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第31話 苦い真実

「でもその時はね、私まだ、自分が何を見たのか理解していなかった。だから、それ以来、塞ぎこむようになって体調を崩したマイさんをかわいそうに思って、一生懸命看病したりしてね……」

 ユノがどこか自嘲めいた笑みを浮かべる。


「でもマイさんの様子は悪くなる一方で……それで四宮のおじさまがサプタディヤーナの療養所を紹介して下さって。私は、みんな事故で死んじゃったから、自分にはもうマイさんしかいないんだって、そう思っていたから、彼女と一緒にいさせて下さいってお願いしたの。そしたら、一緒に行くには、マイさんの家族だということにしないと、行政府の許可が下りないからって言われて……」

「それで、マイさんの娘ってことに?」

「そう。門倉ミアっていう新しい名前のIDを作って貰って……私はマイさんの娘になった……このサプタディヤーナの環境も良かったみたいだし、私が娘になったのも嬉しかったみたいで、彼女の病状も少し安定して、それから二年ぐらいかなぁ……本当の親子みたいに仲良く暮らして。……でもね、時間がたつうちに、事故のこととかだんだん知るようになって、色々なことが分かり始めてきたら、ああ、あれは、そういうことだったのかって……ある時、ふと気づいたの……」


――だって私たちは、こんなことで彼を失う訳にはいかない……


「私たちは……というより、あれは多分、『私は』 ということだったんだろうって……」

「私は……?」

 ユノの言おうとしていることが良く分からずに、セイヤが怪訝そうな顔をする。そんなセイヤにユノはどこか冷めた目で見据え、少し苛立ちを帯びた声で言った。

「マイさんにとって霧月博士は、かけがえのない存在だったってことよ」

「かけがえのない……存在……」


――だから……?


「分からない? マイさんはお父さんを本当に愛していたの。互いを高めあえる研究者として、互いに尊敬しあい、やがて同じ夢を共有することで、互いに離れられない存在になっていた」


――それはつまり……


「ちょっと待てよ、まさか父さんがそんな……」

「お父さんは立派な科学者だったから、そんなことをする筈がない? 真面目で優しい人だったから、お母さんやあなたを裏切るような真似をする筈がない?」

「当たり前だろう。百歩譲って、マイさんが父さんを好きだったんだとしても、父さんがそんなことって……ありえないだろうが。何を根拠したら、そんなふざけた発想が出て来るんだよ」

「根拠ならあるわよ……この私っていう。私はマイさんの実の娘なんだもの」

「……はぁっ?……何……言ってんだよ……お前はっ。お前は生まれた時から、俺の妹だろうが……」

「事故で亡くなった友人の子供。お父さんはね、お母さんにはそう言って……嘘を付いて、私を手元に引き取ったのよ……」

 上ずったような声で叩きつけるようなユノの物言いは、どこか不快な響きに包まれて、セイヤの心はそれを受け取ることを拒む。

「……馬鹿なこと言うなっ」

「私だって、最初に知った時はありえないって思ったわよっ」

 叩きつけた強い言葉に負けないぐらいの勢いで叩き返された言葉は、セイヤの心に容赦のない楔を打ち込んだ。


「私だってっ……こんなこと、信じたくなかったもの。でも、真実を否定したくて、調べれば調べるほど、それが真実なんだって現実を突きつけられて……逃げ場がなくなっていく怖さが、お兄ちゃんには分かる?」

 ユノの瞳に苦悩に彩られた涙が浮かぶ。そして自分もそれを、真実として受け入れなけらばならないのだと知って、セイヤは呆然とする。

「……そんな……どうしてだよ……父さんと母さんはあんなに仲が良かったじゃないか……」


「……そうね。子供にそう思いこませる程度には、仲が良かったわね。全然愛してなかったっていう訳でもないみたいだし。お兄ちゃんのお母さんは、お父さんに研究を止めさせたがっていたのよ。その研究は間違いなく違法なものだったから、そんなことを続けていれば、いつか家族を壊してしまうんじゃないかって……ずっと怯えていた。だから、お父さんの研究とか、お父さんがその先に描いている夢とか……そんなものを、彼女はどうしても理解できず、受け入れることができなかった。マイさんは、そんなお父さんの理解者になり、夢の共有者になって、霧月シンゴという存在を精神的に支えた……そういうことよ」

「……」

 飲み込むには苦すぎる真実がそこにあった。

「……随分ね、悩んだのよ。どうしてって。私は、どうして門倉ミアとして、ここにいるんだろうって……マイさんのしたことは、身勝手すぎるでしょう?……それで、あんな大惨事を招いて……とうてい許せないって。そしたら間が悪くっていうのかなぁ……ちょうどそんな時に、お兄ちゃんの消息を知らされて……こんな罪の証みたいな私なんかじゃ、会えないじゃない?… …そう思ったら、すごく悲しくて、腹立たしくて。だから私、本当のことが分かった後も、最後までマイさんのことを、お母さん……って呼べなかった……」


――私はユノよ。ミアなんかじゃない…… 霧月の父と母を殺したあなたの娘なんかじゃないのよ。


 心を病んでいた相手に、そんな酷いことも平気で言えた。それで悲しそうな顔をする彼女に、自分は嫌悪感さえ抱いたのだ。


「愛していたの……あなたには、まだ分からないかもしれないけれど……私はあなたのお父さんを、本当に愛していたの……」

「だからって、何をしても許されるとでも言いたいの?」

「……許されるなんて思ってないわ……」

「だったら、罪を償いなさいよ」

「……そうね……その通りね。ごめんなさいね…… あなたを巻きこんで。悪いのは全部私だから、あなたは何も悪くないから。あなたが後ろめたく思うことなんて、これっぽっちもないのよ…… みんな、私が全部持って行くから。本当にごめんね。そしてありがとう……そばにいてくれて……ミアでいてくれて。もう自由になっていいからね……ユノに戻っていいからね」


――それが、彼女が遺した最後の言葉だった。それから程なく、彼女は自ら命を絶った。


 その知らせを聞いた時に自分は、それだけのことをしたのだから、それで当然だと自分に言い聞かせた。本当はもう、その時から心のどこかで後悔していたのかも知れない。でも、それを認めれば自分は、償いようのない罪を抱え込むことになる。ひとりの人間を死に追いやったという罪は、向き合うにはあまりに大きく重たいものだった。だから、罪の意識を感じながらも目を背けたのだ。自分はもう、霧月ユノという存在を失うことで、その償いをしているのだから……と。


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