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第10話 真夜中の侵入者

 セイヤが目を覚ましたのは、真夜中を過ぎた頃だった。いつの間にか、本を読みながら眠ってしまった様だ。今日はまだ、予定の半分も読み終わっていない。昼間色々なことがありすぎたせいで、疲れているのかと思う。


 気分転換にコーヒーでも飲もうと、セイヤはマグカップを片手に書庫を出て、図書館の事務室に向かった。すると、消灯時間をとうに過ぎている筈の事務室から、明かりが漏れていた。


――ハジメの奴、こんな時間まで仕事をしているのか。


 そう思いながら事務室を覗くと、そこに人影は無かった。パソコンが起動したままで、飲みかけのコーヒーもまだ残っていたから、残ってはいるのだろう。


――トイレか?


 さして不思議にも思わずに、セイヤは事務室に入り込む。そして、幸運にもまだ電源が入ったままになっていたコーヒーサーバーを発見して小躍りすると、手にしていたカップに早速コーヒーを注いだ。立ち上がる白い湯気を吸いこんで、その香りにほうっと息を付く。と、そこで、ピッと微かな電子音が耳に付いた。


「何だ……?」

 事務室内をぐるりと見回して、音の出所を探す。すると、壁面に設置されている警報装置の表示のひとつに、緑色の光の点滅を見つけた。そのモニター画面には、エントランスの扉が数秒前に開閉された記録が表示されていた。不法侵入であれば、赤ランプが付いて、警報が鳴り響く筈だから、これは許可されたIDを使って、ここに入って来たということになる。しかも、こんな時間でも、入館が許可されるIDとなれば、それは、ポーラエーカでも限られた人間にしか与えられない、特別なIDということになる。


「……ハジメじゃ、ないよな」

 表示されたID番号を確認したが、それはハジメのものとは違っていた。


――誰だ?


 エントランスから入って来たのであれば、すぐにこの事務室の前を通る。そう思いながら、セイヤはコーヒーを手に、窓から廊下の様子を伺う。その人物を待ちながら、コーヒーを一口、二口とすする。しかし、人が来る気配は一向になく、館内は静まり返ったままだった。ハジメもどこに行ってしまったのか、ちっとも戻って来ない。


 結局、最後までコーヒーを飲み終わってしまったセイヤは、カップをデスクに置くと、懐中電灯を片手に、薄闇の支配する廊下をエントランスに向かって歩き出した。




 歩いていくとすぐに、セイヤと同じ懐中電灯の光が、床に長く伸びているのを見つけた。その光の向こうで、誰かが座り込んでいる。

「ええと……何、してるんですか?」

 セイヤが声を掛けると、そこにいた人物がこちらを向いた。それは、見覚えのある人物で……

「あっれ~、どうしてキミこんな所にいるの?」

 と、逆に聞き返される。


――こっちが聞いてるんですが……って、何か今日、こんなんばっかりだな。


「あ、そっか、図書館に住んでるっていうの、キミのことだったんだね。何だ何だ」

 答える前に、勝手に納得しているその人物は、四宮キセキだった。

「あの~ 四宮……先輩?」

「あ、はい。どうも、僕、お邪魔してます、家主さま」

「いや、俺、家主じゃないし……」


――つか、酔ってますね、先輩。


「何でこんなトコで、酒盛りしてるんですか」

「うん、マドカちゃんに美味しいワイン貰ったから。『彼女』と一緒に乾杯しようと思って~」

「……彼女?」

 セイヤが怪訝そうな顔をすると、キセキが床に転がっていた懐中電灯を拾い上げて、その光を壁面に当てた。そこに照らし出されたのは、ユノの絵で。それを見てキセキが笑顔で、もう一度言う。

