四話:首都は銀のトラブルから
「ここが首都アグランシュ?」
「みたいだね」
入り組んだ路地を抜ければそこは大通りだった。わらわらと人が歩いていてまるでそれはスクランブル交差点……。
「行ったことないくせに」
「心を読むんじゃない」
しかし、これだけ人が多いと迷子になりそうだ。しかもさっきから変な目で見られてるし。
と、そこで気が付いた。制服のままだからだ、これ。
基本である、濃紺のブレザーに白いカッターシャツ、グレーのスカート。それでも周りの人を見ると、あまり私達と変わらないが、それでも異国感のある服を着ている。
なんていうか、漫画の登場人物の中で来ている普通の服っていうか、一見コスプレなんだけど別段違和感はないっていうか。ワンピースの型や模様だったり、ローブの人がうろついている所がそう思わせるのかもしれない。
私達はなるべく壁によってこれからを相談する。
「取り合えずどうする?」
「宿を見つけ、日雇いバイト先を見つけ、服屋さんを見つける」
「さっきの人、どれだけくれた?」
私は小袋の中身を手のひらに出す。小指ほどのサイズの小判だ。何やら刻みこまれている。これは……国旗かな。こっちじゃ国章って呼ばれるらしいけど。精緻なそれが刻まれたくすんだ金色が4枚、同じくくすんでいるが銀色なのが8枚。
そして小さな紙片が一枚。
「何それ」
「楽しかったので色をつけておきますね……だって」
いつこんなの書いてたんだあの人。なんか端っこには笑顔マークが書いてあるし。よく見たら馬車ギルドの地図が書いてある。ごひいきにってことですか。
アイリスさんは早々にその紙から興味を失ったようだった。次に指したのは小判の方。
「……これがお金?」
「うん」
私は頭の中のアドミサーチエンジンを起動させる。
「くすんだ金色は、金銑貨。銀色は銀銑貨って言うらしくて。ええっと……これで4金8銀銑だから四万八千円かな」
「じゃあ金が一万円、銀が千円くらいなのか」
「細かくは違うみたいだけどね、そんな感じらしいよ」
「護衛の相場は?」
「私が知るわけないでしょ、ここに来たの初めてなんだから」
アドミサーチエンジンで調べれば一発なんだけど、あまりこの世界に詳しすぎると怪しまれてしまうし、今までの地図だったり情報だったりを引き出した分で少し頭が痛いのでやめておく。
「じゃあ出し惜しみされてても分かんないじゃん」
「そういう相場は買い物に行く事で解消されるんじゃないかな」
「頑張って大河さん~」
「いや、あんたの服もいるんだよ?」
完全に休息モードに移行しているアイリスさんに何度目かしれないため息。あまり異世界にきたって感じがしないのは、このアドミになって授けられた知識もあるかもしれないけど、彼女のマイペースさによるところが大きいかもしれない。
「取り合えず真ん中に大きな噴水があるみたいだからそっち行ってみる?」
「分かった」
溜め息をついて提案。すぐに了承の声をあげるアイリスさん。自分の意思はどこにあるんだろう。
……そのうち知らない人にもホイホイ連れていかれそうでお母さんは心配だ。
「ええ~大丈夫だよお母さん」
「だから心を読むなと」
見れば煉瓦道。それ以外はどこかおしゃれな観光地って感じで、緊張もしない私たちがてこてこ歩いていれば少し離れた路地からの音。あれっデジャヴ。
何だろう。主人公補正とかそういうのだろうか? そういうのいらないんだけど。こういう補正もバグのせいだったりして。なーんちゃって、と通り道だったので路地をのぞいてみれば。
「いいじゃねぇかょぉ」
「そうそう。姉ちゃん俺らといいことしようぜぇ」
「やめてください!」
「わぉ……テンプレぇ」
まぁ見事にテンプレそのものな光景が広がっていた。あの途中の強盗さん達といい、この世界の悪役はそういうマニュアルとか出回ってるんじゃないだろうか。
言い寄る男達は赤ら顔で、多分酔っている。一方、嫌がってるのは銀髪の女の子。ふわふわとしたウェーブを毛先が描いている。なんでこんな子が路地裏にいるんだろう。
「……しょうがありません、《ペルル》……」
「おっと、させるかよ」
「キャッ!」
彼女の手が金色に光る。そして何かしらの呪文を唱えようとするもののその手をがしりとつかまれ力を込められたらしい。
彼女が悲鳴をあげれば手の光が消える。その手はつかまれたまま、男にぐい、とひっぱられた。
