第29話 お見合いなんです?
セイヤたちがシャトゥーラーラの四宮の屋敷に身を寄せてから数カ月で、良くも悪くも世界は文字通り大きな変貌を遂げた。
オクトグランが通常の空間に戻り、かつての観測システムが復旧して程なく、彼らは星の海の中に、ひときわ蒼く美しく輝く宝石を見つけた。それは紛れもなく、彼らの母星である惑星ドゥルヴァであり、その発見の歓喜は、瞬く間にオクトグランを駆け巡った。
千数百年という長い間、そこで待ち続けてくれていた恋人との、一刻も早い再会を望む声が世界中に湧きあがった。そして、その日を境に、世界はドゥルヴァへの帰還に向けて大きく動き出した。
ハジメの言ったように、帰還事業には隔離以後失われたさまざまな技術の復元が不可欠であり、その情報を保持し、そのうちの僅かながらも古の技術の継承を行ってきていたワイズマンコートの存在を行政府は受け入れざるを得なかった。その結果として、シュウヤは最高評議会のメンバーに復帰した。
セイヤたちの処遇に関しても、職務放棄という名目で数週間の謹慎と僅かばかりの減給を通告されたものの、「やらかしたこと」に関しては事実上の不問とされた。
しかし、帰還事業の開始と同時に行われた行政改革で、軌道予報官をはじめとする師官職自体がなくなってしまったために、彼らが以前の仕事に戻ることはなかった。新たに配属された場所は、それぞれに帰還事業に関わる職種であったが、それをまた左遷が否かで盛り上がったことは余談である。
ただ一人、四宮キセキはその時すでに行政府を退官していた。
というのも、あの時、ハジメがキセキの父、四宮トウゴと行った交渉の中で、彼らを匿う条件としてシャトルの譲渡の他に、トウゴが出した条件があったからである――
「で、結局さぁ、今回のことは、父の掌の上で踊らされてる感がものすごいする訳……ああ、もうどうしてくれようね、この敗北感ていうか、屈辱感一杯のモヤモヤっ」
「……まあ、そうですね」
ひと月ぶりに顔を合わせたキセキがこぼす愚痴に、セイヤは苦笑するしかない。
セイヤが休暇になるのを待ちかねたようにマニチャトゥーラに帰っていたキセキから呼び出しが来て、彼らはここサプタディヤーナで落ち合うことになった。
この第七都市サプタディヤーナは、医療関係の施設を集約させた医療都市である。
この都市には四宮の経営する病院や医療学校がいくつかあり、キセキはそのうちの一つへ理事長として着任することになっていた。それが、四宮トウゴ氏の出した第一の条件だったからだ。
そして、キセキがサプタディヤーナに赴くにあたってセイヤに同行を求めたのは、その上に親から突きつけられた第二の条件のせいである。
「……お見合いっていうのはさぁ……気に入らなかったら断って構わないんだよね? ねっ?」
キセキが縋るようにセイヤに確認する。
「まあ、そうですけど……」
一度は断った筈の結婚相手が、本人の知らない間にすでに許婚ということになっていて、その上での顔合わせである。おまけにその相手は、キセキがこれから赴く医療学校の研修生なのだと聞けば、お見合いなんてキセキを言いくるめるための方便だというのは見え見えの感がある。
キセキの父親がそう望んでいるのなら、これはもう決定事項なのだろう。そうは思うものの、流石に本人にそうはっきりと言うのは憚られる。そもそもキセキの性格からすれば、その気も無いのに、相手に会うなどということは到底あり得ない。にもかかわらず、彼が親の設定した見合いの席に戦々恐々としながらも赴くのは、ひとえにユノの、そしてセイヤのためだからだ。
――時は少し遡る。
シャトルでシャトゥラーラへ向かう間、彼らはあちこちからデータを引っ張って来て、ユノに関する情報収集を開始した。セイヤが探しても見つけられなかったユノの痕跡は、しかしキセキたちの手に掛かると、消去改ざんの復元という作業を経て、僅かだが浮かび上がって来た。だが、それもユノの現在の所在を確定するには至らず、彼女の足取りは、事故の後でマニチャトゥーラへ向かったという所で途絶えてしまった。
キセキが貴賓室で会ったのがユノだったのだとすれば、二人を匿ったのは、四宮トウゴだったという可能性が高い。みんなで頭を付き合わせてそんな話をしていたところに、ハジメが件の交換条件……キセキのサプタディヤーナ行きの話を持って戻って来て、そこでキセキが思い出したのだ。
かつて父の持って来た結婚話の相手の名前を――
――門倉ミア。
それが、その人の名前である。
「門倉って、何か聞き覚えがあるような気がしたよ」
