八話:寮の愉快な仲間たち
「じゃあ、これから寮の方に案内するわ。タヴルちゃん……ええと、寮監さんには話を通してあるからもういけるわよ。ジルヴァラくん、残念だけどここでお別れよ~。流石に女子寮につれていくわけにはいかないもの」
あんたはいいのか、というツッコミは飲み込むことにした。まあ学園長だし。泊まるわけじゃないだろうし。
ブルールさんには本当に世話になったと丁寧に丁寧にお礼を言って、私達はとうとう寮へとむかうことにした。
もうすっかり疲れてはいたけど私達はおとなしく後へとついていく。あの時はただついて行っているだけだったが、体育館は学園長室からまっすぐいった先の道を通って抜けた先にあった。
つまり、私達が入ってきた玄関の左側の通路を行くと体育館、外につながっていたということだ。そこを戻って左に曲がる……最初の玄関から直進する道を行く。途中に階段があったり受付や教室もあったりしたがしばらく直進すると、そう行かないうちにまた外にでた。
「最初に入ってきたところは通学してくる子達や、町に出るときに使われるわね。こっちは主に寮生が使ったり、昼食の時に出入りする事が多いわ」
昼食の時に? という疑問はすぐに解ける。外にでて、左側。二階建ての建物があったからだ。体育館の屋根が奥に見える。一階は大きな窓があって、中がのぞけた。食堂のようだ。
それから右手側にはベンチや木々がある。中庭みたいなもんだろう。その奥にもまた何かわからないが建物があった。結構大きい。
「あれは図書館よ」
「え、でかいですね」
「町の図書館もかねているからね」
ここでばちこんと学園長のウインク。すごい学園だとは思っていたけど……。まあ、食堂を民間にも開放している学校も元の世界にはあったし。そういうこともあるだろう。
ここで一旦自分の中で情報整理。俯瞰の図で考えてみることにする。
まず校舎。二階にはあがれていないけれど、階段の様子から上の方が広くなっているのだと思う。漏斗型の校舎はふりむいてみれば支える柱みたいなのもあるから崩れる心配はなさそ……ないよね?
門から入ると円ぽいホール。右が学園長室や面談室とか、あまり生徒が好んで訪れない部屋がありそうだ。左は渡り廊下みたいなもんで外に通じていて体育館の方に行ける。まっすぐいくとこれも外にでれて、左手側に食堂。右手側に中庭もどき。その奥には図書館。……ということは図書館と体育館に挟まれるようにして校舎はあるのだ。
「全部自由に使っていいのよ」
そういいながらも学園長はここに用はないのだとさっさと進んでいった。
食堂の建物の奥。きっとここから搬入もしているんだろう。入ってきた方向よりは小さいが、幅は大きな門がある。そこにも小屋があって、警備員さんが顔をだす。学園長の顔をみて敬礼した彼が門を開けてくれた。
道を挟んでもう一つ門。そこにも警備員さんがいて、こちらも同じように開いてくれた。
門からずっとまっすぐにつきあたりまで見える道がある。道のわきには高いフェンス。二か所程出入りできる用の扉がつけられていた。そこから見えるのは大きな建物が右に六、左に六。
「右側が女子寮。左側が男子寮よ。もしよっぽどの用事がないかぎり足を踏み入れたりしたら大変なことになっちゃうんだから」
……大変な事ってなんだろう。
少し興味がわいたが、猫をも殺しかねない好奇心は奥底にしまっておく。魔法がある世界だ。どんなことになっても自己責任のような気がする。
右側のフェンスの中に入り、建物に近づく。しかし、その間を抜けて学園長はさらに奥へとすすんだ。
「またでっかい建物」
その先にあったものへのアイリスさんの感想に私も頷くことで同意。高さは二階建てくらいだろうか。
「遅かったな。昼食はもう終わったところだぞ」
その入口に腕組みをして仁王立ちする人物がいた。口にタバコ。髪には癖がついていて、何故か割烹着を着ている。
「あら、ごめんなさいね」
「フン……ああ、そっちの子達が転校生?」
すぱー、と紫煙をはいてその人物は顔を近づけてきた。不思議とタバコくさいわけでもなく、煙たいわけでもなかった。むしろハッカのような匂いがする。異世界のタバコだ。材料からして違うんだろう。
