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陰陽年代記  作者: 嘉村
紅の海戦
3/9

紅の海戦 3

 ルージュ島を制圧してからまず真っ先にクラウディオが取った行動は、お前たちの本部にこの言葉を伝えろと捕えた陰の士官に命ずることだった。「キール・ズダーノフ少尉の作戦指揮によりルージュ島は占拠された」と。先手を打って敵味方に彼が活躍したことを伝えておかなければまた手柄を持っていかれる。だいたいあいつは自分のこととなると煮え切らない行動ばかり取る。損をする性格だ。


 港の兵と作業員は一か所に集め陽軍数人で見張ることにした。南と北の間にある東の拠点がいいだろうとキールもクラウディオも考えたので捕虜として東の拠点まで連れまわした。


 拠点に向かっている最中、南から回ってきたキールと合流した。見ると左腕を押さえていた。どうやら陰軍の銃弾が掠めたらしい。


 「あーあー、無茶したな。おい」


 「もっとたくさん人に来てもらえばよかったかな」


 「いいや、充分だ」


 何人来たところで負傷する人数は変わらないだろう。それにしても敵に手ごたえがなさすぎる。海兵のキールやクラウディオも念のため白兵戦の訓練は受けているもののずば抜けて強いわけではない。しかしいくら太陽嵐という異常気象と陽の奇襲の二重苦が降りかかったにしてもあまりに弱い。重要拠点の兵にしては統率も取れていなかったし個々の錬度も低かった。島がポンコツなら兵もポンコツか?


 東の拠点には司令塔のようなものがあり、そこに残りの陰軍がいた。中には明らかに軍属でもなく労働者でもなさそうなスーツ姿の男がおり、違和感を覚えたがなぜかそのときは気に留めなかった。


 「こんな前線に人材を送る余裕がなかったのか?」


 「自然の守りは過信できないしね。海流に多少手古摺るかもしれないけど大がかりに攻め込まれたらキツい」


 「お前が自然を過信できないって言うの面白いよな。もっと言えよ」


 「な、なに……面白くないよ」


 負傷者(キールを含む)の手当をしながらこの島に抱く違和感を皆で口ぐちに出した。あまりにもあっさりと敵が降伏する。指揮系統が乱れている。陰側からしたらここは別に重要な島でもなんでもなかったのかもしれない……。


 忘れていたと呟きながらキールは制御室の無線でベルトーネに上陸可の連絡を送った。ベルトーネが永遠に艦の上で揺られてようがかまわないのだが他の船員が不憫だ。


 しばらくしてベルトーネが率いる艦隊が港に着いた。彼は上陸して間もなく司令塔内部をくるくると回り歩き適当にいばり散らしていた。


 どこからともなくキールたちに近づいてきたスーツ姿の男が「面白い人だね。なんというか、プライドと精神年齢が合ってない。陽にもいるんだねえ。本当に君たちの上官かい?」などと雑談を始めたので「貴方は一応捕虜なんですから勝手に動かないでください」と釘を刺した。彼は軽く両手を挙げながら撃たないでくれよとへらへら笑った。


 「キール……ジダーノフ? ズダーノフくん? と言ったかな」


 「どちらでも大丈夫ですよ、発音しにくいでしょう。キール・ソゾーノヴィチ・ズダーノフと申します。階級は少尉になります」


 「名前からすると元々北の大陸にいたのかな?」


 「いえ……ああ、いや、祖父は北方出身ですが自分は南方産まれです」


 「なるほどね」


 どうでもいい雑談を続ける男の意図がわからずに困惑していると、ベルトーネから召集がかかった。このときばかりは嫌味な上官でもよくやったと思わずにはいられなかった。このような性格は治したいと常々思っているのだが、初対面の人間に質問責めをされるのが苦痛だったのだ。


