第12話 最高幹部会議
「先の予報誤差について、そこに人為的な介入があった可能性のあることが判明した」
カレンの告げた言葉に、そこにいた人々は互いに顔を見合わせ、困惑と不信の混じり合ったような表情を浮かべた。
「この世界を動かし、これを適切に管理維持するという、我々の崇高な使命に対し、これを妨害し、我々に敵対するという明確な意志を示した者たちがいる」
「馬鹿なっ」
司法府最高責任者である九龍レンヤ(くりゅうれんや)が、怒りをあらわにして腰を浮かす。
「座れ、司法府長」
レンヤを諌めたのは、カレンを除けば、唯一彼より年長になる、門管理師長の矢上カズトモ(やがみかずとも)だ。レンヤが不機嫌そうな顔をして、渋々座り直したのを確認して、カレンは再び口を開いた。
「奴らは、自らをワイズマンコートと称し、我々が長年探し続けているコードプレート(暗号碑文)をすでにその手中に収め、都市の軌道を自由に操る術を手にしていると言っている」
――まさか、本当にそんなことが……
ユウキは、カレンの言葉を吟味するように考え込む。その横で、
「あり得ません」
行政府顧問室長である三枝ユリア(さえぐさゆりあ)が、声を上げた。
「コードプレートの存在は、未だ伝承の域を出ず、現存するのかも怪しい代物です。よしんば、それを発見したのが事実だとしても、それで都市軌道を自在に操るなど……このポーラエーカと同等のシステムが、この世界にもう一つ存在するというのでなけば、話になりません」
「私も同感だ」
カレンが頷く。
「今回の誤報を逆手に取り、それを自分たちの所業であると思わせて、さもその様な力があるかのように見せかけている。真相は恐らくそんな所だろう」
「しかし、仮にそうだとすると、そこには大きな問題が残ることになりますな」
レンヤが指摘する。
「昨日の今日で、軌道予報に大きなズレが生じたことが、外に漏れ出ていること。そして、極秘である筈の情報……つまり、コードプレートの存在と、我々がそれを探しているという事実を、奴らが知っているということ」
「情報の漏えいか……それは、ここにいる誰かが、この一件に関わっているということになるのか」
カズトモが、一同を見回しながら言葉を挟む。
「考えたくはありませんが、そういう事になるのではないですかな」
レンヤが吐き出すようにいって口をつぐむと、そこに重苦しい空気が下りる。互いに互いの様子を伺う様な視線のやり取りが、そこでしばらく続く。
「で、彼らの目的は一体、何なのです?金?それとも都市機能のマヒですか?この閉鎖された世界で、混乱の種をまくなど、自らの首を絞めるにも等しい所業だろうに」
崎杜カズマが言うと、広野マリノがその言葉尻を受けて言う。
「そんなことすら、分からないような愚か者だということでしょう」
「彼らの要求は、資源配分の不均衡の是正、だ」
カレンが淡々とした口調でそう答えると、カズマは思わず失笑する。
「それはまた……至極まともで、えらく崇高な目的ですな」
都市に配分されるコンテナの数量は、必要数の配分が建前であるが、その数量決定には、各都市を仕切る市長とそこに複雑に絡み合う利権者の力関係が大きく影響する。
要するに、それによって、富める者と、そうでないものが出ているという現実がある。何事もなければ、あまり表面化しない問題であるが、予報エラーによって、たび重なるコンテナの減数が行われたことで、下層の者に相当なしわ寄せが行っているのだということは想像に難くない。
全体数の減少による不足分は、都市の人間に均等に振り分けられる訳ではないのだ。上層の人間は、当たり前のように自分の取り分は、しっかりと確保する。上から順番にそうやっていけば、下へ行くほどその不足の影響を大きく受ける。それが、この世界の現実だった。そこに不満が生まれ、そこから生じる怨嗟の類が、実質この世界を支配しているこの行政府に向けられることも、あり得ない話ではない。
だが、今回の件に関して言えば、その理由は、どこか取って付けたような感が否めない。行政府のトップに犯行声明を送りつけるという、手際の良さひとつをみても、滅多には知り得ない情報を有しているという点からも、彼らは間違いなく『上』に属する人間だ。
