花火大会の夜に。ゴブリンの恋愛事情です!
忠は父と母に事情を告げた後こってり絞られた。
まぁ当然である。
おかげで花華に話の矛先が向くことは無く、
お兄ちゃんに悪いコトしたかなぁと思いつつ、
花華はステファニーさんに今日の成果を報告したりするのに、
今夜は一緒に寝ようと誘ったのだった。
夜、芹沢家。
「はぁ……」
忠が部屋で一息ついたのは11時頃になってからだった。
とりあえず警察に行って説明しなきゃ行けないのは確かだし。
それで京都の祖父母の家に忠だけ行けないかも知れないと考えると落ち込んでしまう。
でももし留守番になったとしても、川瀬さんも、村田さんも協力してくれるって、
言ってたし、彼女たちが居れば大丈夫かなぁ僕。と思いながら、
きなり色の浴衣を脱いで寝間着に着替えた。
コンコン、と部屋がノックされる。
「はぁい」
「忠さん、私です」
ドアを開けると、半袖薄ピンクのパジャマ姿のステファニーさんだった。
枕を抱えている。
「ステファニーさんどうかしました? あ、枕。そっか、花華と一緒に寝るんですね」
「はい、今日は花華さんはどうだったのかなー? って訊こうと思いまして」
頭にはお風呂上がりだったと見えてタオルを巻いている。
彼女はいつも通り元気そうだ。
そうだなぁ、彼女を守れたのは我ながら頑張って良かったかなと思う。
「忠さん、大丈夫ですか?」
「え、ええ、まあ」
そう答える忠だが、彼女は首を横に振った。
「もう、見てすぐに解るやせ我慢なんかしないで下さい。
お父様とお母様、心配させちゃったなぁって顔に出てますよ?」
「あ、わかりますか……」
「わかります。
あのね、忠さん今日はありがとうございましたって私、もう一度お礼が言いたくて、
それで来たんです」
「お礼だなんてそんな」
「だってあの時もし、私が魔法まで使って彼らを止めてたら、
もっと大変な事になっていたでしょう?
でも忠さんのおかげでそうしないで済んだわけですし」
「うん」
「うーん、忠さんだいぶ元気ないですねぇ――」
忠の様子に困惑顔のステファニーさんは顎に指を当てて考えてから、
「――そうだ。今日は私、花華さんと寝ますけど、明日は忠さんと寝ます!」
と宣言した。
「えっ!?」
「良いですよね?」
ニコニコとした顔で首を傾げて尋ねられると。
「はい、まぁ」
と根負けするしかない。
「やったぁ、私忠さんのことが心配なんです!
今日頑張ってくれたお礼も兼ねてっていうのも変ですけどね。
まだ忠さんとは一緒に寝たこともなかったですからねー?」
「ステファニーさん、心配してくれてありがとうございます。
自分でも今日は割と、大それた事しちゃったなって思ってるんですけど、
すぐに復活すると思うんで、そんな一肌脱ぐ様なことまでしてくれなくても、
大丈夫だとは思うんですけど……」
とステファニーの提案に忠が頬を赤らめて答えると。
「一肌脱ぐかぁ、うん、そういう意味でのご一緒に寝るのでも悪くないような……」
と何やら思案されてしまった。
「え、あ、今のはコトバのあやで、そんな!」
慌てて忠が否定するが、
「もー、そこまで否定しなくても大丈夫ですよー。ホントに一肌脱いじゃいますよ?」
ふふふ。っと柔らかい笑顔で笑われてしまって、
忠はもう勘弁とばかりになる。
「忠さん、今日はほんとうにありがとうございました。おやすみなさい。明日が楽しみです」
綻んだ顔のまま彼女はそう言い置いた。
「ぼ、僕も楽しみです。あと、その、こっちこそありがとうございました」
忠は精一杯でそう答えて、
「おやすみなさい。あ、今のこと、花華には言わないで下さいよ?」
「あ、はいはい。わかってますよー」
と言って手をひらひらとしながら彼女は隣の花華の部屋に向かった。
はぁ、明日はちゃんと寝られる自信ないなぁと忠は思った。
隣の部屋で壁に耳をくっつけて遣り取りをバッチリ聴いていた花華は……。
コンコン、とステファニーさんがノックするなりすぐに招き入れて、
そっと扉を閉じてから、ひそひそ声でステファニーさんに尋ねた。
「ステファニーさんお兄ちゃんと明日寝るんですか!?」
「ええ。あ、聞こえてましたか。恥ずかしいなぁー」
「その、私がいうのもなんですけど、大丈夫なんですか!?」
もちろん一肌脱ぐとかそう言う意味でだ。
「ははは、花華さんおませさん。大丈夫ですよ?
