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第7話 花束持って

 終業時間を少し過ぎて、ようやくレポートを書き上げたセイヤが、カズマ師長の元にそれを持って行くと、ちょうどミツバが片付けを終えて帰るところだった。

「終わった?」

「ああ……」

「体、大丈夫?」

 改めて聞かれて、セイヤはミツバがさっきの嘘を微塵も疑っていないことに気付く。

「え?ああ、まあ……」

 お前、そんな馬鹿正直な性格で大丈夫かよ、と思いながらも、今更、嘘だったとも言えず、そこは適当な相槌で誤魔化すしかなかった。

「じゃあ、また明日ね、お先に。今日は寄り道なんかしちゃダメだからね」

「おお、また明日。お疲れさま……」

「いい? 真っすぐ家に帰るのよ。分かった?」

 そう念を押しながら、笑顔で手を振って部屋を出ていくミツバの姿に、セイヤは少し罪悪感を覚える。



 ミツバは、セイヤと同じシャトゥラーラの出身で、子供のころから、家族ぐるみの付き合いというのをしていた。五年前の事故の時、セイヤはミツバの家族と同じコンテナにいて助かった。しかし、助かったとは言え、救出されるまでは、死と隣り合わせの極限状態に置かれていたのだ。


――もしかしたら、自分たちは、あそこで死んでいてもおかしくはなかった。


 そんな状況を共に乗り越えたセイヤを、いつしかミツバは特別な存在として見るようになっていた。セイヤの方も、生き別れたユノの姿をいつの間にか、ミツバに重ねていた。妹を失ったという喪失感を、ミツバをかまうことで、埋め合わせていたのだ。


 だが、大きくなるにつれ、ミツバが自分に向けている気持ちが、いわゆる恋心であるのだと気づいてから、セイヤは意識的に彼女と距離を取り始めた。

 自分にとっては妹なのだ、ミツバは。

 自分に都合よく、寂しさを紛らわせる為に、妹扱いしていた存在。だからもし、そのせいでミツバが自分への思いを大きくしてしまったのだとしたら、彼女に謝らなければいけない。そう思いつつも、出来ればミツバを傷つけたくはなかったから、何となくお互いの立ち位置は曖昧なままで、今は同僚という立場に甘えている。


 ミツバの後ろ姿をため息で見送って、セイヤは師長室の戸を叩いた。


 カズマ師長は、セイヤの提出したレポートにざっと目を通すと、表紙に自分のサインを書き入れて、そのファイルを決済済みの箱に放り込んだ。

「ま、こんなもんだろう。合格だ」

 言いながら、デスクの引き出しから手のひらサイズの小箱を取り出すと、セイヤの目の前に置いた。

「受け取れ。地図師官の正式な徽章だ」

「あ……ありがとうございますっ」

 喜び勇んでその箱に手を伸ばしたセイヤに、カズマの厳しい声が言う。

「いいか、忘れるなよ。お前たちがミスをすれば、都市の生活はたちまち混乱する。その事を常に頭に置いて、全力で職務を全うする様に」

「はいっ。全力を尽くします」

 直立不動の姿勢で、勢いよく頭を下げたセイヤをカズマは感慨深げに見る。


――あの時の子供が、もう一人前か。早いものだな。


 たった五年で、ここまで来るとは、正直思わなかった。そこに何らかの理由を付けたくなるのは、考えすぎか。


――例えば……彼があの人の息子だから……という理由を。





 行政府庁舎を出て、セイヤはまず花屋へ向かった。ナナミの家には、一応、見舞いという口実を設けて行くのだから、花束の一つも持っていかなければ、格好が付かない、という至極単純な理由からである。それでも、大きなものでは、持って歩くのに恥ずかしかったので、ナナミのイメージに合いそうな赤いミニバラの花を片手に乗るぐらいの小さな花束にしてもらった。


 セイヤがナナミの住むマンションの前に付くと、ちょうど道の反対側から、買い物袋を提げたナナミと行き会った。

「あれっ? 霧月くん、どうしたの? こんな所で」

 頬に手当の痕があるものの、ナナミはもういつものナナミで、笑顔も自然なものだったことに、セイヤは取り敢えずほっとする。が、ほっとしたと同時に、やっぱりお見舞いとかって、大袈裟だったかも、という考えが頭をよぎり、言葉に詰まってしまった。

