第25話 そして伝説へ……?
モニター上に、立体に描かれた幾つものマスに、セイヤがそれぞれの都市の座標を埋め込んでいく。やがて完成したその図表を、一同はしばらく感慨深げに眺めた。
「じゃ、行くよ?」
キセキが声を掛ける。その神がかり的な指さばきが、セイヤの描いた地図をプログラムに変換して取り込んでいく。機器が順番に起動し始め、部屋全体にその振動が伝わった。
そのキセキの刻印によって、メインモニター上を、都市を表す記号が、ゆっくりと移動していく。やがてそれは、そこに小さな花の形を形成した。
彼らの後方で、モニターを見ていたナナミは、灰色の何もない空間を映し出していた船外モニターに、ノイズが走ったのに気付いた。
「……何?」
画面上の灰色が、みるみる黒く塗りつぶされていき、突然、その黒を埋め尽くすように無数の光の粒が浮き上がった。
「船外モニターに異常。見て下さい。これって……」
ナナミの緊迫した声に、他の者も慌ててモニターに目をやる。
「メインモニターに切り替えて」
マドカの指示で、壁面一杯の大きなメインモニターに、数え切れない程の光点を抱えた漆黒の闇の世界が映し出された。どこか畏怖を覚えるようなその映像の美しさに、皆、一様に息を飲む。
――いつか、お前に星の海を見せてやるから。
「星の海だ」
セイヤの言葉に、皆、何が起こったのか気付く。
「……俺達、外の世界に戻ってきたんだ」
「まさか、本当に?」
マドカが呆けたように言う。
「やっちまったなあ……」
カオルが笑いながら言う。
「これで僕たち、伝説だね」
その横でキセキが、いかにも嬉しそうにそう言った。
ハジメは感動のあまりなのか、声も出ないようすだ。
そしてセイヤは、思わずナナミと顔を見合わせて、互いに笑い合った。
「お兄さん、僕たち、今なら、何でも出来そうな気がしない?」
思いがけない出来ごとが目の前で起こった高揚感に、すっかり浮かれ切った様子でキセキがいきなりセイヤを羽交じめにする。
「うわ、キセキさん、止めて下さいってば……つか、何で、僕たち? 勝手に俺、勘定に入れないで下さいよ、しかもお兄さんって……」
「この勢いで、ユノちゃんも捜しに行きましょう」
「ユノちゃん?」
マドカが訊くと、キセキが満面の笑みで答える。
「うん。見つかったら、僕のお嫁さんになってくれる人なんだよ」
「いつの間に、そういう話ですかっ。ユノは嫁になんかやりませんからっ」
するとそこに、
「……そっかぁ。キセキさんがセイヤくんの弟になるんなら、あたしにも弟が出来るのかも知れないってことね」
ナナミがぼそっと、冗談とも真面目な話ともつかない口調で言った。
「え……」
――い、今なんて!?
「ナ、ナナ……」
しかし、セイヤがその意味を確認するよりも先に、そこにハジメのきっぱりとした声が介入する。
「俺は、これ以上、弟も妹もいらん。しかもこんな騒々しい……」
そして更に、
「あ~盛り上がってるトコ悪いんだけど、このシャトル、燃料がもう残り少なだぞ」
と、カオルが発した言葉で、彼らは楽しい家族ごっこの妄想から現実に引き戻されて、それぞれ慌てて自分の持ち場に付かなくてはならなくなった。
「どっかで燃料補給しなければならないわね」
マドカはそう言ったものの、
「どっかって?」
カオルにそう訊かれても、即答は出来ない。
後先考えずに、勢いでポーラエーカを飛び出して来た彼らは、ここに来て初めて、この先のことを検討する必要性に迫られた。つまりは、このシャトルの行き先をどこにするのか、ということである。
ハジメの計算によれば、ゲートを使えば一瞬で行き来できる都市の距離は、しかしシャトルで移動するとなると、数十時間という時間を費やすのだという。そして、そもそもすぐに使用することを想定されていなかったシャトルには、当然と言えば当然のことながら、燃料がたいして入っていなかったのだ。燃料の残量を考慮して、辿り着ける都市は2~3つ。選択肢は多くない。
「……ということで、意見のある人は挙手。はい、カオル」
「とりあえず、燃料補給を最優先に考えるんなら、マニチャトゥーラなんじゃないのか? ここには四宮のご子息もいることだし。あそこなら、事態が落ち着くまで匿ってもらえるんじゃねぇの?」
カオルのセリフに、一同の視線がキセキの方を向く。
すると当の本人は、う~んと、何事か思案するように腕を組んで天井を見上げた。
「……いや~それはちょっと無理っぽいかも」
「って、なんで?」
マドカが空かさず説明を求める。
「うん。僕ねぇ、ぶっちゃけ親とあんま仲良くないんだよね……だから、こういうことになったって言ったらさぁ…………」
そこでぷつり切れたキセキの言葉の次を待ちきれないで、マドカが催促する様に訊く。
「……言ったら、何?」
「言ったら、間違いなく『勘当』されちゃうんじゃないかと。あはは」
「あははって、あんた、そこ笑うトコじゃないでしょ?って、キセキさぁ……あんたって四宮家の大事な跡取り息子なんじゃないの?」