「ええと、先ほどCクラスへ編入を認められた大河鈴です」
「同じく滝ノ井采明です」
そして一礼。何者かは知らないが、学園長にもこの口調の上、ここで紹介されるってことは無関係な人である訳がない。お世話になるなら挨拶は基本だ。
「ああ。マーシャから聞いてるよ。その名前、ウーベランジェ側の人間かね。あたしはタヴル・クラッチ。ここで寮関係の事を一手に引き受けている。ま、一応肩書きは寮母だけどね」
そしてもう一度煙を吐き出した彼女、寮母のタヴルさんはにやっと口角をあげた。……学園長がオネエさんなら寮母は姐さんって感じだった。
「昼飯まだだろ。中にはいんな。マーシャはどうする」
「そうしたいのはやまやまだけど、私も準備するものが多いの。あ、二人とも。明日は朝ごはんを食べたら鞄を持ってもう一度学園長室に来てちょうだい」
じゃあね~と学園長は優雅な足取りで去って行く。明日の朝か……大丈夫かな。
ともかく私達は今度はタヴルさんのいう事にしたがうことにする。入ってすぐ、私達はおもわず歓声をあげた。
「わぁ……」
「ひろっ……」
「女生徒全員を集める為には、まあこれくらいは必要なもんさ」
一面は広く、窓からの明かりがちょうどよい。入ってきた私達に向かって六列に並ぶ長い机。いや、これは数個にわかれているな。両脇には椅子がある。額に傷のある魔法使いの少年の学校の食事処に若干似ている。あそこまで暗くはないし広くも高くもないけど。奥の方、その本だと先生方がいる方向には厨房があった。
「入って右手側から一年さ。あんたたちは四年度だろ? じゃあそこだ」
つまりはいって左から三番目の列。確かに端っこには「4」と札がつけられている。
「誰?」
「ん?」
アイリスさんの疑問の声に私もそっちに目をやる。すると、その机の奥、厨房に近い方向に緑色の髪をした女の子が座ってるのが見えた。
「とりあえずあんたたちもあそこに座りな」
おいたてられるようにしてその子に近づく。
後で一つ結びにしているようにみえたが、それはほんの一部で、こちらを向いた髪型は私と似て、普通に耳の下より長い程度にカットされているかに見えた。服装は完全休日準備だったのだろう。制服ではなくショートパンツにTシャツ。目は笑っているようにきゅっと細められている。可愛いのだけれど「何か企んでいそう」という印象の方が先にくる子だ。
「じゃあ運んでくるからその間に自己紹介でもしてな」
「もー、全部丸投げですか?」
そういいながらも手慣れたことなのか、彼女はタヴルさんの背中を見送り、改めてこちらをむいた。
「やぁ、始めまして。わたしはCクラスのベルデ・ファンタズマ。寮が同室ってことらしくて、よっろしくー」
にこっ、とそのままベルデさんの流れるような自己紹介。私達もタヴルさんにしたようにちゃんと自己紹介をする。
「オッケー、リンにアヤメ、ね」
「……アイリスでもいいよ。大河さんそう呼ぶし」
「じゃあリンとアイリス。よろしく」
一度握手をかわしたところで、タヴルさんが戻ってきた。両手に盆。その後になにかもやもやした白いものがいる。なんとなく人にも見えるような。
「あ? これはあたしの魔法さ」
手に持った盆を私達の前においてタヴルさんはそういう。
「あたしは【特殊属性】持ちでね。属性は《煙》。こいつらはそれで作った《煙人形》っていう。こいつらのおかげであたし一人でも寮全ての事ができるってわけ」
タヴルさんはそう言って今度は殊更にゆっくりと煙を吐き出す。するともう一体、その先に煙が固まったような人型ができた。これまた見事な。
「ま、こっちのことはどうでもいいさ。さめないうちにさっさと食べな。ああ、ベルデにはこっちだ」
「やったー! 休日なのに急に呼ばれるからもうなんだと思ってたけど、こういうのがあるなら悪くないねん」
タヴルさんがつれてきた方の《煙人形》がベルデさんの前に皿を置く。アイスだろうか。見た目はそんな感じだ。ベルデさんは嬉々としてスプーンをその中に差し入れた。私達も食べよう。盆に目をやると、四皿あるのが判る。
