紅の海戦 6
陰軍によりルージュ島が占拠されたとの知らせを受けたキールはすぐさま軍服に着替えて基地へと駆け込んだ。
「おう、怪我はもう平気かよ」などと呑気にクラウディオが聞いてきたのでその辺りは曖昧に返事をしておいた。
「でもデイル少将がいて島を落とされるだなんてどういうことだろう。そんなに敵が強かったのか?」
「ああ、強かったんだろうな。作戦も見事だったらしいぜ」
クラウディオが話してくれた事の経過はこうだ。ここ数日陽の国の領土内で予測不可能な磁気嵐が多発している。そのために墜落の危険性がある空軍や海軍陸軍所属の戦闘機が使用できないでいた。ルージュ島でも軍艦に艦載機など乗せていなかった。どのように磁気が乱れるか予測がつかなかったのだ。
島が占拠された数時間前も電磁波が乱れてすべての電子機器が活動を停止させていた。しかし電磁波が正常に戻ってからすぐに陰軍が攻めてきたのだ。それも航空爆撃機を使用してだ。あまりにもタイミングが良すぎる。なんとか抵抗したものの制空されてしまった陽軍になすすべはなく、あっさりと敗北してしまった。これによりベルトーネ少佐は死亡、デイル少将は捕えられたという。
「敵は一連の磁気嵐を予測していたことになるな。だってドンピシャなタイミングでやってきやがったんだぜ」
クラウディオは頭を掻きながらため息交じりに話す。
「陰のテクノロジーがこっちより進んでるってことになるんかなこれって。でも今までの磁気嵐があらかじめ観測できたのにここ最近のだけ突然前触れもなく現れるってなんなんだ? わけわかんねえ」
「そうだね、不思議だ」
そんなことよりベルトーネが死んだのが嬉しい。不謹慎なので声には出さなかったが。
「お前さ、少佐が死んで嬉しいんだろ」
「……そんなことないよ」
見透かされていた。あの上官には常に苦い思いをさせられていた。どうにかして消えてほしいなとは常々思っていたのだ。
「お前が権力手に入れたら嫌いな奴全員殺しそうで怖いわ。頼むから俺は殺すなよ」
「そんなことしないから、俺は。それに俺はクラウディオのこと嫌いじゃないし」
「本当かあ? 頼むよ」
そうか、昇進して権力を手に入れたら気にくわない人間を粛清できるのか。正しい権力の使い方だとは思わないが世の中に気にくわない人間が多すぎる。給料が上がること以外に昇進に興味はなかったが少しだけ魅力的に思えた。
「デイル少将じゃなくてもこの状況だったら誰でもやられてたと思う。別に敵が強かったわけじゃないんじゃないかな」
「そうか? お前がそう思うんならそうなんだろうけど、たいして強くない敵にやられるってのは少将らしくないだろ。だいたい戦力差があっても勝つんだぞ少将は」
「でも剣で戦車には勝てないよね。少将がやった戦はそういうものだと思う。戦車の運転手が馬鹿でも勝てるよ相手が剣しかないなら」
「やけに反論するなお前」
そう口に出した瞬間にキールの意図を理解したようだ。
「作戦立てた奴がすげえってことか」
「そう、それ」
「お前さあ、そういうこと結論から言ってくれねえかな? お前といると国語力上がるわ。作者の意図を答えなさいって質問されてるみたいだ」
「ああ、ごめん。ありがとう」
「褒めてないからな」
実際キールは話すのが得意ではない。今のはデイルを慕うクラウディオを元気づけようとしたのだがどうやら失敗したようだ。別にデイルが弱いわけではなく、作戦基盤が向こうの方が強固だっただけだ。その作戦を打ち立てた者の名が気になるところである。
「捕えられたってことは、帰ってこないってことだよな」
寂しげにクラウディオが呟く。
「そうでもないよ」
「逃げられりゃそうなんだけどよ、デイル少将が逃亡とかいうカッコ悪いことすると思うか?」
キールにしてみれば逃亡が無様だとかそういうことは思わないが、クラウディオの基準で考えればカッコ悪いことなのだろう。
「そうじゃない。そうじゃなくて、こっちにも捕虜がいる。交換すればいいんじゃないかな」
キノは交換する捕虜として充分価値があるだろう。他にも何人かいるが。
その言葉を聞いたクラウディオの目が輝き飛び起きるように立ち上がった。
「天才かお前は! 早速交換しに行くぞ!」
「ええと、今すぐは無理だよ。そういう手続きとか色々しないと」
そこで気がついたのだが、この国で捕虜の扱いを受けているキノはそう言えばまだ陰に帰っていない。捕虜に対して返還金を払い受理されればそのまま帰れる。それも政治家を捕虜にして返還金を払わないとはどういうことだ。金を払うほど重要な人物ではないのか何か意図があって返還金を払っていないのかはわからない。
紅の海で起こった戦いからわからないことが多くなった。なぜルージュ島をあっさりと獲ることができたのか。なぜ島にキノがいたのか。なぜこの戦以降磁気嵐が多発したのか。なぜ磁気嵐を陰側が予測できるのか。
そのような憂慮はクラウディオにもあっただろうが、まずは捕虜交換の手続きが彼の中では優先だろう。早速上官のいる執務室へと駆け込んでいった。その様子をキールはぼんやりと眺めていた。磁気嵐を局地的に起こす装置を陰の国が作ったのだろうか、と思ったが考えるのが面倒になりそのままクラウディオの後を追った。