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第27話 キセキの告白 2

 当時、キセキは十四歳で、親元を離れてシャトゥラーラの別邸に住んでいた。マニチャトゥーラは、環境的にはあまり良い都市ではなく、そこで仕事に従事する人間以外の居住がほとんど認められていないからだ。

 精神的にもまだ未熟な少年が、親の目の届かない所で、好き放題していた訳であるが、学校の成績や表だった素行に特に問題もなかったから、親に余計な干渉を受けることもなかった。そんな伸び伸びとした環境で自立心を大きく育てていた彼は、親に内緒で、その前年に行われた師官養成学校の都市選抜の予備試験を受け、これをパスしていた。そして数ヵ月後にポーラエーカで行われる本試験を受けるべく、あの日、コンテナに搭乗するつもりで、シャトゥラーラのゲートに赴いていたのだ。


 もちろんそれは、ラドゥヴィアの大学で経営学の勉強をしろという親の意向を無視してのことであり、つまりそれは、親に無断の行為であって、立派な家出だった訳である。

 ちなみに、ラドゥヴィアの大学には同じような上流の家柄の子弟が多く籍を置いており、彼は、そこで四宮家の後継者として、より有益な人脈形成を図ること望まれていたのだ。


 行政府の師官など、エリートとはいえども所詮は宮仕え。人に使われる仕事なんぞ、四宮家の人間がやるべきものではない。―― 四宮家の当主の考え方とはそういうものであり、そのことを良く理解していた彼は、自分の意志を通すためには、家出という手段を選ぶしかないと考えたのである。



「何事もなければ、僕は三番目のコンテナに乗るはずだったから、搭乗口のすぐ側の待機シートに座っていた。そこで僕は、キミのご両親がゲートで司法府の人間に拘束されるところを目撃した」

「本当に……」

「ああ。あの日、シャトゥラーラからポーラエーカへ送られる筈だった貨客コンテナは3つ。話によると、キミはその最初のコンテナに乗っていたんだったよね。なら、キミたちが搭乗を終えてから、ゲートで転送が始まるまで、予定より時間が掛かっただろう? 覚えてないかい?」


――言われてみれば……


 セイヤは落ちつかない気分を宥めながら、すでにだいぶぼやけてしまっている五年前の記憶を呼び起こす。

「……転送予定の時間が遅れるみたいなアナウンスが何度か入って……」


 乗客のざわめく声と。遅延に対する不満や苛立ちを声高に非難する声と。コンテナ内がそんな空気に包まれて、とても居心地が悪かったのを思い出す。ゲートでの滞留時間が延びるという事は、体に与える悪影響を増大させるから、きっと、そこにいた多くの人が不安や苛立つ気持ちを抱えていたに違いない。

「その遅れの原因が、霧月博士の拘束のごたごただったんだ。キミのご両親は、二番目のコンテナに乗ろうとしていたみたいだけど、搭乗の直前で拘束されて、その後、司法府の捜査官三人と共に三番目のコンテナに乗せられた……らしい」


――三番目って、ユノと同じ……


「え、でも、満席だったんですよね……あの日のコンテナは全て……」

「これは、事故の資料の中にあった搭乗者名簿を確認して分かったことなんだけど、三番コンテナには、博士たちが乗る筈だった二番コンテナに振り替えた二名分の席と、直前キャンセルで空いた席を合わせて、五席分の空きがあった」

「キャンセルした人がいたんですか……三人も……」

「その内の一人が僕だよ……コンテナの搭乗が遅れたせいで、父の部下に捕まって連れ戻されたんだ。で、その時に、父の部下が口を滑らせたっていうか……」


――間に合って良かった。乗ってしまっていたら、本当に取り返しの付かないことになる所でした。


「……って」

 言われた時は、主の命令を無事に遂行できた安堵の言葉としてしか聞かなかった。だが、その後で大きな事故が起きて、大勢の人が亡くなったことを知ってからその言葉を思い起こした時、それは別の響きを持ってキセキの中で再生された。そしてそれは、キセキの心に重たい疑念を生じさせた。


