第15話 窓際のひなた
翌朝出勤すると、すぐに師長室に呼び出された。結局、シュウヤは昨夜は戻らず、その帰りを待っていたセイヤは本を読みながら徹夜をしてしまった。欠伸を噛み殺しながら、カズマの元へ赴くと、紙切れを渡された。
「え……辞令ですか?」
師官章を貰ったばかりで、これから経験を積んで一人前の地図師になろうというこの大事な時期に、本来の仕事を外される。その事実は、少なからずセイヤに衝撃を与えた。
「ま、そんなに落ち込みなさんな。期間限定の出向辞令だから、向こうでの用が済めば、すぐに戻して貰える」
「はあ……」
「大丈夫、大丈夫。お前は、地図描くのはズバ抜けてるから、何カ月か休んだって、全然問題ない。色々な経験を積むのも、先々の糧になるしな。元気で行ってこい」
「……はい」
元気で、と言われても、その返事は元気とは程遠かった。
師長室を出て、丁度行き会ったミツバに異動の話をすると、たちまちその顔が曇る。それでも、ミツバとは、少し距離を置くべきなのだろうと思っていたから、これはこれで、いい機会なのかも知れなかった。ミツバにしても、セイヤがそばに居なければ、他に目が向くということもあるかも知れない……実は、そんな身勝手な期待もしていた。
身の回りのものだけを纏めて、セイヤは指示されたフロアへと向かう。そこは行政府の総務エリアで、そこにはいわゆる事務方の仕事をしている人々がいる。特別専門職の師官であるセイヤには、あまり馴染みのない場所だった。思い起こせば、入庁の時にIDを作って貰いに来て以来だ。
辞令と一緒にもらった地図を見ながらそのエリアを抜けて、他よりも見るからに豪華な内装が施された廊下に出る。自分には思い切り不釣り合いなその雰囲気に、一瞬、場所を間違えたかと思って地図を見直す。
――間違って、ないよな。
指示された場所は、この先の一室だ。その廊下の突き当たりの扉の前には、SPが立っている。セイヤの記憶に間違いがなければ、そこは、行政府最高顧問室。つまり、この世界で一番偉い人がいる場所だ。セイヤの目的地はその隣室。それが、指示された部屋だった。
重々しい空気に緊張しながら、扉をノックする。
と、中から応答があって、入って構わないというような声が聞こえた。
「失礼します」
言って扉を開くと、見覚えのある顔がそこに並んでいた。
「おや、意外な駒が来たね」
そう言って人懐こい笑顔を見せたのは、四宮キセキだった。
「これは、判断に迷うところね」
その隣で、セイヤの顔を見ながら思案顔になっているのは、八雲マドカだ。
「ともかく、これで各部署のメンツが揃った訳だから、答えを出すか?」
そこにいた別の一人が、そう言う。
「ちょい待ち、カオル。少し考えさせて…ねえ、ナナミはどっちに賭ける」
いきなり話を振られたナナミは、少し困ったような笑みを浮かべながら口を開いた。
「私の立場からしたら、先輩達を前にして、『左遷』の方になんか賭けられませんよ……」
――えっとぉ、話が見えない。
「あの……」
セイヤが遠慮がちに声を掛けると、キセキがポンと手を打った。
「キミはどっちにする?」
「どっちというのは………?」
「うん。僕たちがここに集められたのは、栄誉なコトのか、はたまた左遷されたのかって話。どう?」
「……ははあ…そういう」
セイヤがようやく状況を飲み込むと、さっそく各人によるプレゼンが始まった。
「カオルはどう見ても飛ばされた口よねぇ。統括官ほぼ決まってたのに、急にこっちと差し替えられたわけだから」
マドカが、結構デリケートと思われることを遠慮なく言う。
「いや~、俺はほら、運よく定期健診の結果が思わしくなかったからさ、統括官みたいな激務は、今回はパスした方がいいだろうって話で」
「……運よくね」
「僕も、しばらくゆっくりしてこいって言われたよ。うちの師長に」
「つまり、ここは閑職ってことになる訳よね」
「お前は、先般の予報ズレの責任を取ってで。ナナミちゃんはその巻き添えで、って、俺達もう左遷で決まりなんじゃないのか」
カオルが苦笑しながら言う。
「私は、責任取らされた訳じゃなくて、師長が、『君が一番、この件の真相を知りたいんじゃないかと思って』って言われたから、『その通りです』って話なのよ……」
「そっち方面から話を見て行くと、ここに地図師長の隠し玉が来ているのも納得いくんだよな~」
キセキがセイヤを品定めするように眺める。
「隠し玉って、何のですか?」
「ああ、キミは、もの凄く期待されてたってこと」
「期待、ですか?」
「だって、新人の研修に師長補付けてたって、あれ、前代未聞だよね?」
キセキがカオルに確認するように言う。
