②「となりにいるだけで」
「香澄、香澄っ」
朝一番、待ち合わせ場所。
普段よりもハイトーンな声で呼ばれる自らの名前に振り返ると、仔犬のような顔で梨香が駆け寄ってくるところだった。手にはコンビニで売り出された新作のチョコレート。
「ごめん、お待たせ」
「ん、わたしも今来たところだから……って、どうしたのこれ」
「来る途中のコンビニで売ってん、香澄と食べようかと思って」
眩しい。単に梨香の茶髪が眩しいだけではないはずだ。大人びた梨香が、普段澄ました顔で笑っている梨香が、自分にだけ真っ直ぐ向けてくる無邪気な顔がなんとも愛おしかった。
楽しそうに自分の口にチョコレートを放り込む梨香につられて、香澄も一粒、自分の舌に乗せる。
「美味しい。……梨香は甘いものが好きだねぇ」
「ふふふ、香澄ならわかるでしょ、美味しいものは好きなひとと食べるのが一番なんだよ」
手、繋ごっか。
差し出された梨香の手に自分の手を重ねると、梨香は満足げに笑ってチョコレートを鞄にしまった。
◆ ◆ ◆
何故だかは知らないけれど、なんとなく知っている。一緒に居られるのはあと数時間。そんな予感がするのは、きっとどんな道を通っても終わりが避けられないからで。
「ねぇ、頭撫でて、梨香」
「香澄は頭撫でられるの好きね」
くしゃりと乱される髪に思わず涙が出そうになって唇を噛んだ。梨香の柔らかい匂いがする、甘くて素敵な匂い、甘いものが大好きだからだろうか。幾度となく抱きしめられて幾度となく包み込まれた匂いだ。
「香澄はなにかしたいことないの?」
「んーん、わたしはこれでいい……梨香の隣で座ってるだけで、幸せ」
幸せ、なんて。幸せになる未来が見えないって言って彼女を拒絶したのは自分なのに、そんな言葉が口から零れたことに胸が痛んだ。
隣で座ってるだけで幸せだったはずなのに、それすらも叶わなくしたのは誰。
「ねぇ、梨香」
「んー?」
「キス、しよ?」
太陽は少しずつ地平線に隠れようとしている、空が鮮やかなオレンジに染まっていた。
あぁもうきっとそろそろ。
「香澄」
梨香の目がそっと伏せられる。二人の、唇が重なーー。
◆ ◆ ◆
ぎりっと唸るようなお腹の痛みだった。
「っ、!」
飛び起きる。目がヒリヒリする、どうやら自分は眠りながら泣いていたらしかった。目覚めとしては最悪の部類。
「……道理で」
梨香が優しかったわけだ。あんなに傷つけたのに、笑っていたわけだ。幸せだったわけだ。
全部夢だったからか。
「着替えなきゃ……」
期せずして夢の中の梨香と同じ長さになった髪に、そっと櫛を入れた。
夢って、ひどく素敵でひどく哀しいなってたまに思います。