「僕の、彼女」

「彼女って……絵ですよそれ」

「うん、知ってるよぉ~ でもね~ 一目ぼれしちゃったからさ。時々、話をしたくなると、ここに来るんだ」

「話……ですか」

「そう。彼女はいつでも、ヤな顔しないで、僕の話聞いてくれるから。ほんと優しい子なんだよね~」


 絵と会話するというのが変だとは言えなかった。セイヤだって、毎朝ユノと、会話を交わす。きっとセイヤがそうであるように、キセキにとっても、このユノが心の拠り所なのだということなのだろう。あれ程完璧に仕事をこなせて、何も悩みなどないようなキセキにも、何か吐き出したいことがあるという事なのかと思う。


「ああ、そんなとこに突っ立ってないで、ここ、座んなよ。グラスあるから、少し飲ませて上げる。これ、すごく美味しいから」

「えっと~、俺、酒とかって、まだあんまり……」

 セイヤはそこに腰を下ろしながら、消極的な断りを入れる。が、

「い~から、い~から。味見だけ」

 座った途端に、すでにワインの注がれたグラスが、目の前に差し出されている。

「はあ……じゃ、少しだけ頂きます……」

 それを頑なに拒むのも、何だか無粋な気がして、結局セイヤはそのグラスに手を伸ばした。




 口を近づけると、ほんのり甘い良い香りがして、それに誘われてその液体を口に含む。味は、正直ウマイのかマズイのか良く分からなかった。だが、それを体内に流し込んだ途端に、体がほかほかとしてきて、何とも言えない、いい気分になった。それが的確な例えかどうかは分からないが、強いて言えば、ぬるめのお風呂に、ゆったりと浸かっているような、そんな感じ。

「どう? おいしいでしょ?」

「はあ、まあ……」

「僕ね、何しても眠れない時にこれ飲むと、ほんといい夢が見られるんだよね」

「へえ……先輩でも、眠れないなんてコトがあるんですか?」

「ああ、その先輩っていうの堅苦しくてイヤだから、キセキでいいよ。うん、今日みたいにフルにお仕事しちゃうとね、神経昂ぶっちゃって、実は三日ぐらい眠れなくなる。僕、薬とか効きにくい体らしくてさぁ、睡眠薬とかもぜんぜんなんだよね」


――三日も、眠れなくなる。


 あの神業は、体にそれ程の負荷を要求する。

 それでも、この人は、望まれればそれをやってのけるのか。


――半端ねぇ。かっこいい。


 明日から、自分もそんな師官の一員なのだ。そう思うと、言い知れない感動と共に、身が引き締まる思いがする。

「俺、明日から、正式に師官になるんです。キセキさんみたいに、バリバリ頑張ります」

 そう言うと、キセキが、あははと笑う。

「ダメダメ、僕なんか、お手本にしちゃ。無茶ばっかしてるから、体がいくつあっても足りなくなるよ?」

「はは、無茶ですか。そう言われれば、こんな時間に、こんな所にいるのも、だいぶ無茶ですよね。一体、どうやって入ったんです。おまけに、今日、初めてって訳でもなさそうだし……」

「不法侵入じゃないよ~」

「それは、分かってますよ。警報鳴りませんでしたから。何で、随時入館が許可されるIDなんてものをお持ちなのかなと」

「ああ、だって、僕、ワイズマンコートの末裔だから」

「ワイズマンコート?」

 どこかで読んだ資料で、その名称には覚えがあった。


――っと、何だったっけ。


 セイヤは書庫の資料をさんざん詰め込んだ頭の中に、その言葉を探す。


――ああ、確か。


 このコロニー建設の時に、実質的な指揮を取った科学者集団の名称がそんなんだった。

「その末裔だと、何で入館が許可されるんですか?」

「彼らの残した知識に触れて、この世界の理を解き明かす使命があるんだそうだよ。彼らの血を受け継ぐという理由だけで、僕たちには」

「……僕たち?」

「君も、そうなんだろ? だから、ここに住むことを許されてるんじゃないの? この世界の理を解き明かすために」



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