第14話 末裔の使命
そこで、どれだけそうしていたのだろう。
「……セイヤ」
ミツバの声が聞こえて、セイヤはようやく顔を上げた。
「何があったの?ひどい顔色になってるよ?」
「大丈夫だ。きっと大丈夫だから……」
多分それは、ミツバを安心させるためというよりも、自分に言い聞かせるために呟いた言葉だった。でもそんな言葉にもミツバは、
「……うん」
と、素直に頷いた。
たったそれだけのことで、安心感に包まれる。
「ミツバ……ごめん……」
そんなことをすべきじゃないと思いながらも、縋るようにその温もりだけを求めて、その華奢な体を抱き寄せ、ほのかに花の香りのする髪に顔を埋める。溢れ出しそうになっていた涙を、ぎゅっと目を閉じてやり過ごす。そこで無意識に軽く鼻をすすると、すかさず腕の中から、ミツバの声が聞こえて来た。
「セイヤ……あのさ……この体勢で、鼻水垂らさないでよね」
理不尽な言われように、思わず身を離して抗議する。
「んなこと、するか」
目を合わせたミツバは、しかし殊の他、固い表情をしていて、セイヤはそれに狼狽して言葉を失う。
「もう大丈夫?」
「……うん」
「なら良かった。ご飯にしようよ」
どこかぎこちない表情のまま、それでも僅かに笑みを浮かべてみせて、ミツバは部屋を出て行く。
――何やってんだよ、俺は……
あいつの想いには気付かない振りをしているくせに、こんな時ばかり、都合良くミツバに寄り掛かる。
――俺、最低だ。
セイヤが自己嫌悪に包まれながらキッチンに戻ると、そこには思いがけずハジメがいて、鍋の中身を覗き込んでいた。
「いたのか、ハジメ……」
「ああ、悪い、デートの邪魔するつもりはなかったんだが、匂いに誘われた。地下の書庫で探し物してたら、昼、食いっぱぐれてさ……」
「多めに作りましたから、良かったら一緒にどうぞ」
セイヤが答える前にミツバがそう言うと、悪いねといいつつ、ハジメはさっさと席に着く。セイヤはその向かいの席に座る。ミツバは一通りの配膳を済ますと、自分はそのまま帰り仕度を始めた。
「ミツバは食べてかないのか?」
「うん、あたしはおかゆって気分じゃないから、今日は帰る。お大事にね」
「何か、邪魔してごめんね、ミツバちゃん」
「いえ……別に、『デート』って訳じゃないですから」
作ったような笑顔でそう言って出て行ったミツバを見送って、ハジメが何気なく聞く。
「お前、彼女に、何かしただろ?」
「何かって、する訳ないだろっ」
「……ああ、そっか」
ハジメが納得したように笑う。
「何だよっ」
「何もしてない方の、不機嫌か。女の子の扱い、も少し考えた方がいいぞ、お前」
「不機嫌……?」
「何か、怒ってたじゃない、彼女」
「え……」
「お前、鈍すぎ。普通、好きでもない奴の為に、こんなもの作らないだろう。これ、お米から鍋で焚いたって奴じゃないの。手間暇かけてさ」
「……」
「その気がないんなら、甘えるべきじゃないと思うぞ」
何となく後ろめたく思っていたことをまんま指摘されて、思い切り耳が痛い。
「……それは、分かってる」
「なら、いいけど」
そこで、会話は途切れてしばらく男二人で無言の食事が続く。
セイヤは頭の中を整理するように、ミツバとのやり取りを思い返す。そしてハジメの言うように、やはり甘えていたかも知れないという結論に至る。そうして一通り、そちらの気持ちの整理がついたところで、セイヤはもうひとつの大事な用件を思い出した。
「なあ、ハジメ、おじさんのことだけど……」
皆までいう前に、ハジメが頷いた。先刻の騒ぎを、こいつも気付いていたらしい。
「ああ、分かってる。心配はいらない。親父は何も知らないから、すぐに帰って来るよ」
「……どうして、おじさんが?」