だから、広野師長のお気に入りで、どこか傍若無人な振る舞いも大目に見て貰えていたのではないのか。
「……だった、かなぁ」
「え?……過去形?そこ、過去形なの?」
マドカの驚愕ぶりに、キセキがどこか申し訳なさそうにちいさく笑う。
「そもそも大事な跡取りなら、ポーラエーカで行政府師官なんてやってないってことだろう」
キセキが笑って誤魔化した部分を、ハジメが遠慮なく指摘する。
「まあ、そんなとこ。まずね、師官養成所に進学するときにモメたでしょ。それから親の持って来た結婚話を無視してまたモメたでしょ……僕って、どうも四宮の利益を害することばっかしちゃうからさ~」
「でもさ、そこはまあ一応親子なんだし、流石に勘当とかってことは……」
「マドカんちは家族みんな仲良しだから、こういう感覚は、なかなか理解しがたいんだろうけど……代々マニチャトゥーラの市長をやって来てるっていうのはね、まあ、伊達じゃないのさ。その地位と、そこにくっついてくる権力を守る為に、手段を選ばずやってきたからこそ、八つの都市の中で、マニチャトゥーラだけが、これまでずっと四宮の独占支配だった。要するに、四宮の当主というのは、そういうことが苦も無く出来る人間で、それが今は、うちの父な訳ね。当然、ビジネスに私情なんか挟まない。四宮という存在を守るためになら、とことん冷酷になれる。四宮の不利益になると思えば、親子の情だとか、そんなのは真っ先に切り捨てられる……僕の父はね、そういう人なんだよ……」
一息にそう吐き出すと、キセキはその表情を曇らせた。
キセキにそんな表情をさせる事情とは、如何ばかりのものなのか。セイヤは思わず考えこむ。
「……何か、壮絶ねぇ……」
マドカも同じようなことを思ったのか、吐息混じりに、そういう上層の人間の感覚は理解しがたいという風に言う。
「まあ、人の上に立つなんていうのは、大概そんなものだろう」
どちらかと言えば、キセキと似た様な境遇のハジメは、あっさりとそう話を纏めると、キセキに向かって質問する。
「四宮キセキ、お前は、家の事情をどこまで知ってる?」
「というと?」
「四宮は、裏で我々ワイズマンコートに資金援助をしている。その辺りのことは?」
「……ああ、そういうことね。それはまあ、何となくは……」
「なら、四宮との交渉は、これまでの延長線上のビジネスの話として、俺がやるってことでいいか?」
「僕は構わないけど、あの父を口説き落とすっていうのは、並大抵じゃないと思うよ。犯罪者のレッテルを貼られた人間と交渉するとも思えないし」
キセキの意見に、しかしハジメは不敵な笑みを見せる。
「こういう事態になった以上、いずれ行政府も、知識の管理者である我々ワイズマンコートの存在を無視出来なくなる。今は混乱しているだろうけど、しばらくしてそれが落ち着けば、我々ワイズマンコートがこれまで行ってきた非合法な活動の数々は、容認されることになるだろう。だから、このシャトルの所有権を渡すって持ちかければ、俺たちを匿うことで発生するリスクは十分に相殺される筈だ。四宮にとっては、先行投資として悪い話じゃないだろうと思う。勝算はあると思うよ」
「成程。この先、傾いて行く可能性の高い行政府に介入するための切り札が手に入る、と。確かに、父が好きそうな話かもね」
シャトルの存在は、間違いなく、やがて始まるであろう母星帰還事業の要になる。それは今後、マニチャトラスに代わって、四宮がこの先も世界の中心に居続けるための重要なアイテムになるだろう。
「ま、そこまで事態が収束する前に、司法府に捕まったら元も子もないから、とりあえずは身を隠さなければならない訳だが。俺の希望としては、それは奴らの裏を掛けるような思いがけない場所がいい。流石に、マニチャトゥーラにはもう手が回ってるだろうと思う」
「……なら、シャトゥラーラにある四宮の別邸とか……かなぁ?そこは表向き、管理を任せている人の名義になってるから、とりあえず時間稼ぎに身を隠すぐらいなら、お手頃?」
―― シャトゥラーラ……
ただ、その名前を聞いただけで、様々な思いが去来してセイヤの胸は一杯になる。そんなセイヤを気遣うように、ナナミがこちらを見ているのに気付いて、慌てて笑顔で大丈夫というふうにアピールをする。そんなことぐらいで動揺する自分を認めたくはなかったし、ナナミにも悟られたくはなかった。
「シャトゥラーラか。そこなら、確か、博士が使っていたラボが残っていたな……シャトルを隠すには好都合か……」
シャトゥラーラというキーワードを与えられたハジメの中で、この事態に対処する為の計画が組み上がって行く。
霧月博士の研究資料の大半は、司法府に押収されたが、シュウヤが手を回し、それはそのままポーラエーカの公文書館へ収蔵されていた。件の研究施設は、民間に売却という形を取っていたが、そこを買ったのは、四宮の傘下の企業であり、実質ワイズマンコートの関連施設と言って構わない。
「それで、決まりでいいですかね?」
ハジメがマドカに結論を提示する。そもそも他に選択肢も無い訳だから、そこで異議は出なかった。