何をしようとしたのかはわからないが、面倒事の匂いがして私達は顔を見合わせる。
「……どーする? このまま宿探す?」
「……いや、それはさすがに目覚めが悪いような……」
「えー私これ以上面倒なのやだよー」
まあ、そもそも颯爽と登場してからんでるやつらをブッ飛ばす……なんて選択肢は流石にないんだけれども。
「古典的な手でいきますか」
「ん?」
私はアイリスさんと少し離れた影にかくれて路地に聞こえるようにわざとらしく叫んだ。
「あー! こっち! こっちでーす! 早く! 女の子がからまれてるんです!」
「……確かに古典的かも」
アイリスさんのつぶやきを抑えて、私達は身を潜ませる。そして路地の様子をうかがうと、舌打ちをした男達はあわてたように逃げ出した。
見えなくなったのを確認して動きだす。そろそろと路地を通ろうとすると、待って、と女の子の声が聞こえた。勿論、無視である。
これから大丈夫? なんて声をかけた方がまた色々とややこしいことになる。面倒事になりそうだったからあの手法をつかったのであって、ここで立ち止まるならばもうちょっと大々的にやっていた。そうしてしばらく進んだが、ぱしりと手をとられる。
「ま、待ってくださいって言ったのに!」
……追いかけてきたらしい。なんで、と思ったが、私達の服装はこの町で若干浮いていたのを思い出す。見つけるのはワケないって事か。
「な、なんですか……」
「さっき、私を助けてくれたのはあなた方でしょう?」
アイリスさんは何もしてないんだけど。と思いつつ首を振る。
「何のことかさっぱりわかりません」
「でも……」
「あ、大河さん、」
なおも言いつのろうとする銀髪さんに友人の声と、暗い影が重なった。
「ほう、やっぱりあれは嘘か」
そろそろと銀髪さんと二人で顔をあげれば酒臭い息。太い眉。さっき彼女に絡んでいた酔っ払いだった。
「さっきのおっさん達……ってもう遅いか」
さり気に避難していたアイリスさんの言葉に頷く間もなく、私は目をそらすことができないでいた。至近距離で睨まれると超怖い。けど、これ逸らしたら何かしらもっと因縁つけられそうな気がする。犬とか猫とかの喧嘩でも鉄則だし。目をそらさないの。
「都市警を呼んだ雰囲気じゃなかったしなあ?」
ヴィアジャ。どうやらそれがここでの警察的役割の存在らしいが、今はそれどころではない。
「えーっと。ほんと、なにいってるかわかりません」
冷や汗がだらだらと出ている気がするが、ここで認めたらいけない気がする。やっぱり面倒事になったじゃん、という顔をアイリスさんがしているのがちらりと見えた。まさにその通りです。
「まあ、いいや。と……お前も十分に楽しめそうだし。なあ、そこのやつも美人だし儲けじゃねえか?」
男はあたりを見回した。さっきいた数人全員で来ていたらしい。同意を求めるようなその言葉に応、とばかりに声があがった。
「なあ、俺そっちの髪長いのがいいー」
「ずりいよ俺だって」
「こっちのお嬢さんもいいじゃん」
「じゃあ俺そっちの変な恰好のやつでいいわ」
「なら譲るわ!」
ぎゃはは、という下品な笑い声と、下卑た顔。太い腕がこちらに伸びて生理的嫌悪が体をつつんだ。でも、体がふるえたのはそのせいだけじゃない。
「……本人目の前にしてそれってなんだよほんと」
気が付けば手の中に釘バットが現れているのがわかった。
もう、なんか好き勝手に言われてるのもそう。腕への生理的嫌悪もそう。テンプレ悪党に飽きたというかもはやわざとらしいのもそう。そして、まあいろんな意味で何もしてないアイリスさんまで巻き込んでるのもそう。ただでさえ細い堪忍袋の音がプッツンときれた。
「もー、ほんと、私達離れたんだしさ、ヴィアジャ? っつーの呼んでないってわかってんなら私たちに絡む要素とか微塵もないじゃん! そんで別にそんな目にあいたいわけじゃないけど妥協みたいな言い方本人目の前に言ってんじゃないよ!」
「ぐふっ!?」
釘バットを目の前の男の腹へ遠慮なしに突き出す。崩れたところをフルスイング。
確かに他二人はかなりの美少女さんですからわからなくもないけど、そういう言い方ってないと思うの!
「あの……」
「そもそもあんたなんなの! あんたが追いかけてこなけりゃこんなことになってないんでしょうが!」
「えっ私もですか!?」
当たり前だこいつ、と。そもそも絡まれてなければ問題はなにもなかったし、その後追いかけてこなけりゃこんな事にはなってないのだ!
