶を一口。焦っては、駄目ね。


「ミラージュ様、師匠。私少々気になっておりましたが、死霊術とは具体的にどのようなことが可能なので?先ほどのあの方のように、死体を操るとか意志を持たせるとか、といった程度でしたらわかるのですが。」

「私もしっかりとは知らないわ。スケさん?」

「知らぬ。」


 え?


「ちょっと、何であんたが知らないのよ。死霊術そのものと言ってよい、あんたが。」

「そう言われてもな。それがしが魔法の類を苦手とすることは存じておろう。」

「そりゃーそうだけど。」


 作用を受けた側の代表ではあるが、及ぼす側の代表では無いのは確かだ。


「まあ、いいか。学者のお二方に聞けばいいんだし。」


 そう言ってイルセナさんとカスタさんに話を振った。


「そうですね。現象だけをあげればセリナさんのおっしゃったことですべてなのですが。」

「ですが?」

「根本にあるのは他系統と同じく別世界とのつながりです。ただ我々幻術師にとっての精神世界、といったようにどこどこ、と表現するのは難しいのですが。」

「そうですね。どこでもあり、どこでもない。神々の住まう領域に最も近い場所、と喩えた人物もいましたね。で、そことのつながりを得た結果可能になる事柄の代表例がまあ、セリナさんがおっしゃられたものです。そしてそれがその系統名を冠する所以になったわけです。そこと深いつながりを得てしまったものは精神を侵食されがちで、もっとも狂いやすい系統として有名でもありますね。」


 んー、ちらとイクス君を見てみる。彼も作業を終え、セバスからお疲れ様のカップを手渡されているところ、私の視線に気づいてこくこくとうなずいてくれた。ゲーム設定通りの説明なわけだな。


 鶏と卵みたいな話である。魔法研究者的主観、ひと聞きすれば客観的な意見と思えるそれ。けれど私や、特にスケさんに言わせれば端から心根が悪性だからそういうやつらとつながっちまうわけで。


「危険な系統ですのね。」

「そうね。ちなみに破壊魔法はどんな世界とつながるの?」


 イクス君の休憩がてら、もう少しこの話題を膨らませる質問を放つことにした。


「属性領域がほとんどでしょう。火水風土、その他術者によりさまざまです。」

「ふーん。」


 するってーとだな。


「イクス君さ、火属性は使えたよね。」

「うん。」


 つながっとるということやろ。そこから引っ張り出すのに必要なコストがマナだとしてだ、彼の保有量が極端に少ないわけでないとしたらだ。


「そのパスをだね、こうガバッと広げる感じで、魔法打てない?」

「んー、、、」


 ぽふっ、と控えめな火球が掌に発生しただけだった。ま、設定は設定よな。


「それは、どの程度の修練を?」

「一年弱ね。」

「だとしたら相性が悪いのでしょう。私もほら、これが限界です。」


 そう言ってイルスナさんも掌に同規模の火球を発生させた。


「そうでなければ、使い続けていくうちに自然と効果が上がっていくものですから。」

「その相性、どれが向いてるとか調べる手段は?」

「ありませんね。それもまた、育った環境、嗜好で自然と決まるものですから。」

「なるほどね。」


 ウドーの得意系統が土なのも、そういうことだな。


「よっし、それじゃそろそろ、調査再開と行きましょうか。組み分けはさっきと一緒。私の方は空で遠いとこから見てくから、スケさんとこは徒歩で近いところをお願い。」

「わたくしも街の見回りをしに出てもよろしくて?」

「いいわよ。もし危険にあったら無理せず逃げるのよ。」

「わかりましたわ。」

「じゃ、ウドーとセバスは変わらず留守番お願いね。」

「はい。」

「大丈夫じゃ。」


 研究室を出て、イクス、イルセナ両名とともにロスパーとメアの元へと向かった。


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