七話:入学試験(対ドラゴン)
入学試験を受けに来て実技の時間になった。そしたら学園長がドラゴンを呼び出した。体育館で何しているんだこの人。
「……立派な翼デスネ」
「うふふ、ありがと」
褒めたわけではない。ないが、機嫌がよさそうなので良しとしよう。赤銅色に橙の瞳のドラゴンと、同じ鱗で緑の瞳のドラゴンが一声吼えた。
ビリビリと震える空気。
「あの、まさか」
「さて、次はこの子たちと戦ってちょうだい。魔法を使おうがその武器を使おうが問題はないわ」
「いや、ドラゴン」
「大丈夫よぉ、心武器では殺傷できないようにこの学園は設定してあるし、それはこの子たちのレベルもよ。そう大事にはさせないわ。試験はね、この子達の首元の魔法玉を壊すか、それまでに私が終了っていったら文字通り終わってね」
見上げた二匹の首元に、透明のガラス玉みたいなのがついているのが見えた。ギロリ。大きな爬虫類の目がこちらを睨んでくる。首元って逆鱗とかいうのなかったっけ。すごくあぶなくないかな。
「それでは二人とも構えて~、レディー、ファイッ!」
「えっ」
戸惑っていると、学園長の楽しそうな掛け声が聞こえた。そして、顔の横に風。ドラゴンが手をふりおろしたのだった。
「わっ、まじで!?」
一度、後ろに跳び退る。ずざっと下がってすった手が熱くて痛い。ただ身体能力をあげられているのか動きはとても軽かった。ふりあげられ、ふりおろされた太い尻尾をエデンバルグで打ち返そうとする。
だけど思いのほかの圧迫感がきてすんでで横によけた。轟音がして床がわれるがそのそばから修復していく。つまり、どんだけやっても壊れない体育館ってことだ。
……じゃなきゃ試験場所にしないか。そう横目で見ながら私は手をふった。痛かったのだ。よけたものの、エデンバルグは少し尻尾にかすっていた。その少しあたっただけでこの重さ。受け止めるのはやめた方がいいらしい。
もう一度尻尾がふりあげられ、その重さと太さに似合わない速度でふりおろされる。今度はうけとめるのではなく、そらす。剣道の打ち合いの時みたいだ。
はじいて、その反動をつかって横に跳び、距離をとる。距離をとれば、ドラゴンの攻撃は尻尾だけだからだ。ブレスがない限り。まだそういう技を使ってはこないらしい。レベル設定の結果かな?
ここが体育館だからか、ドラゴンの動きは鈍重だ。飛ぶほどの高さもないし、ここには二頭いる。大きく翼をひろげることもできないらしい。これはハンデとしてってことなんだろうか。
そういえばもう一頭、とアイリスさんの方をみた。魔法を使って足止めしようとしているようだ。真面目に試験は受けているらしい。……まあ潰されたくなければ戦うしかないよね。
氷の魔法で足元を凍らすも、もちあげられただけでキラキラとくだけてしまっている。つまり、生半可な魔法ではだめだということだ。
しかし、アイリスさんの魔法。彼女が使えるなら私だって使えるはずだ。とりあえず断続的に振り下ろされる尻尾をよけながら何が使えるのか考える。
魔法を使いたい。魔法を使う場所だ。
そう考えて手の先に集中する。すると、単語が頭に浮かんできた。
「《風弐、鎌鼬》!」
血ではない何かが体の内側をめぐっていく感覚。単語を口にだした瞬間、まわった力が体の外側に出ていく。そして、そのままその力が自分の思う通りにできるというのが何故だかわかった。長く感じたが、それは呪文と唱えたのと同時。瞬間におこった感覚だった。
その出て行った力をドラゴンに向ける。次には血が散っていた。鎌鼬。言葉通り、風で相手を切り裂く攻撃系の魔法。
血ふりおろしかけた尻尾が血を流しながら途中で止まってあがっていく。痛かったんだろう。
よし、と私は攻撃がやんだことを好機ととらえた。もう一つ魔法を展開する。
「《水参、雹》!」
同じように力がめぐり、体の外に出る。その力は今度は私の身体の周りで目に見える形に固まった。
直径5センチ程の、氷のブロックが五個ほど浮かぶ。私はそれを前にして、エデンバルグを構えた。右足をふみしめ、狙う。気分はバッターボックスだ。
「かっとんでけ!」
そしてボールではなく氷のブロックを打ち出す。私はコントロールが下手な方だと理解しているが、まあ、数撃てば当たるだろう。もちろん狙いはドラゴンの首元だ。
ブロックがなくなればもう一度魔法をつかって作り出す。球は無限。千本ノックだ。
「ちょっとこっちまで飛んでくるんだけどやめてよ」
アイリスさんの言葉は総無視で打っていればカカン、と硬い音がした。何個かはちゃんとあたったらしい。でも、壊れるには足りない。
「《水参、雹》」
だったら……。私はもう一度あの魔法を使い、今度はもうちょっとだけ集中。本来なら五個になるはずの力を一つにまとめる。するとでかい氷が現れる。それをもうちょっと形を変えて、つらら状にしてみた。
「せえの、《風弐、鎌鼬》!」
そのつららの弾丸を打ち出して、それからこんどは風の魔法。それる弾丸を風の刃が軌道修正しながら、氷の破片と一緒にドラゴンを襲う。
氷をはじきとばそうと尻尾がおろされる。
いまだ!
