第24話 秘密基地と悪童たち
セイヤたちが連れて来られてたのは、ハジメがよく出入りしていた地下の書庫だった。
「何か、こんな所に隠れても、見つかるのは時間の問題って気しない?」
キセキの遠慮のない声が言う。
「誰のせいで、こんなことになってるんですか」
それに律儀に反応するセイヤに、ハジメは苦笑する。この期に及んで、この緊張感のなさはなんなのだと思う。
「こっちへ」
ハジメが例の秘密の扉を開くと、その背後で「お~」という感動の声が一斉に上がる。
「すっげぇ……秘密基地っ? こういうの、子供の頃、憧れたよな~」
「秘密……基地、ね」
セイヤだけでなく、他のメンバーも興味津津という顔をしている。やはり人並み以上の好奇心の持ち主なのだろう。それは世界を変えるためには、重要なファクターとなる。
ハジメが非常灯を灯しただけの薄暗い廊下を奥まで進んで、目的の扉を開けると、そこでセイヤが息を飲む気配がした。
「俺……これ、昔見たことあるかも……」
「これを設計したのは、お前の父親、霧月博士だよ。お前は多分、博士の書いた設計図を見たんだろう」
「そっか……あの時の設計図……」
――この世界の外には、星の海が広がっている。これは、私たちが、その海に漕ぎ出していくためのシャトルになるんだ――いつか、お前に星の海を見せてやるから。
「……本当に……あのシャトルなのか」
「シャトル?」
マドカが確認する。
「そう、我々ワイズマンコートの切り札、といったところかな」
ハジメがそう答えた所で、遠くに爆発音のような破壊音が聞こえた。
「何?」
ナナミが不安そうな顔をして、入口の方へ視線を向ける。
「……思った以上に過激だったんだな、彼女」
ハジメが呟きながら苦笑する。
―― どうしてだろう。そんな彼女の別の一面を見せられる度に、何だか楽しい気分になるのは。
「多分、司法府の奴らが、さっきの秘密の扉をこじ開けようとしているんだろう」
気を付けていたつもりなのに、この場所すら、もうクルミは知っていたのか。だとすると、情報戦においても、自分は白旗を上げざるを得ない。
「場所がバレてるんじゃ、秘密基地の意味ないじゃん」
セイヤのツッコミに対し、しかしこちらに対してはまだ、素直に負けを認める訳にはいかない。兄としての面目は保つべく、ハジメは次の一手を提示する。
「方法はある。言ったろ、これはシャトルなんだって。宇宙へだって飛んで行ける乗り物だ」
「だから?」
「都市の隔壁を開いて、外の空間に出る」
いずれ、シャトルとして使うことが出来るようにと、テイクオフの準備だって、一応してあるのだ。
「外部隔壁の制御って、行政府の端末で管理されてるんだろ。そんな簡単に開けられんのかよ」
「ここのシステムは、行政府のやつと連動してるんだ。だから、ここから、向こうに介入は可能なんだよ。どうする?このまま、大人しく司法府に拘束される? それとも……」
そこでキセキが手を上げた。
「どうせもう、怒られるのは決まってるんだからさ、もう少し無茶してみようよ。シャトルの操縦って、一度やってみたかったんだよね」
「確かに、このまま捕まるのは、面白くないっていうか……」
セイヤが言うとマドカが肩を竦める。
「何か、キセキ2号が生まれつつあるわね」
そんな会話の間にも、外の音はどんどん大きくなっている。
「確かに、これが行政府に発見されたら、即、封印されるだろうから、乗るチャンスは今だけということにはなる……と」
カオルが思案顔で呟く。誰も止めに入る人間がいないのは、このメンバーならではなのか。その場の空気を纏めて、最終的にハジメが決断した。
「それじゃあ、外に逃げるで決まりでいいですね」
言いながら、さっさと端末に座って、操作を始める。が、行政府のシステムに侵入したところで、その手が止まった。
「そういや、お前ら、さっきプログラム書き変えたって言ってたか……」
ハジメが顔を顰めた。そのせいなのだろう。ダミーに設定してあった、プログラム起動用のパスワードがことごとく拒否される。
「繋がらないのか?」
セイヤに確認されて、憮然とした顔になる。これだけ格好をつけておいて、兄の面子は……。
そこへ、思いがけず通信が入った。訝しみながら、ハジメが受信スイッチをオンにすると、通信用モニターに軌道予報師長の鏑木ユウヤが姿を見せた。
「お前さあ、今、こっちはシステムの総点検中で忙しいっていうの。これ、やったの四宮キセキか?お気の毒様に広野師長が卒倒しかかってたぞ。で、用件は何だ?」
「あの……シャトルの」
「え? ああ、そのおもちゃ、箱から出してみることにしたのか? じゃ、そこの外部隔壁開けばいいんだな?」
「え、はい」
「了解。気を付けて行ってこい」
その言葉を残して、ユウキの通信は切れた。船外モニターが、外部隔壁が開かれていくのを映しだす。
「鏑木師長って……」
「ああ、親父の賛同者。行政府にも、ワイズマンコートの協力者が何人かいるんだよ」
説明しながら、ハジメがあちこちのスイッチを手際よく入れて行く。程なくエンジンンの始動する音がして、シャトルはゆっくりと何もない空間に滑り出した。
無機質な都市の外壁を映し出していた船外カメラは、やがてポーラエーカの全容をモニターに浮かび上がらせる。資料などで目にしたことはあったが、こうして実際に自分たちの住む世界の全体像を目にすると、それはいかにも小さくて、頼りない場所のように見える。こんな小さな世界に自分たちは、千年以上も身を潜めていたのかと思う。