それに忠さんとなら、そうなっても良いかもしれませんしぃ」
と枕を優しく抱えたまま、意味ありげにとろんとした金色の瞳でそんなことを言われた花華は、
「ちょっと、ステファニーさん! ななな、なに言ってるんですか!」
と声を大にして言うもんだから、隣の忠がビックリした。
(はぁ、なにやってんだか……うらやましい……)
「えへへ、冗談です。花華さん心配しすぎですよー」
ぺろりと小さな赤い舌を出して言うステファニーさんもまたすごーく可愛くて、
心配せざるを得ない。
「じょ、冗談ですか……はぁ、ステファニーさんってそういうの積極的なのかぁ。
意外というかなんというか――」
ごにょごにょ。
「――あ、入って下さい! もうベッドも用意しましたから」
花華もステファニーさんの大胆な発言に頬を赤らめつつ、
これから彼女と寝るのかぁとすこしドキドキしてしまう。
「はい、お邪魔します。私の部屋で寝るときは、別のお布団でしたから。
今日はもっとくっついて寝られますね。私嬉しいです」
花華のベッドに腰を掛けながらステファニーさんが微笑む。
彼女は大人なので、それで? それで?
とは言わないで花華が切り出すのを待ってくれているよう。
「……それでですね。電話のカレ。安達クンとの今日の事なんですが」
花華もステファニーさんの隣に腰掛け思い出し笑いしつつ話しだした。
「お家の前の様子だとだいぶ上手くいったみたいでしたね?」
ステファニーさんはにこにこと言ってくれる。
彼女も帰り際の安達に挨拶されてしまっている。
ちょっと頑張り具合が蛇足気味だったけど、カレは割とちゃんとしていて、
思い出して照れてしまう。
「そ、そうなんですよねぇー、話した内容は緊張しててあんまり覚えてないんですけど――」
家に入るまで彼と繋いでいた手を見つめて。
「――手を繋いだりして、一緒に花火を見て。送って貰えて。
私、まだ友達って感じもしてない男子としてしか見てなかったと思うんですけど……」
繋いでいた手の平に残っていた熱がぼうっと上がってくる感じがして、
優しく握りしめる。
「けど、素敵な方に見えた。のかな?」
ステファニーさんに言葉を接がれてしまうと、花華もそう、
「そう、素敵なんていうのはちょっと、かなり、
私みたいな女には早い、表現なんですけど、ね」
とはにかんだ。
「あらそんなことないわ。花華さんも今日は素敵な女性でしたものね。
浴衣の姿はとっても大人に見えましたし、
彼からも大人の素敵な女性に見えたんじゃないかな?」
花華は今はお風呂に入って、何時ものパジャマ姿、
Tシャツに短パンで、黒髪はゴムで結わいていて、
先程の色香とはちょっとかけ離れていると自分でも解っている。
「そんなことないですよー。私なんて」
と自嘲するが、
「いいえ、あんな姿の子が目の前に居たら男の子は誰でもドキっとしちゃうもんです。
はぁ、素敵だったなぁ今日の花華さん」
思い出して桃色の吐息を吐くステファニーさんの表情は、枕をだっこしながらでも色っぽい。
「ステファニーさん。ありがとうございます。
ああーステファニーさんの浴衣姿も、早く見たいな~」
「うん、明後日かなぁ、お祭り行くときには着ますから、ちょっと待っててね」
「はいっ!」
花華は大いに期待に満ちた笑顔で返事した。
「そうそう、今日は忠さんも格好良かったんですよ! とっても!」
お兄ちゃんの話をするときのステファニーさんはとても優しそう。
「ああ、さっきの話ですねー、お兄ちゃん無理するなぁ」
「女の子の手前っていうのもあったのかも知れませんけど。
ああいう所見せられちゃうと私もそのなんというか、好きになっちゃいそうです……」
「お兄ちゃんめ。ステファニーさんを籠絡しようとは……うらやましい……
それにさっきチラってそういうことになっても良いかもだなんて。
ステファニーさんて意外とエッチですよね」
花華は自分のいっていることに照れつつ、ステファニーさんの顔色を窺いつつ問うた。
「あら、そんなことないわ。私だって女ですもの。
花華さんだって、そのうちにはカレと、ね?」
「ななな、ないですないです。そんな。まーだまーだないです!」
花華は撒いた地雷を自分で踏んづけたように真っ赤になって首をぶんぶん横に振った。
「そんなぁ、カレが可哀想ですよう。
そうね、良い機会だし、ちょっと私達の事情もお話ししようかしらね」
柔らかい口調でそう微笑むステファニーさんに、
花華は落ち着きを取り戻してからこくりと頷いた。
「私達、ゴブリンはすごーく今、女が多いのよ、
星がね、テラリアがあんな状態だったでしょう?