私はふりおろされた尻尾にしがみついた。振り落とされないようにしがみつくが怖い。フリーフォールってこんな感じだろうか。そのまま上にあげられると途中で首元の玉と同じ高さになる。私はもう一つつくった大きな氷の玉を用意し、ここだ! というところでエデンバルグでその方向に飛ばした。
「あ」
パキン、とわれる音。それを頭上に聞く。打ち込む為に手を放したのがいけなかった。自由落下である。
「おわっ!?」
やばい、と目をつぶった時、ふわりと何かが私をすくいあげた。おそるおそる目をあけると、下にあったのはドラゴンの尻尾だった。ゆっくりとおろされる。
「もう、無茶するわねえ」
「あ、すみません」
「あやまるんじゃなくてメーヴェルに、ね?」
「あ、ドラゴンさん……じゃなくて、メーヴェルさん? ありがとね」
学園長がよってきた。助けてくれた礼をすると、メーヴェルは、ぐるる、と甘えた猫のような声をだして伏せる。
「《クライト》」
学園長がメーヴェルの頭に手をおいて、小さくつぶやく。するとその傷が癒えていくのがわかった。
「治癒魔法?」
「応急処置にはこれで十分よ」
力尽きたように床に座り込んで、へーと話を聞いている。するとガキィン! と大きな音がした。アイリスさんが戦っている方だ。
「うわ、何あれ」
そこには大きな鬼がいた。
黒くて、なんだかもやもやとした輪郭だ。だけど、角と牙はしっかりとわかる。それから大きな太刀。高さはドラゴンと同じくらい。なんだこの怪獣大決戦。
足元には破片が散らばり、鬼は一緒に床に溶けるように消えて行った。
ぺたりとアイリスさんが床に膝をつく。
「あ、アイリスさん大丈夫!?」
「つっっかれたぁー……」
「今の何!?」
「しらなぁーい……」
駆け寄ると聞こえてきた声に怪我はなさそうだと安堵。あの鬼はアイリスさんが呼び出したのだろう。学園長がドラゴンを呼び出したみたいに。
「すごいわ、貴女達!」
「ぐぇ、」
トラックにぶつかったような衝撃。実際にはそんな経験はないけど多分こんな感じだ、という学園長のハグ。見た目通りの力に変な声が出たのはしょうがないと思うの。
「……試験はクリアだ。君たちをCクラス生としよう」
後から冷静な女の子の声がきこえた。理事長だ。いつのまにきていたのだろう。
「学業の方はまだまだのようだが……それを加味しても半額免除程度にはできる。受けるか?」
「あ、ぜひ」
私は早速お言葉に甘えることにした。いや、安くしてくれるっていうならしておいてもらった方がいいよね。
それにしてもこの学業に問題ありって状態でCクラス。よほどさっきの戦いで何かが認めてもらえたらしい。
「だ、そうだ。ジルヴァラ、一紅四金銑。後で入金しておいてくれ」
「わかっていますよ」
ブルールさんはどうやら理事長と一緒だったらしかった。クマの後ろからきらきらとしたイケメン。ぬいぐるみとでも絵になるってんだからやっぱ美形は得だよなあ、と思った。
その顔が近づく。強くなる鳥肌の感覚に一歩さがる。床に座り込む私達を覗き込んできた彼はにっこりと笑ってとても純粋な声をかけてきた。
「すごいね、君たち! ああ、入学金の事は心配しないでくれ」
「いや、そうはいっても」
「問題ないさ!」
「あの、授業料はとりあえず持ってる金額で二人の二年分払えますし……その、入学金はジルヴァラさんにきちんとお支払しますので」
「遠慮しなくていいのに」
「お兄さんに借りはつくりたくないってことだよ」
「じゃあせめて寮費だけは払わせてくれ。セルカの所為で二人には迷惑をかけたのだから」
いつまでも平行線をたどりそうな言葉にアイリスさんが対人用の顔でバッサリと言ってくれた。続く言葉を言われてしまえばそこが落としどころにしかならず、私達は頷いた。
昨日泊めてくれて、ごはん食べさせてもらって、寝間着までもらって、学園を紹介してもらって。充分すぎるのだけど、向こうが払ってくれるという顔も立てなくてはいけないらしい。ありがたいのはありがたいんだけどなあ……。
「じゃあ、さっそく入学手続きだ。まず、パスポートを渡してもらえるか」
私たちの話が終わったのを見計らって、声がかけられた。
言われた通りにモフモフの手の上に手帳を置く。すると理事長はそれを開いて、板の上にきれいな赤色の宝石をのせた。
「我、アンシュタルの名において、大河鈴のアグランシュ学園への所属を許可する 」
ぱあ、と薄く手帳と石が光った。今度はアイリスさんの分。手帳が返却される。
何が変わったのだろう? 疑問に思って大人たちをみれば、裏返してみろのジェスチャー。板をひきだして裏返してみる。そこには新たな模様があった。銀色で描かれている。これは校章みたいなもんだろうか。
「銀色は半額免除の証なの」
学園長の言葉にへー、とまた関心しながら手帳に板をしまいこんだ。ともかく、これで無事に終了したみたいだ。