「これで、とりあえずの危機は去った訳だが、この先はどうする? 幸い、ここには四宮のご子息がいるから、マニチャトゥーラにでも身を隠すか?それとも……この設備を使って、行政府と取引してみるか? ここのシステムはむこうと連動させることが出来るから。四宮キセキさん、あなたの腕ならきっと、向こうのシステムを壊すのも、遠隔操作するのも、やりたい放題でしょう」
ハジメが言うと、キセキが笑った。自分はそんなに無秩序な人間だと思われているのかと思う……。
「いや、別にそんなことには興味ないよ。何か誤解しているみたいだけど、僕は世のため人のため、ひいては、愛する人のため、そういうことの為に頑張る主義の人なんだよね」
「成程。では、あなたのご意見は?」
「そうだね。せっかく、目の前に楽しそうなおもちゃがある訳だから……いいよね、マドカ?」
「そういうタイミングで、私に確認しないでくれる?」
話を振られたマドカが苦笑する。
「それでOKしたら、例のごとく、最終的に私が後始末をすることになるんじゃないの」
「いや~まさかそこまでは図々しくないよ、僕」
言いながら、えへへと笑うキセキの言葉に、説得力はあまりない。
「……仕方ないわね。じゃあ、一応、意思確認はしておくわよ。はい、キセキの遊びには、もれなく危険が付いて来ます! それでも、構いませんという人は挙手っ」
「危険って、どの程度の?」
セイヤの確認に、マドカがふざけた様な声で言う。
「そうねぇ、命がけ以上にはならないかな~」
「何もんですか」
つまり、真面目に答えることが馬鹿馬鹿しくなるほどの、無茶、ということか。セイヤが頭を抱える横で、唯一、まだ冷静さを維持しているハジメが確認する。
「それで? 何をしようと?」
「うん。僕たち、せっかく、都市を自在に動かす神の力を手にした訳だから……」
「……都市を動かす力…って…」
思いがけない台詞に、その冷静な仮面があっけなく剥がれ落ちた。自分たちが、延々と探し続けて見つけられなかったものを、まさかこいつらは見つけたというのか。
「だから、司法府の奴らに押し掛けられたんだよ」
「まさか、本当に?」
「理論上はね。だから、試しに動かして、それで正解なのかどうかを確かめてみたいなと思って」
「……いや、でも都市を動かすには、膨大なエネルギーが必要になるだろう」
「それは、霧月博士がだいぶ前から研究してた理論があるから」
「って……。お前たちが書庫奥でせっせと調べてたのって、予報が当たらない原因じゃなくて、まさか都市を動かす方法だったのか?」
「というかね、それってどっちも同じことなんだよね。とどのつまり、都市軌道の把握っていうのはさ、そもそも都市が動く原理を理解していないと出来ない訳だし」
「それで、その原理が分かった……と?」
ハジメが半信半疑という風に確認すると、横でセイヤが頷く。
「まあね。かつての都市の推進装置って、今はゲートとして使われているんだよ。ゲートのエネルギー炉の回転数をあげると、今の数百倍のエネルキーを発生させることができる。それが都市を動かす動力になって、昔はそれで自在に都市を動かしていたって話」
――こいつら、本当に……。だが、もしそれが事実なのだとしても……
ハジメは尚も慎重に理屈を積み上げる。
「それでも、そんなもの何度も試せる代物じゃないだろう。炉の回転数を上げれば、稼働時間はそれだけ短くなるだろうし。一体どれだけのマニチャトラスを消費すると思うんだ。マニチャトラスだって無限にある訳じゃない。それにその方法は、ワイズマンコートの先人たちが、この世界を開くという、崇高な目的のために考え出したものなんじゃないのか。それを遊び半分に使われるのは、その知識を守ってきた者としては容認できるものではないし……」
「だったら、世界を開くという目的のためになら、いいんだね?」
キセキがいつもの愛想のいい顔で言った。
―― こいつ、何しれっとした顔で大それたこと言ってんだよ。
「だからっ、世界を開くには、コードプレートが必要なんだよ」
冗談ではない。自分たちが数百年という歳月を費やして作り上げた大切なものを、それがどれ程の苦難の道であったのか、知りもしない外部の人間が使うだと?
――お前、自分が言った言葉の重みがどれほどのものか、絶対分かってないだろう、四宮キセキ。
「コードプレート……って?」
その言葉の意味すら知らない奴が、世界を開くなんて軽々しく、よくも言えたものだと思う。
「隔離前の、都市の正確な位置を示した配置図っ」
ハジメが苛立ったようにキセキに告げる。
すると、キセキが「ん?」という表情を浮かべて、セイヤと顔を見合わせた。
「何か、最近、そういう話しなかったっけ? 僕たち……」
そう問うたキセキに、
「アシュトランガの天井画……ですね」
セイヤがそう返した。
――まさか。
ハジメは思わず身を乗り出す。
「……まさか、見つけたのかっ? どこで?」
「いやぁ……チェスの棋譜室の天井にね、駒の絵が描いてあって、それが、昔の都市と対応しているんじゃないかって話なんだけど……」
「天井画って……そんな……ところに……」
どうりで、いくら地面を這いつくばって探し回っても、見つからない筈だ。
そもそも、自分たちは探す場所を間違えていたということなのか。あっけなく氷解した謎に、呆然としながらハジメはため息を落とす。
――結局、そんな些細なことで、世界は変わるのか……
それがもし、どこかにいる神の采配なのだとしたら、思い切り苦情を言ってやりたい気分だった。
「セイヤ、お前、その正確な図を覚えてるか?」
「愚問。俺を何だと思ってんだよ、もう立派な地図師官なんだぞ」
そう言って、セイヤが会心の笑みを浮かべた。




