表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/32

第20話 扉を開く力

 その発見が、オクトグランのもっと初期になされていたら、それを喜ばない者はいなかったのだろう。

 だが、当時、この世界はあまたの苦難を乗り越えてようやく安定期と呼べる時期に入ったところだった。隔離から数百年を経て、まず外の状況が分からない。果たして世界が開かれた時に、自分たちは隔離以前と同じ『場所』に戻れるのか。もちろんその保証はない。そして、何より問題だったのが、その仮説を実行する為には、膨大なエネルギーを必要とするという事実だった。


――もし、失敗したら。


 自分たちは、また暗黒の時代に逆戻りをすることになる。目の前にある、このささやかな平和と引き換えに、それは今なされるべきことなのか。


 当時の行政府が下した結論は、『否』だった。

 そして、破滅と背中合わせのその研究資料は、世界を混乱に陥れる危険なモノとして、その事実を知る科学者たちと共に抹殺された。だが、いつかそれが必要とされる時が必ず来ると信じた科学者は、資料を暗号化して図書館に隠した。


 それが、コードプレートが暗号碑文と呼ばれるゆえんである。

 そして、図書館を継ぐ者にのみ、その存在が受け継がれていくことになった。しかし、行政府による捜索をおそれたためか、コードプレートは巧妙すぎる程に図書館の膨大な情報の中に隠ぺいされ、結果、『ある』という事実だけは伝えられたが、それがどこにどういう形で隠されたのか、今に至るまで長く不明のまま……

 そしていつしか、図書館を継ぐ者に代々伝えらるようになった伝承――



 ――かつて、オクトグランは宇宙に咲く花であった。

  コードプレートには、その当時の八つの都市の様子が記録されている。

  不規則に漂う都市を、その本来の配列通りに並べ、

  そこに再び花を咲かせてやることが出来れば、

  この閉じられた世界は開き、我々は元の世界に戻ることができる。



――それは、図書館の継承者のみが知らされる秘密……人に神を錯覚させる秘密だった。


「あなたが諦めてしまった夢を、俺が代わりに叶えて差し上げますよ」

――夢。

 その単語に、埋めた記憶が喚起される。


――この夢を叶えるのは多分、私たちのような年寄りではなく、その次か、あるいはそのまた次か……勢いのままに走り抜けることを躊躇しない、若い世代の者たちになるんだと思いますよ。


 自分たちは、その礎となればいい。シュウヤは、霧月シンゴのそんな言葉を思い出した。

 今自分たちができる事をしておけば、未来に、少しでも希望が生まれる筈だと。その小さな積み重ねが、いつか必ず扉を開く力になる。




「……変えられるものならな」

 挑発するように言いながらも、シュウヤは思う。ハジメの行為もまた、未来へと向かう道程のひとつなのだろう。変化は望まぬところには訪れないものなのだから。

 容認の姿勢を示した父親に、ハジメは不敵な笑みを向ける。悪くはない面構えだと思う。

「それから、本格的にことを起こすというなら、二妃クルミは遠ざけるのだな。あれは、我々の内情を探るために、この図書館に来ている」

「知っていますよ。でも、彼女は、行政府の情報をこちらに漏らしてくれる存在でもある。心配はいりません。彼女は、俺の言いなりですから」

「二妃の娘だというだけで、行政府の手先だと疑われて当然の場所へ、平気で乗り込んで来るような娘だ。お前が思うほど、甘い娘ではないぞ」


――まさか。と、ハジメは思う。


 彼女は恋を装っているというのか。この自分の目も欺くほど巧みに。あれが全て演技だと。すぐにそうとは納得できなかったが、

「……分かりました」

 とは答えた。



「……それから、今回の予報の大幅なズレは、お前が軌道予報室の端末に干渉したせいなのか?」

「まあ、そんな所です」

「ここの端末は、そういう目的の為に置いてあるのではないのだがな」

 シュウヤは咎めるように言って顔を顰める。


 シュウヤ自身も、五年前までは、この場所から幾度も、軌道予報室の端末に侵入していた。だが、それは予報の誤差を密かに修正するという目的のためだった。


 軌道予報は、過去の都市移動を記録した累積データを元に計算される。しかし、そのプログラムに自体に問題があるのか、データの数値に問題があるのか、次第にそこに大きな誤差を生じるようになっていた。過去に何度も、プログラムに修正が加えられてきたが、状況は改善されないままだ。


 事前に報告される予報情報が、明らかに理論的におかしいこともある。だがそれは、図書館という領域にいて、長年、多くのデータを目にしてきたシュウヤだから分かることで、世代交代の早い現場師官には、気付くことができないのだ。だがそれを、外にいるシュウヤに指摘されることを、彼らは喜ばなかった。師官という人種は、その有能さゆえに、自分の仕事に頑強なプライドを持っているからだ。


 それで、苦肉の策として、彼は密かな干渉を行っていた。ゲートが正しく接続されるように、刻印の方に手を加えた。だがそれも、行政府を退任した後は、心に残ったわだかまりによって、止めてしまった。だから、恐らくこの五年は、その誤差は増えて行く一方だったのだと思う。それでも、そんなことよりも、シュウヤにとっては、コードプレートを見つけ出すことの方が、より重要なことだったのだ。


 それさえ見つかっていたら、シンゴは死なずに済んだのかも知れない。シュウヤはずっとそんな後悔に苛まれている。


 シンゴは、コードプレートによって都市の位置が解明された後に、都市を動かすのに必要となる動力エネルギーの研究をしていた。さらにその先も見据え、オクトグランが外の世界に戻った後で必要になるであろうシャトルの建造も進めていた。


 もちろん、それは行政府の意に反する行為であったから、その計画は、一部の賛同者の協力の元、行政府の目を掠めて、極秘裏に進められていた。物資の移動数量に細工を加え、移動の途中でそれを掠め取る。そんな違法行為を行っていた。しかし、それもやがて行政府の知る所となり、司法府からの出頭要請を受けるに至る。だが、シンゴはそれに応じずに身を隠す道を選んだ。


 あの日、彼は別人の搭乗許可書を用いて、コンテナに潜り込んだ。兄のセイヤは知人の家族に、妹のユノは彼の助手をしていた女性にそれぞれ預けて、別々のコンテナに乗せた。


――そして起こった事故。


 システムエラーによる、ラインの断線。

 上層部が最終的に確定した事故原因は、それだった。だが、それはあってはならないことであり、公になれば、世界中の物流が大混乱に陥る。確実な物流の操作が出来ない行政府の権威は失墜するだろう。そんな思惑から、それの事実は隠ぺいされることになった。予報時の大きな誤差を修正しきれなかった。そういう話にすり替えられて、軌道予報師長ほか、数人の現場責任者の退任によって、行政府は事態の決着を付けたのである。


だが、刻印されたラインの断線という事実は確かに存在したが、それはやはりシステム上はありえない事態なのである。シュウヤがやっていたように、刻印に直接手を加えたのでなければ、一度確定したラインが消滅するというのは……


――誰かが、それを行ったのかも知れない。


 確証はなかったが、シュウヤは直感的にそう感じた。

 シンゴの存在を行政府はそれ程に、脅威だと感じていたのか。このまま、殻に閉じこもっていては未来はないというのに、その事実から目を反らし、頑なに現状を維持しようとする。そんな行政府に対し、生じた不信感と絶望感を拭うことが出来ずに、シュウヤはそこから去った。


 厳然たる存在――コードプレートをその目の前に付きつけてやることでしか、彼らの考えを変えることは出来ないのだ。……そう思った。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