「この世界の知識を管理しているから、何かあると呼び出される。それは、今に始まったことじゃないから」
「でも、司法府の人間を差し向けるって、普通じゃないだろう」
「親父は前に、行政府と諍ってね。以来、呼び出しとかことごとく無視していたから。呼んでも素直には来ないと思われたのかもな」
「……お前、心配じゃないのかよ」
「別に心配するようなコトじゃないだろう」
「……そう、なのかもしれないけど」
きっと、シュウヤはいつでも、きちんと帰って来たのだろう。決定的な別離を経験したことのない者には、こういう不安は分からないのかも知れない。
「……おじさんは、何を知っていると思われてるんだ?」
「何って……まあ、このタイミングで呼び出されたのなら、恐らく、ワイズマンコートが何をしようとしているのか……とか」
「ワイズマンコートって……オクトグラン初期に存在した組織だろう。そんな大昔の組織のことが、何で今更取り沙汰されるんだよ」
「そんな時代錯誤な名前を使って、行政府に声明を送りつけた人間がいるんだよ。軌道予報にズレが生じるのは、自分たちがそこに作為を加えたからだとか何とか」
「え……?」
ハジメは今、あの騒動が人為的に引き起こされたものだと言ったのか。
「って……お前が、どうしてそんな上層部の情報、知ってんだよ」
セイヤが訝しむような顔をすると、ハジメが声を下げて言う。
「そこはほら、うちには行政府のトップに繋がってる人間がいる訳だから、さ」
行政府のトップ……つまり、二妃カレン。その娘のクルミは、去年から、この図書館で司書として働いている。情報の元は、そこ、ということか。
「お前、クルミさんにそんなコトやらせてるのか……」
「俺がやらせている訳じゃない。口が軽いんだよ、彼女は。世間話をしてると、そんな話がちょくちょく出てくる」
――世間話。
一体、どういう世間話なのかと思う。
それが、世間話を装った誘導尋問であるのは、想像に難くなかった。
「お前さ、人のこと言えないじゃないかよ。クルミさんだって、お前のこと……」
「そんなんじゃないんだよ、あいつは。ま、お子様なお前には、分かんないだろうけど」
ハジメが曖昧な笑みを浮かべる。
「おこ……」
憤慨するセイヤをそのままに、ハジメは席を立つ。
「仕事に戻る」
「……待てよ、まだ話の途中だろうが。おじさんは、ワイズマンコートの何を知っているんだ」
「何って、お前なら、そのぐらい、もうとっくに調べ終わってるもんだと思ってた。ワイズマンコートを創設した八賢者のひとりで、そのリーダー的存在だったのが不動という科学者。うちはその直系の子孫ということになる。だから、この公文書館の管理を任されている。つまりワイズマンコート創設以来の知識を全て把握しているのが、我が不動家なんだ」
「全てを……知ってる」
一体それは、どれほどの知識の量なのか。見当も付かない。
「それで、都市軌道を勝手に動かすことなんて、本当に出来るのか……」
「さあ、どうだかな。行政府のお偉いさんも、恐らく、そこを確認したくて親父を呼んだんだろう……」
――もし、そんなことが可能だというのなら。それは、この世界を根本から変える。
キセキは、世界の理を解き明かすのは、ワイズマンコートの末裔の使命だと言った。
世界の理を解き明かすというのは、そういうことなのか。
この世界を変える……その為に。自分はその為に、ここにいるのか。そして、世界を変えなければ、ユノは取り戻せないということなのか。自分のやっていることは、まさかそういうことなのか……
――そんな途方もないことを自分は……
気が付けばもう、ハジメの姿はなかった。ハジメもまた不動の名を継ぐ者だ。ならば彼も、『その方法』を、探し続けているのか。……考えたこともなかった。