「ええと、その……」

 そんなセイヤの表情と、その手の小さな花束を見て、ナナミが顔を綻ばせる。

「もしかして、今朝のこと、気にして来てくれたの?」

「えっと……まあ。そんな感じで……差し出がましいっ、かなっとは、思ったんですがっ。これ、お見舞い、ですっ。どうぞっ」

 言うだけ言ったものの、そこでかなり照れ臭い状況になって、俯いて花を相手に押し付けるように差し出す。

「ありがとう」

 ナナミの声がそう言って、セイヤの手から花を受け取った。瞬間、僅かに触れた手に、ありえない程、心拍数が上がる。

「じゃ、俺はこれでっ」

 自転車を持ち上げて方向転換し、ペダルに足を掛ける。そこに、ナナミの声が掛かった。

「あ、ちょっと待って」

「え?」

「折角来てくれたんですもの、お礼に晩御飯、ご馳走させてくれない? そんなに大したものは作れないけど」

「え……いいんですか?」

「いいわよ、どして?」

「だって、先輩、一人暮らしですよね?俺、一応、男だし……」

「心配して来てくれたのよね? 下心じゃなくて」

 少しわざとらしいぐらいの笑顔でそう問われれば、そこは、

「そりゃ、そうですけど……」

 としか、答えようがない。

「じゃあ、問題ないわよね」

「まあ、ないですね……」

 お行儀よくします、という念書は取られても、後輩という待遇であっても、先輩の部屋に上げて貰えるというのは単純に嬉しい。気を付けていないと、ついにやけてしまう口を懸命に元に戻しながら、セイヤはナナミの後に付いて、彼女の部屋へ向かった。




「何してんのよ~あいつはっ!」

 折角のお祝い気分の日に、真っすぐ家に帰るのもつまらなかったから、ミツバは、自分にご褒美でも買いに行こうと、街の中心街をブラブラと歩いていた。すると、具合が悪いと、そうのたまっていた男が、自転車に乗り、通りの反対側を軽快なスピードで走り抜けていくではないか。その方向はもちろん奴の住処とは逆方向で……


――しかも、手に花束って、どういうことよっ。


 これはもう、女に会いに行くのだと、誰が見てもそう思うシチュエーションだ。いくら鈍いミツバでも、そう思う。こんな日に、花を片手に会いに行く。何時の間に、そんな彼女が出来たのだ。自分に断りも無く……


――そりゃぁ、断る義務なんてないのかも知れないけどっ。


 セイヤを好きなのは、こちらの一方的な思いなのだとは分かっている。まだ、ちゃんと告白した訳でもない。けど……仮病まで使って、断らなくったっていいのに……と思う。


――ひどいよ……


 セイヤの気持ちがこちらに向いていないのは、何となく分かっている。だから、告白したら、そこで自分の思いは叶わない方に確定してしまうのだと。そう思うから、まだ告白は出来ないでいた。それに、最後の審判を仰ぐ前に、もう少しあがいてからでないと、きっと諦めきれないと思うから。


ミツバは手を上げて、丁度来たタクシーを止めると、セイヤの自転車を追いかけた。すると自転車は、二ブロック先のマンションの前で止まる。車を止めて貰って窓から様子を伺っていると、そこに現れたのは、穂凪ナナミだった。セイヤが彼女に花束を差し出すのを見て、ミツバは彼の目的地がここだったのだと知り、少し安心する。


――ナナミ先輩なら、付き合ってるって訳じゃないわよね。


 今朝の様子からすれば、セイヤがナナミの顔を見たのは、随分久しぶりなのだという感じだったし。セイヤの性格からして、それですぐに花を持って告白しに来るということもないだろうから。とすれば、あれはお見舞いとか、そういう類のものに決まっている。


 ミツバが色々と考えを巡らせていると、二人はそのまま揃ってマンションに入っていく。

――まだ、あがく余地はあるわよね……

 ミツバはそう自分に言い聞かせると、そこでタクシーを降りて、通り沿いにあったスイーツショップに駆け込んだ。



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