「ん、まあな」
「ええ~そうだったんですか?」
「だからキミは、優秀な、地図師の、卵、」
キセキが宣言するように、セイヤを指さす。何だかくすぐったいような、照れ臭いような気分になる。だが、それに続く言葉に、そんな気分はあっけなく吹き飛ばされた。
「でも、二つの卵のうち、ここに来たのは一つだけなんだよねえ。なら、1/2の確率でキミの方が来たのは、不動館長が拘束されたことと関係があるのかなと」
「館長、拘束……されてるんですかっ?」
「みたいだよ。だから、その関係者であるキミの方がここに来たのかなと。つまり、左遷の方になるのかなと。集められた理由も理由だしさ」
「……理由って、俺達、何でここにいるんですか?」
「あれ、新人くん、そこまでは聞かされてない?それはね……」
――軌道予報にズレを生じる原因を究明し、予報精度の回復を図ること。
「壮大かつ、崇高な任務。それが僕たちに与えられたお仕事」
「……マジすか」
それはほとんど、この世界の理の究明と同じ意味を持つ。それをたったこれだけの人数で。
――って、夢物語だろうが。
と、思わずツッコミたくなる様な案件。
それなりに、優秀と思われる駒は揃えているようだが、それにしても、その夢物語を本気でやるなら、もっと大掛かりなプロジェクトになってしかるべきだろうと思う。
――左遷の方みたいな気がしてきた。
それでも、ここには憧れのキセキがいて、おまけにナナミもいて。
居心地は良さそうな辺りが何とも……である。
もしかしたら……
この面子なら、何となく……
ふと思いついた言葉は、ほとんど無意識に呟かれていた。
「でも、結果を出せば、俺達、伝説になるかも。ですよね?」
瞬間、そこにいた皆の視線が、一斉にセイヤに注がれた。それに気付いて初めて、自分が何を言ったのか、後から自覚する。
「あ、いえ、キセキさんがいれば、何となくまた、奇跡が起こるのかな、みたいな……スミマセンっ、適当なこと言いましたっ」
「だめだめ、大きく出るなら、そこで突き抜けないと。伝説になるつもりなら、尚更だよ~」
キセキが笑いながら指南する。そこをマドカがフォローする。
「ああ、キセキの言葉を真に受けると、痛い目に会うからね、気を付けなさいね、新人くん」
「あ、ちなみに、僕のキセキは奇跡じゃなくて、貴石の方だからね。ミラクル仙人みたいに言われるのは光栄だけど。そうそう奇跡は量産できない。それに、そんなにしょっちゅう起こることは、そもそも奇跡とは言わないしね」
「ははは……そうですね」
すっかり考えなしの新人くん、そのまんまになっている自分の姿にへこむ。
――そっか。キセキって奇跡っていう意味じゃなかったのか。貴石……なんだ。
そんなことを思いながら、貴石という言葉がゆらゆらと、セイヤの記憶回路に落ちて行く。と、その中から、不意に幾つかの単語が浮かび上がって、落ちて来たその言葉と結びついた。
――貴石……四宮、
……ワイズマンコート……末裔、
……マニチャトゥーラ……マニチャトラス、
……ああ、そういうことか。
そこに繋がり合った言葉の集合から、セイヤはキセキがどういう人物であるのかを理解した。
昨日、ハジメに言われてから、セイヤはワイズマンコートについて一通りの資料を漁った。四宮という名は、ワイズマンコート創設の八賢人といわれる八人の科学者の中にあった。そして、その四宮の末裔は、代々、第四の都市マニチャトゥーラの市長を務めている。
マニチャトゥーラは、オクトグランのエネルギー源となるマニチャトラス鉱石採掘の為に運ばれた資源衛星で、巨大な鉱石の塊に採掘プラントが整備された鉱物都市だ。エネルギーのリサイクルが進んでいるとはいっても、オクトグラン維持の為には、毎年一定量の採掘は必要であり、そのプラントの開発を手掛け、事実上、その採掘を独占している四宮は、この世界では大きな影響力を持つ。そして、マニチャトラス鉱石はオクトグランの貴石と呼ばれている。
どちらにしろ、キセキとは、凄い名前をつけたものだと思う。そしていずれは、このキセキがマニチャトゥーラの市長……ということになるのだろう。
――めちゃめちゃ有名人だったんじゃん。
そう思うと、満更、ここは窓際という訳でもないんじゃないかとも思った。
その後、彼らは、行政府最高顧問であるカレンと面会し、改めて、壮大な仕事の内容についての説明を受けた。少なくとも、上層部の意向としては真面目にこの夢物語をやる積りでいるらしかった。必要があれば、人員の増員も考えるというお達しだった。そうして、マドカをリーダーに、そのプロジェクトは始動することになった。




