第18話 世界を動かす貴石
二人が病院近くのカフェレストランに着くと、すでにお昼の混雑は始まっていて、席はほとんど埋まっていた。辺りを見回すと、四人掛けのテーブルに一人で座っていた人物が、こちらに向けて手を振る姿が目に入る。
「お~い、やっほ~」
そこで子供みたいに手をぶんぶんと振りまわしていたのは、キセキだった。
「たまの休みに、出かける先が揃ってこんな場所って、どうなのかしらね」
マドカが苦笑する。マニチャトゥーラ出身のキセキは、発病こそしていないが、キャリア認定されていて、月に一度の検診が義務付けられている。だから、彼も病院帰りなのだろう。
「僕、お茶飲んだら、もう行くから、ここどうぞ」
「いいわよ、ゆっくりして行きなさいよ」
マドカが言うと、キセキが肩を竦める。
「いい雰囲気のトコに割り込むほど、僕、野暮じゃないし」
ちゃらちゃらしているくせに、そういうトコは妙に鋭い。言われて、当たり前のように繋いでいた手を慌てて離す。
「いいからっ」
照れ隠しに、思わず語気が強くなる。
「そう? じゃ、も少しいようかな。実は検診の後って、何か気が滅入るから、ひとりは辛かったんだよね……ナナミちゃんには振られちゃったし……」
「ああ、ナナミも検診だったみたいね。ていうか、あんた、寂しいからって、誰彼、声掛けてるんじゃないでしょうね」
「一応、人は選んでるつもりだけど……」
「ならいいけど」
そんなやり取りの後、二人が腰を落ちつけたところで、ふと思いついた風にキセキが言った。
「……そういえば、選ぶと言えばさあ、うちのメンバーって、五年前の事故関係者ばっかだよね」
「え?」
キセキにそう言われて、マドカはメンバーの経歴を思い浮かべる。
マドカは兄ユキトがそれで発病した。そのユキトはカオルの指導官で、ナナミの父親は、その当時の軌道予報師長だったと聞いたことがある。そして、セイヤは事故の直接の被害者だ。
――見事に。
きれいにパズルが組み上がったような感覚に、マドカは思わず身震いをする。それで何という訳でもないのだが、偶然にしては、ハマりすぎているような気にさせられる。
「でも、キセキは別に、事故とは関係ないじゃない?」
「まあ、直接はそうだけど、マニチャトラス鉱石が事故の原因だったかもって説を取れば、僕はその産出地の出な訳だから」
「キーワードをマニチャトラスに変えるんなら、病院とは全く縁のないセイヤは、その括りには入らないでしょう。仮説不成立……」
「あれ、知らない? セイヤのお父さんは、マニチャトラスの研究者だったんだよ。僕、昔、マニチャトゥーラの実家にいた頃に、会った事あるもん」
「うそ……」
「それって、もしかして、霧月シンゴ博士? エネルギー工学の?」
カオルがそこで口を挟む。仕事柄、マニチャトラス鉱石を扱うゲートキーパーなら、基礎知識の中に、その名前が出て来る。
「セイヤの霧月って、本当にその霧月なの?」
「だって、博士も事故で亡くなってるし、セイヤは博士と同じシャトゥラーラの出身だって言うから、そうなんじゃないの? それに、僕、本当はあの時、移動コンテナに乗ってる筈だったんだよね。それが、直前に親父にドタキャンさせられてさ。だから、こうして何事も無く、ここにいる訳だけど」
キセキの主張に、今度は間違いなく、鳥肌が立った。
――マニチャトラス鉱石。
それの為なら、世界はどうにでも動く。
キセキの話を信じるなら、あの事故を事前に予想していた者がいた可能性があるということになる。そうなれば、全ては偶然だったのではなく、必然だったのだという事に――あの事故は、何らかの理由があって、起こるべくして起こったものだという事になるのではないか。
多くの人の人生を捻じ曲げてしまったあの惨事が、誰かの意志によるものだとしたら……
――一体、そんなことが……許されるのか。
「……キセキ、あんたその話、どこかでした?」
「え、いや……してないと思うけど」
「金輪際、誰にも言うんじゃないわよ」
「俺も念押しておく。誰にも喋るなよ」
「え……僕、何か変なこと言った?」
「あんたの一言で、世界が変わるかも知れないって事よ」
マドカの言葉に、キセキは戸惑ったような顔をする。
この偶然は、必然なのか。
自分たちが、この事実と出会ったことには、何か意味があるのか。知れば、その真実を追い求めずにはいられない境遇にいる自分たちが、それに出会ってしまったのは。
あの事故が、誰かの作為によるものだと言うなら、そこには軌道を動かす術があったということだ。それが証明されれば――
――世界が変わる。
不動シュウヤが図書館に戻って来たのは、行政府に強制出頭させられてから、二週間後のことだった。
シュウヤは、図書館の一角がすっかり行政府の人間に占拠されているのを苦笑しながら、セイヤにハジメの所在を確認した。彼らがここにいる経緯は、行政府の方で聞かされてきたのだろう。それについて、改めての確認はなかった。
「ハジメなら、最近は、地下書庫の方にいるみたいですけど……」
セイヤがそう答えると、シュウヤは頷いてそちらの方へ足を向けた。その様子は、以前と特に変わりは無く、拘束されていたという割には、やつれたような感じもなかったので、セイヤは取り敢えず安堵した。
シュウヤが地下書庫に下りると、思った通り、本来は施錠されている筈の部屋が空いていた。だが、その部屋の中にハジメの姿は見当たらない。
「全く、仕方がないな、あいつは……」
呟きながら、何のためらいも無く、シュウヤは書庫の隅の書棚へ向かう。不動の名を持ち、この図書館の管理者となる人間に、代々伝えられている手順で、書棚の本を何か所か入れ替える。と、書架の位置がずれて、そこに隠し扉が現れた。
ハジメには、成人となった二年前に、この秘密について教えた。今思えば、それは少し早計であったのかも知れない。ハジメは聡明であるが、大きすぎる秘密を知るには、彼はまだ未熟だったのだと言わざるを得ない。
その秘密が、自らの野望を叶える道具になるものだと知ってなお、それをただ眺めているだけで満足出来る人間は少ない。だが、この図書館の館長になるというのであれば、そうでなくてはならないのだ。
――世界を変えるという力を前にしてさえ、傍観者でいること。
それが知の管理者である者に与えられた役割なのだから。




