第28話 ユノの消息
「……だってさぁ……博士が拘束されたことを知ってて、コンテナに何かあるって知ってたってことはさ、そういうことになるんじゃん……」
キセキが軽く鼻をすすって天井を仰いだ。
それはつまり、キセキの父親が、あの事故を意図的に引き起こしたということになるのか。
「……でも、やっぱり、それだけじゃ推量の域を出ないっていうか。それに、言っときますけど、百歩譲って万が一そういう事実が確定したとしても、俺がキセキさんを憎むとかって、あり得ませんからっ」
きっぱりはっきりそう宣言してやると、キセキが驚いたような顔をしてこちらを向いた。
「……え……えと……」
そして、何か言いたげに、口が数回動く。しかし、出て来たのは声ではなくて……
セイヤが見据える前で、キセキの目にじんわりと涙が浮かんだ。
「……ああ、もう」
キセキが慌てたように袖口でゴシゴシと目元を擦る。
「……どうしよう……これ、止まんないや」
そう言いながら、困ったような顔をしてキセキが笑う。
「ハンカチぐらい持ってないんですか、全く」
セイヤがハンカチを差し出すと、キセキが不本意そうに言う。
「だってさあ……僕、未だかつて人から泣かされたコトとかないんだけど」
「言っときますけど、俺が泣かした訳じゃないですからね」
「……全く、この後輩は無自覚なトコが始末に負えないっていうか……」
「はい?」
「いやいや、何でもないです」
ずっと心に抱え込んでいた重荷が、思いがけないセイヤの一言で軽くなった気がした。
大きな罪を犯したのかも知れない父親への疑惑から抱え込んだ嫌悪感と罪悪感。そんなものから逃れたくて、自分は人よりも何倍も勉強をして、仕事もがむしゃらにこなした。……そうすることで、誰かの役に立って、誰かに感謝されれば、その瞬間にだけ、辛うじてその負の感情の痛みを忘れることが出来たからだ。だからずっと全力で走り抜けて来た。足を止めたら、抱え込んだ心の重みで動けなくなりそうで、怖くて休むことすら出来なかった。誰にも言えないこの苦しみを、理解してくれる者が現れるなんて夢にも思っていなかったから。それなのに……
――こんなに心地のいい涙があるなんて、知らなかった……
「だいたいですね、俺はキセキさんが、もの凄く頑張ってるのを知っているし、尊敬だってしてるんですからね。世界がひっくり返ったって、嫌いになんかなる訳ないじゃないですか」
「……いや、もういいから、これ以上は……」
感動を通り越して、こっ恥ずかしさが立つ。照れているのがバレないうちに、話の軌道を本来の方へと修正してやらなければならない。許して貰えるということに浮かれて、喜びに浸っている場合ではないのだ。世界を変えただけでは、まだ不完全だから。セイヤが失ったものを取り戻してやることが出来なければ、自分は償ったことにはならない。そう思うから……
というよりも、償いは勿論なのだが、自分は多分、こいつの心からの笑顔が見たいから。
つまりそれは――
「こんなにいい奴が、僕のお兄ちゃんになってくれるなんて、ホント感動ものっていうか」
「いや、だから、その話はまだ未定でしょうが……ていうか、見つかった前提の話はもう止めて下さいよ」
セイヤが僅かに眉根を寄せる。
「え? ユノちゃんを探しに行くっていう話、僕は至極まじめに言ったつもりなんだけど? 勿論、見つけるつもりでいるし」
「……やっぱり、まだ酔ってます?」
そう言って今度は、あからさまに顔を顰める。
「だ~か~ら~、僕、元々酔ってないし?そもそも、僕は酒には強いんだよ」
「……」
「ホンキだよ、僕は」
「……なら言わせて貰いますけど、死亡が確認出来ないから、消去法で行方不明なんですよ……ユノは。俺だって探さなかった訳じゃない。でも、この世界にはユノに関する手がかりも、痕跡も、何ひとつ残っていなかった。つまり、それは……そういうことになる訳でしょう……だからもう、これ以上は……」
訴えるような目で言葉を重ねるセイヤの姿はやっぱり痛々しくて、普段はおくびにも出さないが、やはり癒しようのない傷を抱えているのだと思う。だからこそ自分は、ここで引き下がるわけには行かないのだ。
「話の続き、しても構わない?」
「いや、でも……」
