表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/32

第6話 四宮キセキ

――いくら四宮キセキでも、今度ばかりは、絶対に無理だろう。


 そんな空気の漂う中、キセキは軌道予報室に姿を現して、ラインメーカー所定の席に着く。

「んと、2、3とあと、5~11まで。端末こっちに貰うからね~」

 呟きながら、キセキが端末を操作すると、いくつもの壁面モニターの画面が一斉に切り替わった。そこから、その画面は、何を映しているのか分からない程の速さで、次々に切り替わっていく――


「すっげぇ……」

 その様子を興味本位に見ていたセイヤは思わず感嘆の声を漏らす。セイヤだけでなく、他の者も、思わず手を止めて、ありえない速さで動く画面に目を奪われる。

 これが、他人に向かって、容赦なく役立たずと言い放つ、八雲主任に頭を下げさせる『腕』なのだ。


 やがて、息詰まる様な空気の中で、突然キセキが声を出した。

「あと何分?」

 それでも、手は動き続けており、その視線は、普通の人間には判別の出来ない速さで切り替わるモニターを見据えている。

「3分20です」

 横でモニタリングしている師官が答えると、キセキが口元に皮肉めいた笑みを浮かべる。

「くっそぉー。神様への道のりは、やっぱ遠いな……マドカちゃん、ごめんっ、あともう5分貰う。それで、絶対、ケリ付けてみせるからっ」


――それでも、たった5分オーバーで終わらせるって……充分神様だろう……って、マドカちゃんって、誰?


「了解。それでは、全物流の20%カットで、最終調整。崎杜地図師長補、お願いします」

 キセキのその言葉に反応したのは、八雲主任だけで。それはつまり、マドカちゃんっていうのは……

「了解しました。セイヤ」

 余計な事を考えていると、師長補に肩を叩かれた。

「あ、はい」

「移送時間に5時間の欠損。物資の移動可能量は、予定の80%だ。第七と第二は、医療品を最優先に変更」

「了解しました」


 セイヤが端末の操作を始めると程なく、

「ほい、リンク完了っ」

 と、キセキの宣言するような声がフロア内に響いた。その周辺から「お~」という歓声と共に、拍手が湧き起こる。それを聞きながら、セイヤも崎杜に告げる。

「ブロックの組み直し、完了です」

「よし、じゃ、風花さん、各都市のゲートに新しいオーダー表の転送」

「了解。転送します」

 データ送信の進捗グラフが画面に表示されて、やがてその数字が100を示す。

「完了しました」

 ミツバが言うと、

「御苦労さま」

 と、崎杜師官補がにっこりして、二人の肩に手を置いた。

「これで、研修終了だよ。お疲れさま。よく、頑張ったね」

 その声に、緊張感が解かれて、セイヤは大きく伸びをした。

「だ~っ」


「あとで、レポート書いて持っておいで。それで、師長のOKがでたら、晴れて見習い卒業だから」

「「はい、ありがとうございました」」

 崎杜を見送って、セイヤとミツバは思わず顔を見合わせ、互いにグーパンチをぶつけて拳を交わし合う。

「ねえねえ、今日、帰りに二人でお祝いしないっ?」

 ミツバの浮かれた声に、セイヤは口元を綻ばせる。

「あ~悪い。今日は、ちょっと先約があるんだ」

「え~何、先約って」

「うん、ちょっと」

 それ以上は、突っ込んでくれるなという時に使う返事を返すと、ミツバがたちまちに口を尖らせる。

「あ、俺、ずっと緊張してたら、何か、トイレ……」

 セイヤはお腹のあたりに手をやって、ミツバの方を見る。

「んもう。じゃあ、先に地図師室戻ってるからね」

「おぉ……じゃな」

「ご、ゆっ、く、りっ」

 当然ながら、こんなわざとらしいジェスチャーでは、仮病なのはバレバレだろうなと思いつつ、ミツバの背中を見送ってから、セイヤは立ち上がり、軌道予報室を出て医務室の方へ足を向けた。




 セイヤが廊下を歩いて行くと、医務室よりだいぶ手前にある休憩スペースに人影があった。こちらに背中を向けて座っていたが、それが穂凪ナナミであると、セイヤにはすぐに分かった。

 彼女は飲料水のボトルを手にして、俯いてそこに座っていた。でも、その中身を飲んだ様子はなく、恐らくそれは、頬を冷やす為に買ったのだと思われた。セイヤが近づいても、彼女は身動き一つせずにそこに座っている。少し考えてからセイヤは、自分も自販機で飲み物を買い、取り出し口からそれを取り出すと、ナナミの前に立った。


「……隣、座ってもいいですか?」

 声を掛けると、ナナミが俯いたまま、目線だけ上げた。

「ああ、何だ、霧月くんかぁ……」

 ほっとしたように言った声は、でもいつもの凛としたものではなく、その声に少し湿った気配を感じて、セイヤは表情を固くする。それでも、平静を装ってナナミの隣に腰を下ろす。

