第22話 幻の妃と天を舞うガルーダ
やがて、ゲームが始まると、二人はああだこうだと言い合いながら、少しやりにくそうな手つきで駒に見立てたコインを移動させていく。しばらくそうしたやり取りを続けた後で、あっけなく弱音を吐いたのはキセキだった。
「あ~何か、頭混乱して来た。これって、プレーヤー選ぶかも。上級者ルール?」
「だなあ……」
カオルも苦笑しながら、その盤上で指先を動かしながら、移動した駒の動きを確認しつつ、その指もあれ?と、度々止まる。
「確か、書庫に、これの棋譜が保存してありますよ」
セイヤが言うと、途端にキセキが目を輝かせた。
「ホントホント? 見たいっ」
「そんなものまで保管してあるとは、流石、公文書館様だな」
言いながらもう腰を浮かせているのは、カオルもまた、見たい口なのだろう。
「昔、ワイズマンコートの人たちの間では、かなり流行っていたらしいですからね、これ。いかに戦略的に芸術的にチェックまで持ち込むかって、競っていたらしいです」
セイヤが説明しながら移動をはじめると、結局、女性陣もそれに付いて来て、軌道予報調査室総出での、書庫見学になったようだ。
「戦略的は分かるけど、芸術的って?」
「科学者ゆえに、なんですかね。超理論的思考を持っていた彼らは、一見相反する芸術性というものを、こよなく愛していたらしいです。無機質なものを扱いながら、その中にすら、美しさというものを求めた。ただ、データを記録するだけでいい地図に、装飾を施したというのも、そんな考えの現れなのかなと、俺はそう思うんですが……」
そんな話をしながら、やがてフロアの隅に辿り着いた彼らは、セイヤに導かれて、順番にそこに現れた螺旋階段を登る。その階段をてっぺんまで登り切った場所は、ロフトになっていて、小部屋という感じのその一角には、資料を収めた棚が幾つも並んでいた。
「この辺ですかね……」
セイヤが示すと、キセキが手近な所から、資料を引っ張り出す。
「へえ……凄いな、これ……」
キセキは、もうその世界に埋没し始めている。他の者達も思い思いに、昔の人が残した記録に手を伸ばし、それを興味深そうに眺め始めた。
「そっか……成程なーこうやって使うのか……」
キセキのブツブツと呟く声を聞きながら、セイヤはロフトの手摺にもたれかかって、下方に広がる知識の海に視線を落とす。
実はここも、彼が見つけた隅っこの一つだった。
そこは滅多に人が来ることがなくて……だから、少しぐらい声を出して泣いても、誰にも気づかれない場所だった。そして又、果てしない知の海に泳ぎ疲れた時に、こうしてそれを俯瞰から見降ろすことで、気持ちを切り替えるという儀式をした場所でもあった。
「今日はもう、仕事終わりなのかしらね」
気が付けば、ナナミが隣に立っていて、笑いながらそう言った。
「多分、記録を読むだけでも、重いから……あの事故のことは。息抜きしたくなる気も分かるかな」
「そうね……」
ナナミはそう答えて視線を下げて俯いた。これでもし、何かが分かれば、ナナミの思いも少しは救われるのだろうか。そんなことを思いながらその横顔を見ていると、不意にナナミが顔を上げた。
「……ねえ、ガルーダって、どんな鳥なのかしら?」
「え……ああ、それなら、ほら……」
セイヤが上を向いて天井付近を指差す。それに釣られてナナミが上を向くと、そこには見事な天井画が描かれていた。
「あそこに大きさの違う同心円が三つ描かれているでしょう?その中心に近い方の右下の方……翼を広げている鳥。あれがそうですよ」
「へえ、あんな場所に絵が描かれているなんて、よく気付いたわね」
「え、まあ、この辺で昼寝とか、結構してたから……ある時、ゴロンと横になったら、ああ……って感じで」
「……もしかして、あれって、アシュトランガの駒の絵なのかしら……」
「ええ。そうみたいですね。アシュワガンダ(馬)、ガネーシャ(象)、ナーガ(蛇)クールマ(亀)
……あぁ……今気付いたけど、都市の市章って、これを元に作られてたりして……」
「市章……?そうね。言われれば、真ん中の星の形は確かに、ポーラエーカの市章に似てるかも。ラドゥヴィアって何だったっけ……双子の王妃……って」
ナナミが視線を動かして、すぐに一つの絵に目を止めた。
「……あれ、そうよね。双子の王妃」
「……ですね」
確認してみると、他の六つの都市の市章も、それぞれの駒をモチーフにしたようなデザインになっていることが分かった。
「……昔の人は、遊び心があったんだなあ……」
「何の話?」
男性陣ほど熱心ではなかったらしいマドカが、その言葉を聞き止めたようで、そこで話に入って来た。セイヤが市章の話をすると、彼女も感心したように、天井を仰ぐ。
「成程……ねえ……」
上を見上げていたマドカの顔が、やがて思案顔になり、そのまま黙り込んで絵を見据えている。