生物っていうのかなぁ。ゴブリンも徐々に星で最後の種族になりつつあって、
絶滅の危機に瀕したから、女が多くなっていたみたいなのよね、
それですごーく男の子が貴重っていったら変なんだけど。大切で。
出逢う機会もなかなか無くって。
それでね、そんなところで忠さんに、そんな命を懸けて守られてしまったら、
特別な感情くらい簡単に抱いちゃうかな? と言うわけ」
サラリと恋愛の感情の話まで落として花華に話してくれるステファニーさんだったが、
この話はとても深いことは花華には良く解った。
〝星が終わる〟危機なんて地球人の私には全くもって想像だに出来ない状況だ。
これには安直な回答は出来ないのではないか……と一瞬思考が沈黙してしまう。
「ふふふ、花華さんも何考えてるかすぐ解るお顔してくれるから助かります。
大丈夫ですよ、私。ううん、私達ゴブリン族が、かな?
おかげさまで助かった訳ですから」
「で、でも、そしたらステファニーさん達にとって恋愛ってすごい大切な意味があるんじゃ……」
子孫を残し、次代に繋ぐ。花華にはまだまだそんな目線は抱けない。
「そうかな。うーん、そうね。言われれば確かに。
でも、私達ゴブリン族は同時にロマンチストな種族でもあるのかな?
〝約束の星〟なんて言ってたこの地球の伝説をずーっと信じて、宇宙を彷徨って、
ここまでやってきたんですから」
気がつけば家族として一緒に暮らし始めて一ヶ月も経つ、
宇宙人の彼女のことを、花華はもっと理解しなきゃなぁと思うのだった。
そして、こうして平和な仲でずっと地球人とゴブリン族達が、
居られるといいなぁとぼんやりとした想いを抱いた。
「あらいけない、私ったら。しんみりしちゃう様な話なんかしちゃってもね。
ごめんなさいね、花華さん」
「ううん、ちょっとだけど、私もステファニーさん達の気持ちが解ったような気がします。
私なんかまだまだ幼いんですけど、その、恋愛とかもちょっとだけ頑張ってみようって、
思いました」
「あら、それは素敵ね! 私、花華さんと安達さんのこと応援しちゃいますね!」
微笑みあって、笑いあってから、花華はそろそろ寝ましょっか! と言って、
ステファニーさんとベッドをシェアして一緒に布団に入った。
向き合うと彼女の顔がすぐ近くにあって、
赤い髪、赤い眉、赤い睫、金色の瞳に、小さい綺麗な唇。
そして髪からちょっとだけ出ているとがった耳。
今一緒にベッドに入っているのは宇宙人なんだなぁ、
と思うととても不思議な気分だった。
観察していたのは向こうも同じだったようで、
「近くで、みてると、地球の女性ってとても、可愛くて、綺麗で、素敵ですね」
とステファニーさんが息のかかるほど近い位置で花華に言う。
「そんな、私なんか。ステファニーさんこそ、とっても素敵です」
花華が笑顔でいうと嬉しい! と言ってステファニーさんが柔らかく花華に抱きついた。
花華も嬉しくなって抱き返す。
そしてふと思い至って、
「ステファニーさん! お兄ちゃんには間違っても抱きついたりしちゃダメですよ!」
と言い添えると、
「うーん、それはー考えておきますっ」
と可愛く返されてしまった。
小さいのにステファニーさんはまだまだ花華より大人なお姉さんなようだった。