「医務室……行かなかったんですか?」

「うん……」

「どうして?」

「だって……私のせいで、あんなことになったのに……結果が出るまでは……って思って」

「あんなの、全部ナナミ先輩のせいって訳じゃないでしょう」

「……私のっ……せいなの……」

 何かを訴えるようなナナミの声は震えていた。

「どうしてですか。先輩は……」

「私は、八雲主任に、端末には触るなって……言われてたのに……触っちゃ、いけなかったのに……」

 ナナミはそこで声を詰まらせて、唇を噛んだ。

 涙を堪えているのだと思ったら、それ以上は聞けなかった。


――触るなって、何だよそれ。ただの嫌がらせなんじゃないのか。


 八雲は、優秀なナナミを自分の補佐官に付けて、良いようにコキ使っている。傍から見ると、そういう風にしか見えない。

「……」

 途切れてしまった会話の糸口を見つけられずに、セイヤは飲料水の口を開けて一口飲んだ。そこへ人が通り掛かり、ナナミの脇を通り過ぎた所で足を止めた。

「ああ、やっぱり、ナナミちゃんだ」

 そう声を掛けたのは、四宮キセキだった。


「どうしたの?こんな所で座り込んで、また、具合悪くなった?」

 気遣うようにキセキにそう言われて、ナナミが慌てたように首を横に振った。

「……いえ……大丈夫です」

「って、泣いてんじゃん」

 キセキはナナミの前に屈みこんで遠慮なくその顔を覗き込み、たちまちセイヤの方に厳しい顔を向ける。

「キミが泣かしたの?」

「ちっ、違いますよっ」

「んじゃ、またマドカに怒られたのかな?」

「違うんです。私が悪かったからっ」

「な~んだ、ビンゴか。ごめんね、マドカも一生懸命だから」


――何だか、すいぶん訳知りっていうか。


 セイヤがそんなことを思いながら、複雑な顔をしている目の前で、キセキがいきなりナナミの体をふわりと抱き寄せた。


――な~っ。こういうのは、目のやり場に困るっていうか。第三者がいるとこでやらないで欲しいっていうか~~


 思わず顔を背けたセイヤの横で、キセキの声がする。

「大丈夫、キミのせいじゃないからね」

 ただ一言、それだけ言うと、キセキは立ち上がった。

「キミさ、彼女、医務室に連れて行ってあげて。ここ、熱持っちゃってるから。ちゃんと冷やさないと、可愛い顔に痕残っちゃうと大変だから。よろしくね、んじゃ」

 にこやかに手を振って、キセキはそこから立ち去っていく。

「って……あのっ……」

「霧月くんは仕事に戻って。大丈夫、一人で行けるから」

 ナナミはそういって立ち上がり、また無理やりに笑顔を作った。頬を腫らした顔で、それはかえって痛々しくて。

「でも、やっぱり一緒に……」

 思わず言い掛けたが、ナナミが、もういいというように手を振った。それは、遠回しにだが、間違いなく拒絶を示していた。そこにセイヤを残したまま、ナナミは医務室の方へ歩いていく。


 こちらを振り返りもしないのは、やはりこれ以上、関わって欲しくないという意志表示なのか。彼女にしてみれば、こんな無様な姿は、見られたくなかったのかも知れない。そう思うと、セイヤにはナナミを追い掛けることが出来なかった。




 何となく、どんよりとした気分を抱えて、冴えない顔をしたセイヤが地図師室に戻ると、顔を合わせる人合わせる人に、「お腹大丈夫?」と声を掛けられた。どうやら新人君は、緊張のしすぎでお腹を壊したらしいと、すっかり地図師室中に、そう広まっていた。


――ミツバのやつぅ……


 嘘を付いた自分が悪いには違いないのだが、どうにも腹立たしい。ミツバは本当にセイヤの嘘を信じたのだろう。だが、この時ばかりは完全に、素直で単純な彼女の性格が裏目に出た形だ。



「お~霧月、戻ったか?」

 セイヤの姿を見つけた地図師長、崎杜さきもりカズマから、さっそく声が掛かる。ちなみに、この人物は、崎杜師長補の兄である。

「あ、はい。只今戻りました」

「おお。お疲れさん。レポートは体調戻ってからで良いからな」

 その口元が、意味ありげににやけている。


――分かってるよなっ?この人は、分かってて言ってるよなっ!?


「いえっ、大丈夫ですっ。今日中にちゃんとやりますっ……」

「無理しなくていいぞ~」

 そんな言葉を真に受けたら、後が怖い。セイヤは慌てて自分のデスクに付くと、仕事に取り掛かった。


――そう言えば……


 レポートを作りながら、セイヤはキセキの言葉を思い出す。


――また、具合悪くなった?


 また、具合が、悪い。

 もしかして、ナナミはどこか体が悪いのか?

 それなら、ちゃんとした仕事をさせて貰えない理由にはなる。


――う~ん。気になる……。


 自分なんかには、関わって欲しくない事情なのかも知れない。それに、自分はキセキの様に、彼女を慰めることが出来る程、親しい間柄でもない。自分が何か、彼女の役に立つのかと言われれば、そこに、はっきりとした答えもない。


――けどっ。このままじゃ、色々……


 気になり過ぎて、落ち着かない。


――やっぱ、行ってみよう。


 仕事が終わったら、ナナミ先輩の所へ。お見舞いだと言えば、一応、口実にはなるだろう。奇しくも、ミツバの誘いを断る為に口にした先約が、これで出来たことになった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