キセキの攻勢に押されながらも、セイヤの歯切れは悪い。
「……だいたい、ユノを探すって言ったって、具体的な手掛かりとか、何もない訳ですし……」
「手掛かりなら、あるかも知れないんだ」
「え……」
セイヤの表情が固まった。
「僕、もしかしたら、ユノちゃんに会ったコトあるのかも知れないんだよね……事故の後でさ……」
「……えぇ?」
「うん。事故から数カ月してゲートが復旧して、僕は最初の転送でマニチャトゥーラへ送られることになった。これはその時の話なんだけど……」
キセキのやわらかな声色のせいなのか、告げられようとしている事実は、深刻なものではないような気はするものの、セイヤはどこか身構えてその話を聞く。
ゲートでコンテナの搭乗を待つ間、四宮家のように上層の者には、一般の人間が入ることが出来ない特別エリアに貴賓室の個室が用意されるのだという。そこは豪華な調度品のしつらえられた部屋で、ふかふかのソファーにちょっとした軽食の用意もされていて、と。一般人には、聞くだけで居心地の良さそうな場所である。
だが、そこに見張り付きでそこに押し込められていたキセキにとっては、そこは到底、居心地の良い場所ではなかった――
「もうさぁ、親の横やりには腹が立つし、そんな横暴にどこにも逃げ出せずに唯々諾々と従うしかないだけの自分の無力さにも腹は立つしで。苛立ちと絶望と、あの時はそんな感情で気持ちがパンパンに膨れ上がってたんだよな~。そんな感じでさぁ、何か抵抗の意志を示さずにはいられなくてね。そしたら丁度、インテリアに置いてあった酒瓶が目について……」
「……まさかそれ、飲んじゃったとか?」
「そうっ。付き添いの人間がちょっと席を外した隙にね。そこが僕の人生初飲酒。飲み方も分かんなくて、そのまま、ぐびぐびと」
「……で、どうなりました?」
「うん。瓶半分ぐらい開けたとこで、一回意識が飛んで、そこから地獄の苦しみ、みたいな?」
「うゎ~」
気が付いた時には、ソファーに寝かされていて、そこには誰もいなかった。意識が戻った途端、込み上げた吐き気に、キセキはほとんど這う様にして部屋を出て、廊下の向こうにあるトイレへ向かったが、その途中でまた意識が途切れて……
――そこで僕は出逢ったんだよ。
それはもう……
花のような可憐な女の子に――
「え?」
――花のような……女の子……って……
キセキの言おうとしていることに、セイヤの鼓動が速まる。
「その子は、廊下で倒れていた僕に、グラスに水を持って来てくれてね……それで少し気分が良くなった気がして、そこで安心したんだろうなぁ……僕。そのまま眠っちゃったみたいで」
「……それ……って」
「でもね、キミに会うまで僕はずっと、あれは夢だったんだって思ってた。何しろ次に意識が戻った時には、僕はもうマニチャトゥーラの屋敷で寝かされていたんだからね」
「……」
「セイヤ、図書館であの絵を見つけた時、僕がどれだけ驚いたか分かる? 夢だと思っていた女の子がさ、目の前の壁に描かれてるじゃない? もの凄くドキドキしたよ。心臓が壊れちゃうんじゃないかってぐらいにね。それでも、その時はまだ、彼女が現実の世界の人間なんだとは、全く思わなかったんだけど。でもそれを描いたのがキミで、その女の子がキミの妹だって聞いた時に、僕が見たのはもしかしたら夢ではなかったんじゃないかと思うようになった」
次第にセイヤは混乱し始める。キセキは一体何を言おうとしているのか。
「でも、確証もなしにこんなことをキミに言うべきじゃないと思ったし、父のこともあったから、まずは自分で調べてみようと思ってね。で、その確証を得たのは、書庫の資料を漁っていて、三番コンテナの搭乗者名簿を確認した時だった」
――確証……って。……まさか……
「ねえ、セイヤ、もしかしたらキミの妹は、あの日、あのコンテナには乗っていなかったじゃないだろうか。僕の他に直前キャンセルをした残りの二人というのが、名前はもちろん違うんだけど年令性別から判断して、キミのお父さんの助手だったという女性と、キミの妹だった可能性が高いような気がするんだ」
「ユノ……が」
「そう。だから、僕が事故の後で、ゲートの特別エリアで会った女の子は、夢なんかじゃなくて、ユノちゃんだった。僕は今ではそう確信している」