――奴らの本当の目的は、一体何だ。
そこにいた誰もが、その思う所はカズマと同じであったようで、それぞれに思案顔をしている。
「ともかく……」
カレンの毅然とした声が響く。
「どのような力を持つのかは定かではないが、我々に敵対する意志を示す者達の存在は認めねばなるまい。その上で、奴らを捕捉する為の方策を早急に講じよ。いいか。この世界を支えるという使命を負う我らは、これしきのことで揺らいではならない」
一同は神妙な顔で頭を下げた。それを確認してから、カレンは司法府長である九龍レンヤに、事実関係の捜査を命じた。
「それから、ユリア。軌道予報にズレを生じる原因を究明するために、プロジェクトチームを立ち上げて、予報精度の回復を図りなさい。人選は任せる」
「承知いたしました」
ユリアが神妙な顔で頭を下げる。
「各師長においては、このプロジェクトに関し、最大限の協力を要請する」
――予報精度の回復とは、また……随分、難しい懸案を、簡単に言ってくれる。
ユウキはそっと肩を竦める。
そんなものは、一朝一夕に分かるようなものではない。そこに、最大限の協力をしろという。貴重な人員を持って行かれることに憮然としながら、しかし、たいした発言権もなく、ただ会議の末席にいるばかりの身では、そこはただ黙って頭を下げるしかなかった。
この世界で、最高の権限を持つ人間が座ることを義務付けられた椅子に身を沈めて、二妃カレンは、そこで深い吐息を漏らした。
――なぜ、ワイズマンコートなのか。
あの声明の発信者が、その名称を使ったことにカレンは眉根を寄せる。それは、深い意味などない只の名称に過ぎないのか、それとも、こちらに対する明確な意思表示なのか。どちらにしても、『彼』にはその真意を問い質しておかねばならない。
「ソウマ」
丁度、会議の議事録を持ってやってきた秘書の山科ソウマ(やましなそうま)に声を掛けて、カレンはその意志を伝える。
「行政府公文書館館長、不動シュウヤを召喚する。その様に計らってくれ」
「……承知いたしました。ひとつ確認させて頂いて宜しいでしょうか」
「何だ?」
「氏はこれまでも、たび重なる召喚を無視なさっています。今回もまた、召喚に同意されなかった場合は……」
「今回は非常事態だ。力づくで構わない」
「畏まりました」
ソウマは了解の会釈をして部屋を出て行った。
――これで、私たちの間の亀裂は決定的なものになるのか。
かつて、この行政府で肩を並べ、共に世界を統べる事に尽力していた友は、いつしか相容れない主張を持ちここを去った。
ワイズマンコートの末裔であるシュウヤは、この世界には限界があるのだと言い、行政府に変革を求めた。しかし、既得権益を保有する人々の集合体であるこの行政府で、シュウヤの主張が受け入れられることはなかった。
『閉じられた世界は、緻密に定められたエネルギー循環の法則に従い、永遠に環境変化の訪れない世界。千数百年という時を、日々、同じ繰り返しを行う事で保って来た。それは、この世界の必然。それを否定する事は、世界の滅亡に繋がる』
――それが、行政府の見解である。
閉じられた世界に変化が訪れることなどないのだ。それを否定することこそ、世界の均衡を崩す行為に外ならない。我々が、世界を正しく動かしてさえいれば、彼の言う『いつか』など、永遠に来る筈はないのだ……
そして五年前、あの事故を契機に、シュウヤはすでに身の置き所のなくなっていた行政府から身を引いた。兼任していた公文書館の館長として、あの図書館に引き篭もる形で行政府との関係を絶った。それからは、行政府からの呼び出しは元より、カレンが個人的に送った私信の類にも、一切、返信はなかった。
ワイズマンコートの末裔として、この世界を開くために、コードプレートを探し出す――彼は、その最後の言葉通りに、今も探し続けているのか。自らの主張が正しかったのだと、人々に認めさせるために。
――本当に、お前なのか。この世界に混乱をもたらすというなら、私はお前を断罪しなければならないのだぞ。それが私の使命なのだから。
カレンは誰もいない部屋で、その悪い予測が外れてくれることを願いながら、ひとり憂鬱そうにため息を漏らした。




