第19話 受け継いできたもの
シュウヤが扉を開くと、そこには更に奥に続く廊下が現れた。そこに足を踏み入れ、扉を内側から閉じる。そして、そこから先に進めば、多くの端末が設置された管制室に行きあたった。その部屋の中、幾つものモニターの並ぶ端末の前に、探していたハジメの姿があった。扉の開閉があったことで、シュウヤの来訪を予期していたのだろう。
「お帰りなさい、お父さん」
ハジメは驚きもせず、こちらに向き直ると、そう言った。
「どうしてワイズマンコートの名を使った?」
「何ですか、いきなり」
「何のために、行政府を掻き回すような真似をしたのだと、訊いている」
「結局、お父さんは、証拠不十分で無罪放免になったのでしょう? ならば、何も問題はない筈です……」
「私の質問に答えろ」
「質問? ……何のために、という?」
「そうだ」
「この世界を変えてみようと思って」
そんなことは、さほど大層なことではないとでもいうように、ハジメが言った。
「何だと?」
「この都市世界には限界がある。だから、世界を変えなければならない。そう言ったのは、あなたですよ、お父さん。滅びることが分かっていて、それを何もしないで傍観しているのは、罪だと。あなただって、そう思ったから、かつては行政府に身を置いていたのでしょう」
ハジメはそこで初めて、苛立ちを示すようにコンソールを少し乱暴に叩いた。
「それが……霧月博士を失ったぐらいで、怖気づいて、逃げ帰って来た」
「黙れ。お前は、あの事故の惨状を知らないから、そんなことが言える。軽々しく、世界を変えるなんてことが……」
受け継いだ知識は、ただ守り継ぐべきもの。
シュウヤは館長の職を継いだ時に、その先代からそう言い含められた。
だが、その知識によって、この世界の終りがあるかも知れないことを知り、また同じくその知識によって、それを回避する方法があるのだという『秘密』を知った時、ただそれを黙って見守るという道を外れた。自分になら、何とか出来るのかも知れない。そんな思いはシュウヤに行動を起こさせた。しかし、世界は簡単には動かすことは出来ず、その重要な鍵となるコードプレートを手にしないままで推し進めた計画の歪みは、大惨事を招いた。
「我々の使命は、あくまでもコードプレートを探し出すことだ。その重要性は、お前だって分かっているだろう」
「ええ。しかし、かつての図書館長が都市限界説を唱えて、以来数百年、そうしてこそこそと探しまわって、未だそれを見つけ出せないのは、その方法が適切でなかったからだと、我々は、そろそろ気付くべきなのではないですか」
「どういうことだ?」
「ワイズマンコートは、もういい加減、この世界の表に出るべきだと、そう申し上げているのです」
「行政府と敵対してもか」
「敵対? ご冗談でしょう。行政府は我々ワイズマンコートの意志の元に、その執行機関として作られた。つまり、我々の下僕だ。その最初の形に戻るべきなんですよ」
「お前は、行政府の上に君臨するつもりなのか……」
どうしてそんな幻想を抱くことができるのか。シュウヤは顔を顰める。
「本来、立つべきはあなただ。でも、あなたがそれをしないなら、俺が立つ。長く使い続けたマニチャトラスの影響で、人の体にはもう変化が起こり始めている。都市という環境が不変のままでは、変化を始めた人間は、いずれその環境に適応できなくなって滅びゆく運命なのだと。そう言ってやればいいでしょう。そうすれば、行政府の人間も目が覚める」
「コードプレートが見付かれなければ、誰が何を言っても、この世界に混乱をもたらすことしか出来ない。それが、なぜ分からない」
「勿論、全てはそれを見つけてからの話です。分かっていますよ。その為に、水面に小石を投じたのですから。その波紋は、思いの外きれいに広がった」
――波紋。
シュウヤはそのハジメの言葉の意味を考える。投じられた小石というのは、言わずもがな、あの声明のことだろう。それは確かに、行政府のなかにさざ波を起こした。
「分かりませんか? セイヤたちが今この図書館にいるのは、どうしてなのか。あのメンバーを選んだのは、三枝ユリアですよ。かつて、行政府であなたの右腕だった。そして彼女は、今もこちら側の人間だ」
「お前が……」
「ええそうです。俺が彼らを行政府から引き抜いた。その才能を見込んでね。この広大な知識の海からコードプレートを見つけ出して貰う為に」
――コードプレートさえ見つけられれば、世界は変わる。
コードプレートとは、この閉じられた世界を外に開くための鍵だと言われている代物だ。
それは、隔離から数百年を経た頃のこと。伝承では、彼らの世界を包み込む空間の研究をしていたワイズマンコートの科学者が、空間のねじれを元に戻す方法を導き出したという。
彼らの主張した仮説によれば、すべての不幸のはじまりである隔離は、元々不安定であった空間に本来あるべきはずのない巨大な質量の物質――即ち、コロニーを設置したことにあり、さらに当時、マニチャトラスと併用する形で用いられていた太陽エネルギーを効率よく確保するために、それぞれのコロニーを頻繁に移動させ続けていたことが、空間の歪みを増大させる結果になり、そうして蓄積された歪みが、空間の変異を生んだという。
この何もない空間の現状は、いわばパズルのピースがばらまかれたような状態であり、空間がもっとも安定する形で、そのピースを再構築してやることができれば、世界は開く。即ち、八つの都市を再初期の位置に固定してやれば、あるいは――