キセキが少し申し訳なさそうに、しかしどこかすっきりした顔でそう告げた横で、マドカたちは互いに肩を竦めて顔を見合わせる。セイヤの父親がユノを預けた女性の名前も、門倉といい、これまで自分たちはその彼女のデータも散々さらっていたのだ。
ちなみにその女性――門倉マイという人は、研究所で長年セイヤの父の助手を務めていて、仕事上で父がもっとも信頼を寄せていた人物である。
「門倉つながりで、年齢的に考えると、ミアって子はマイさんとかいう人の娘ってことか?」
カオルにそう訊かれて、セイヤは記憶を呼び起こすように考え込む。
「……記憶に間違いがなければ……マイさんって、独身だったような気がする」
あの当時で、歳はたしか三十前後。明るくてハキハキとした印象の女性だったのを覚えている。子供の扱いが上手な人で、ユノとふたりよく遊んで貰った。家族はいないと言っていて、研究所の寮に一人で住んでいた。……と思う。
「データ上でも、セイヤくんの記憶とだいたい相違ないわ。まあ、キセキのお父さんが、その門倉さんと何らかの関わりがあるっていうのは、濃厚ってことよね。彼女は霧月博士の助手だったんだし……」
そして、問題のミアのデータが、俗に四宮ファイルと呼ばれている、殊更セキュリティチェックの頑丈なところに入っており、彼らの腕を持ってしても、閲覧すら出来なかったという事実が、かえってそこに何かあるという疑惑を確定させた。
「この、全力で隠しに来てる感は、ホント何なのかね」
あちこち角度を変えながらデータにアクセスを試みていたカオルが、モニターに表示されるアクセス不可の文字と数十回お見合いしたところで、お手上げという感じで苦笑する。
「四宮家の後継者の花嫁候補だから……という理由付けも出来なくはないが、たしかに徹底し過ぎている感はあるな」
思案顔でハジメが言う。
「もしかしたら、そのミアさんがユノちゃん……だったり?」
だが、マドカのその思い付きはすぐにカオルに却下される。
「だったら、余計、隠す理由はないだろう」
「そうよねぇ……」
事故の後で、霧月ユノという少女が生きていたのだという情報が、誰かにとって不都合なものだったのだと結論づけるには、材料が少なすぎる。
「ここはひとつ、お父さんに直接聞いてみるっていうのは、どう?」
マドカがそう提案すると、キセキは見ていて気の毒になるほど、萎れて情けない表情を浮かべた。
「そりゃぁ、あんたがお父さんに頭を下げるの、ものすご~く不本意だっていうの、分からなくはないわよ? でもこれはセイヤの……いえ、あなたの愛しいユノちゃんのためでしょう?」
「くう……ぅ」
「マイさんの消息が分かれば、ユノちゃんの行方だって分かるかも知れないじゃない?……」
「……うん……そうだよね……なんか、僕が直接話に行ったら、その見返りに更に条件増やされそうな気もするけど……愛のためだもんね……うん……」
ブツブツ言いながら、キセキはふらりと立ちあがる。しかし、それをハジメが顔を顰めて押し留めた。
「ちょっと待て。どんな些細なことにしろ、こちらからこれ以上のお願いをしたら、条件交渉が不利になるから止めてくれ。相手は四宮家のトップだぞ、少しでも弱みを見せたら、足元をすくわれる」
「でも」
「いいか? 四宮キセキ、言われた条件は全て飲め。そして、親の言いなりに見合いでもなんでもしろ」
「は?」
「で、そのミアって子に会って聞いてみればいいだろう。キミのお母さんは門倉マイさんですかって。そっちの方が確実だ」
「……ああ、成程……って、えぇっ?」
「正直、お前がいたから付け込まれた。あの人は、間違いなくお前という存在を手放したくないと考えている。だから、お前が向こうの出した条件で首を縦に振らなければ、この交渉は成立しない。分かるか?」
ハジメは理路整然と容赦なくキセキを追い込んでいく。
「あのう……」
そこへ、マドカの横でマイのデータが表示されているモニターを覗きこんでいたナナミが、少し自信がなさそうに手を上げる。
「……私、このマイさんっていう人、見掛けたことがあるような気がするんですけど……父のお見舞いに行った時に、その療養所の患者さんで似た人がいたような……」
「え? それってどこなのっ?」
マドカの勢いに、ナナミが及び腰になりながらも答える。
「サプタディヤーナの……」
「サプタディヤーナ……そう……サプタディヤーナ」
マドカがふっと意味深な笑みを浮かべる。
「キセキ。これはもうあんた、行くしかないわね、サプタディヤーナへ」
マドカに止めを刺す様に言われて、逃げ場を失ったキセキはついに項垂れて頷いた。
――以上が、彼らが今この状況に至る経緯である。