パンとスープがそれぞれ。サラダとウインナーで一皿。それから果物だ。さっそくいただきます、と口に運ぶ。うん、おいしい。ジルヴァラさんのところはハーブが独特の味と匂いで存在感だしてたから、こっちはとってもほっとする。
パンは外がしっかりでさくっとしているが、中がふわりとしている。原材料はなんだろう。スープは黄色だったから卵スープ系かな。飲むととろりとしたのど越しが心地いい。スープにつけて食べると、とろみのないコーンスープにつけた時みたいになる。ちなみに味の相性はバツグンだった。ソーセージは食べたことのない味だ。材料となる肉がそもそも違うんだろう。パキッとした歯ごたえを想像したが、どっちかっていうとこれはカルパスに近い。ちょっと塩味が濃いめだが、さっぱりとしたサラダとの相性はとてもいい。
「じゃ、一応部屋に案内はおいてあるが寮の説明をするぞ」
はぐはぐと一生懸命食べているとタヴルさんが口を開いた。彼女が二三回タバコをふると《煙人形》は人形ではなく、ただの煙へと戻る。まるで指揮者のタクトのようにタバコをふると、空気中に拡散されいくままだったはずの煙はそれにしたがって動いた。
「してはならないことを二つ。まず一つは届出無しの外泊、門限以降の帰宅。ちなみに門限は二十三時だ。そして二つ。異性の寮区画への侵入、部屋への招き入れだ。よほどの理由があって、あたしたちの許可がおりないかぎり立ち入ることも立ち入らせることもするな」
「でも二つ目はともかく、一つ目に関してはさ、二十三時までに門限を過ぎることとその理由をちゃんと伝えておけば、よっぽど理由がひどくない限り許可されるよー」
すっと二本の指を立ててガラ悪く説明したタヴルさんに、なんてことはないと付け加えるベルデさん。……してはならないことってわりにかなり緩い。なんか寮ってちゃんと外出届を提出して週一じゃないと外出できなくて……みたいなイメージがあった。まあここが特殊なんだろうけど。いろんな国の人来てるらしいし、あまり縛りすぎると問題がおこるのかもしれない。
「食事は基本ここでとる。朝飯は7時から8時。昼食は自由にしろ。ここはしまってるからな。休日の昼なら11時から13時まで。夕食は18時から20時まで。もし事情があって早めに食べたい時、もしくは遅くなりそうな時は事前に言えば融通してやる」
「お昼も基本みんな学校の方にある食堂で食べたりするけど、忙しくない時にタヴルさんに申請しておけば厨房を使わせてもらうこともできる。一応寮ごとにミニキッチンはあるんだけど、共有だとどうしてもねぇ」
朝ご飯と夜ご飯がちゃんと保障されているのは嬉しい。しかもこんなおいしいご飯だなんて。私はかなり満ち足りた気分でごちそうさまをする。果物もリンゴの食感にオレンジみたいな甘酸っぱさでとてもおいしかった。アイリスさんはなぜかまだカルパスウインナーと格闘しているけど。硬いものを噛むのは健康にいいんだぜ。
「次に風呂だ。17時から22時までならいつでも使っていい。シャワーもある。ただ、時間外ではシャワーしか不可。時間外のシャワーでは学生証が必要になる。そして一人5分までとなるから気をつけろ。後の寮の施設についてはベルデにきけ。ここまではいいか?」
「ええと、つまりどれも時間を守れ、それ以外の時にはだいたい連絡をしておけ……って事でいいですか」
「まあそれが確実だろうな」
タヴルさんの頷きに私達もそれじゃあと納得することにした。基本みんなと同じ行動してたらはぐれることもないだろう。
アイリスさんもようやくご飯を食べ終えたようだった。こころなしか彼女の顔も満足げに見える。それはご飯がおいしかったからなのかカルパスウインナーを攻略したからなのか……。彼女のみぞ知る。
「さ、じゃあさっそく部屋にいこっか!」
「うん」
私達は先に勢いよく立ち上がったベルデさんについていく事にする。なんだか今日はずっといろんな人についていく日だなあ。かるがもの親子か。……親子はついていく相手をそうほいほい変えないか。