 嫌味な上官からは、ルージュ島に駐屯するための人材を大陸から送ってもらうからそれまで島で待機すること、捕虜は明日にでも南大陸に送るから指名された者は同行することを命じられた。なぜか功を立てたはずのキールにいち早く帰る権利は得られず、クラウディオも同じく時を過ごすことになった。ベルトーネは自分だけさっさと帰る支度を始めた。



 翌朝からもスーツの男から質問責めを受けた。


 「そういえば忘れていたよ。ボクのことはキノとでも呼んでくれ」


 昔のカジノのゲームみたいな名前だなと思った瞬間「KENOじゃないよ、KINOって姓だからね」と睨まれた。何度も同じことを言われているのだろう。


 どうやって海洋学を学んだだとか年齢だとか、あげくの果てには好きな小説は何かとか色々と質問責めにされた。好きな小説には作戦前に思いを馳せていたレント・ガーブルドのものの題を挙げた。


 そろそろ出航時間が近づいてきたようで長いおしゃべりを切り上げることにしたようだ。


 「残念、話し足りないんだけどなあ。また会えるといいね」


 いいや、もう遭いたくないよ。心の中で吐き捨てながらぎこちない笑顔で見送った。


 大変な災難だったなとクラウディオがようやく近寄ってきた。


 「激流のようにしゃべってくるんだ。死ぬかと思った」


 「お前にも操れない波があるんだな」


 「どうでもいいけど助けてほしかった」


 「悪いな。無理だと判断した」


 あっけらかんとした口調で突き放した。任務では頼れるのだがこういう後のち困りそうもないトラブルに出くわしたときは協力する姿勢すら見せてくれない。


 「ところで、気付いたか?」


 急に深刻な口調に戻った。仕事の話だ。


 「盗られることを前提にした配備になっていた」


 「そう、それだ」


 あまりにも制圧しやすくあまりにも無抵抗なのはおそらくそういう指示が上からあったのだろう。抵抗すれば負傷者が増える。陽からも死者が出なかったのは銃火器の狙いを敢えてはずしていたからだと考えられる。ただ交戦した事実は欲しかったので適当に撃ってキールその他に当たったのだ。あのキノという人物についてはよくわからないが、人員はほぼ無名の者で構成されていた。第一まともな士官が中尉しかいなかったのだ。もしも敵に島を攻撃されて殺されてもかまわない人選になっている。


 「つまりこの島を俺たちが持っていることで陰側にメリットがあるんだよね」


 「でもここは補給における重要拠点なんだよな。単純に考えれば損しただけだ」


 「攻められることで得られる利点は、『何かのきっかけ』だろうね。戦をふっかけるきっかけか何かは

はっきりわからないけれど」


 「この島を盗られたから仕返しに別の場所を攻撃します、って魂胆か?」


 「どうだろう。もしかしたら再度ここを攻撃してくるかもしれない」


 「そしたらここの人員を増やしたり戦力の補強をしたりしなきゃならねえな」


 「そうなるよね。そうなって陰側に得があるのか?」


 「ねえだろ、普通に考えて。ああでも、別の場所の戦力を薄くする目的があるかもしれないな」


 「それかも」


 ふう、と一息ついてキールは嘆いた。


 「でも俺ら下っ端が考えられるくらいのことだからたぶんお偉いさんは皆考えてると思うよ。ベルトーネ以外は」


 「だよな。俺たちが考えても仕方ない」


 若い士官たちはそのまま議論を消滅させた。これ以上考えたところで若くして禿げるだけだ。そのまま解散し、キールは僅かな休み時間で釣りへと出かけクラウディオは司令塔の掃除を始めた。彼は掃除が好きなのだ。


 捕虜を乗せた艦隊が出航した三日後に迎えの輸送艦を含めた艦隊が来た。この海域は潮の流れが今は激しく、釣りにならない。三日間のごく少ない休憩時間だったとはいえ何も釣れなかった。


 そしてキールたちが勤める基地に帰投してから一ヶ月後、皆が抱いた違和感の答え合わせの時が訪れる。

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