――もしかしたら父は、事故が起きることを知っていたのではないか、と。


 そしてその疑念は、その後、ゲートの修復を待ってマニチャトゥーラへ送り返されたキセキが、父親から聞かされた話によって、更に大きくなることになる。




 そこで語られたのは、四宮家とワイズマンコートという組織との関係であり、四宮家が行政府の意向に逆らっても、『世界の理を解き明かすこと』 にこだわる理由だった。それはまた、キセキに自分の立場というものを認識させる為の話でもあった。


「お前は、この私の意向を無視して、ポーラエーカへ向かおうとしていたそうだな……」

「……」

「……行政府師官養成学校の予備試験の成績表は見せて貰った。Aランク評価なのだというのなら、適性はあるのだろうな。志望は刻印師か」

「……はい」

「いいだろう。それ程の才能だというのなら、いずれ刻印師として、我らワイズマンコートの役に立つがいい」

「……ワイズマンコートの為に……ということですか?」

「お前もその系譜に連なる者なのだからな。そういう覚悟の上でポーラエーカに行くというのなら認めよう。いずれ師官となった暁には、行政府の内情をこちらに流せ」

「僕にスパイの真似ごとをしろと?」

「一つ言っておく。これは四宮の後継者として、知っていなければならない事実だ。マニチャトラス鉱石は、あと百年は持たん」

「……百年……」

「タイムリミットはもう決まっている。それに間に合わなければ、我々はこの世界と共に永遠の眠りにつくことになるだろう。分かるな、あまり悠長なことをしている暇はないということだ」



――だから、なり振りなど構っていられないのだと。

  目的を達成する為ならば、手段を選ばなくても許されるのだと。

  多くの犠牲を回避する為ならば、小さな犠牲には目をつぶるべきなのだと。

  そういうことなのですか?――



「……僕はあの日、ゲートで拘束される霧月博士を見ました」

 そう告げても、父の表情に変化は無かった。

「博士は、外の世界へ出る為のシャトルの建造を密かに進めていた。そして、その計画に必要な物資を調達する為に、行政府の転送システムに介入して物資を掠め取っていた。そこを司法府に察知されたのだ」

「博士はワイズマンコートの中心人物であり必要不可欠な人だった。父さんは、そんな博士の計画に賛同したからこそ、資金援助をしていたのではないのですか」

「ああ、そうだ」

「それなのに、父さんは博士を見捨てたのですか」

「見捨てた訳ではない」

 その声が微かに怒りを含んだ気配を感じた気がして、キセキの感情の昂りにブレーキが掛かる。それでも、心の底から湧き上がってくる言葉を止めることは出来なかった。


「……だって、博士が拘束された時、父さんが四宮の力を使っていたら、少なくとも博士はあのコンテナに乗ることはなかった筈でしょう……あの事故に遭うことは……」

 この自分を引き止めることが出来たのだ。博士を救うことが出来なかったのだとは言わせない。

「……聞け、キセキ。我々の計画は未だ道半ばだ。四宮がワイズマンコートと関わりがあると知れれば、このマニチャトゥーラの統括権はポーラエーカの行政府に持って行かれる。先の事を考えれば、あの時点で四宮の名前を出す訳にはいかなかった」


 父はワイズマンコートという組織を守るために、博士という個人を切り捨てたのだと。

 そう思った。

 どんな理由を付けようとも、それが曲げようもない事実なのだと……


――救えたハズの命。この人は、それをいとも容易く捨て去ったのだ。


 確かにそれは、組織のためだったのだろう。だが、そこに我が身の保身を思う考えは、微塵もなかったのか。

「……そんな理屈……」

 飲み込めと言われた理屈で、無理やりねじ伏せられた心が、抗うように、父親に対する憤りをどうしようもなく膨らませる。


――もしかしたら、この人は、組織を守るという大義のために、行政府の手に落ちた博士を自らの手で葬り去ったのではないか。

――もしかしたら、あの事故すら、そのために……


 そんな確認もしようもない怖ろしい考えが、止めようもなく頭の中に広がっていく。

 その苦しさから逃れるために、自分は耳を、目を閉ざし、そして心を殺した。



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