「あのさ、もしかして……」
言い掛けて、だがそれに確証が持てないのかマドカは一旦口を閉ざす。
「どうした? 揃って天井向いて……」
そこにカオルが来て声を掛けた。マドカは、顔はそのままに、視線だけをカオルの方に向ける。
「カオルさ、あれ見てどう思う?」
マドカに言われて、カオルが上を向き、
「チェスの棋譜か?」
と、即答した。
――棋譜。
そう言われれば、三次元チェスの、立体の三層を平面に記録するのに、大きさの違う同心円を三つ重ねて描く。つまり、中心に近い方から、天界、その外側の円を地界、一番大きな外側の円を水界と見立てて描くのだ。
「確かに棋譜みたいだけど……」
セイヤは頭の中で、その立体図を描いてみる。その中で、駒は、いつしか都市の姿に置き換わっていく……
「もしかして、これ、都市の配置図じゃないですかね。こんな風に、もの凄く手を掛けた感じで、一つの絵画作品として残してあるって、きっと、とても大切なものだからですよね。とすると、これは、もしかしたら、隔離以前の、オクトグランの姿なんじゃないのかなって……」
「あのさ……さっき、そこの棋譜を見ていて思ったんだけど……」
セイヤの意見に付け加えるようにマドカが言う。
「都市の移動後に、地図師が描く、手書きの地図。あの描き方って、棋譜と似てない?」
何か、とても大事なことが、目の前にぶら下がっている。四人は互いに顔を見合わせ、またそれぞれに天井を仰ぎ、見えそうで見えない、その何かについて考える。
チェスの駒は6ではなく、8で。
その8つの駒のモチーフが、それぞれ8つの都市の象徴として使われていて。
裏返せばそれは、都市はその8つの駒で表記されることがあるということで。
都市の移動記録である地図は、棋譜の描き方に似ていて。
そして、昔の人は、遊び心があった。
それは、つまり……?
そこに、キセキの明るい声が乱入した。
「都市移動の法則ってさあ、8駒チェスのルールと同じ、だったりして」
いきなり投げ込まれた石に、四人は目を見開いて、一斉にそちらを見る。
「まっさか、ねぇ……」
マドカが言うと、緊張を解かれたように、四人はそろって力なく笑う。流石にそれは、ないよね、という空気がそこに下りる。
そもそも移動に法則性があるというのなら、予報など必要ないだろう。ましてや、それがチェスと同じだというのなら、次の手はすぐに読める。
「都市が移動する理由って、考えたことあります?」
セイヤがそう訊いた。
「いや、ないな」
カオルが首を傾げると、マドカも頷く。
「だって、そういうものなんだって、皆、思ってたでしょ?私たちが生まれるずっと前から、ずっとそうだった訳だから。あれ、理由があるから動くんだとは、普通、考えないわよね」
「隔離前の都市は、マニチャトラス鉱石と併用する形で、太陽光エネルギーをその動力源としていたんです。それで、太陽の光が、母星や他の都市によって遮られる時間をなるべく短縮するために、推進装置を有し、随時場所を移動していたんですよ。つまり、都市が動くのは、空間の影響というよりも、都市自体に動く機能が備わっていたからだと考えられます」
「へえ……お前、詳しいな」
カオルが感心したように言う。
「伊達に図書館に住んでるって訳じゃないよね。うん、凄い凄い」
同じくキセキにも感心したようにそう言われて、先輩たちを前に、ちょっと偉そうだったかもセイヤは先を言い淀む。が、そこにマドカがきっぱりとした声で言う。
「続けて」
「あ、はい。つまり、そういう機能がある以上、俺は、それを動かす術があってしかるべきだろうと思うんですけど」
「つまり、都市が動くことには、誰かの意志が反映されてると?」
「誰か、というか……。隔離後に、都市が動き続けている理由は分からないですけど。動かすためには、そもそも推進装置に移動用のプログラムを入れてやらなくてはならない訳ですから……都市が動くのは、そのプログラムありきで、それを誰かの意志とするなら、プログラムを設定した人ということに……なるのかなと……」
「じゃあ、そこにはやはり法則があって、それがチェス好きの誰かさんのせいで、8駒ルールなのかも知れないという仮説は、充分に成り立つわけね」
「あくまで、仮説ですけどね」
マドカの食い付きの良さに、セイヤは慌てて念を押す。
「仮説、結構! どうせ行き詰ってたとこなんだから、今度はそれで攻めてみましょう」
「え……マジすか?」
「あ~その仮説検証は楽しそうだから、僕も賛成。遊び心バンザイ!」
キセキが手を上げて、カオルも異議はなしという風に頷いた。いいのかなという風にナナミを見ると、笑顔を返された。
「じゃあ、軌道解析はそちらに任せて、私たちは、都市の設計図とか、その辺から当たって見ます」
ナナミの提案に、マドカのOKが出て、一同は長い休憩を終えて、次の目標に向けて動き出した。