「アイリスさんも! 何か抵抗してやりなさいよ! もうちょっと! 加勢とか!」
「八つ当たりがひどいなー」
もうこっちは色々とまかされた事でキャパーバー気味だったのに次ぐように現れる問題点。
「このテンプレ共め! マニュアルでもあるのか! 見せてみろ! さっさと逃げるとかないのか! 酔っ払い共め! 次から次へと分裂でもしてんのか問題ごとが!」
「大河さんやりすぎ」
はた、とアイリスさんの手が肩に置かれた事で我に返った。いや、色々とストレスの限界値が来てたらしい。銀髪さんどころか男達もかないどん引いている。そして足元に倒れているかかってきた男。
「……はっ! 私は何を?」
「もう手遅れだと思うよ」
私は倒れた男に手をふれた。
「し、し、し……死んでる……?」
「さ、カツ丼でも食べよっか、大丈夫大丈夫、署で話きくから」
「け、刑事さん……」
「「勝手に殺すな!」」
いや、まぁ脈を確認したので知ってましたけど。アイリスさんもノリノリでしたけど。……なんだ。酔っ払い共は本当はノリがいいのかな。
「いや、本当にすみません」
一回好き勝手叫んだので大分落ち着いた。やっぱり下手な我慢はよくない。我に返ってみれば釘バットで殴り倒したこちらの方の分が悪い。ちょっと溜飲がさがったのもあって、とりあえず絆創膏をつけておいた。
実際発言にいらついただけで、彼ら自身はまだ危害を加えてきたわけじゃないからこれくらいはしとかないと。……手当用品って常備しておくものだね。
「「チックショー! なんなんだてめーらは! おぼえてろよ!」」
「……去り際までテンプレ」
酔いもすっかりさめたらしい男達は絆創膏をしっかり押さえながら方々の体で逃げ出した。
……しかし、恐らく魔法の世界で私のこれまでの攻撃が全て釘バットとはいかがなものだろうか。
「え、えぇっと……その、私のせいでごめんなさい」
「……ほんとだよ……」
どっと疲れがでたような気がした。銀髪さんの声が申し訳なさそうだったのと、どうしようもなかったのもあってそれだけを答える。
「私の言うこと聞かなかった大河さんが悪いんだから良いんだよ」
何故かフォローしたのはアイリスさんだったけど。
「……ありがとうございます」
銀髪さんはにっこりとほほ笑んだ。いいのか、彼女の言うとおりにしてたらキミは路地で見捨てられていたんだぞ、と。その後別にアイリスさんは何もしていなかったんだぞ、と。
でもまあ、とりあえず結果はオーライ。迷惑をかけたお礼でも……という銀髪さんに、休憩の案内でも頼もうかと思っていると、突然若い男の声が響いた。
「おいセルカ! 何かあったのか!」
ちらほら集まっていた野次馬の中から出てきたのは銀髪で背が高い男性だった。当然のごとくイケメンである。
しまった! こう、唐突に訪れる美形な男子というのはやめてほしいのだ。鳥肌にも似た発疹がおさまらない。イケメンアレルギーはこの世界でも有効なようだった。
「兄様!」
「「兄様?」」
キラキラした目をアイリスさんから男性に即チェンジした銀髪さんが叫ぶ。
「セルカっていうの?」
「申し遅れました。私はセルカ・ジルヴァラ。今のは兄のブルール・ジルヴァラです」
鳥肌をさすりながらの私の問いに丁寧に答える銀髪さん改めセルカさん。
ブルールさんが彼女の顔を覗き込む。
「セルカ、大丈夫?」
「ええ、絡まれていたところをこの方達に助けていただいたんです」
だから、アイリスさんは本当になにもしてないんだけど。いちいち訂正することでもなくて口をつぐみ見守る。セルカさんが彼に最初っから説明しだしたのを見て私達は顔を見合わせた。
「……もう行く?」
「今回は私、確かに何にもしてないからね。大河さんがお礼いらないって言うんなら別にいいよ」
「そっかー私はもうすぐにでも離れたいけど……この服だと立ち去ってもすぐ見つかりそうだよね……」
「確かに。でも走ればいけるくない?」
よし、と頷いて抜き足差し足から猛ダッシュをかけようとした……がダメだった。
「そうだったのか……! いや、お二方、妹がお世話になりました! ありがとうございます」
やりとりの間にあっという間に報告は終わったようだった。立ち去る算段をしていたとは知らないお兄さんの眩しい笑顔。
私の中でセルカさんは歩くトラブルと同意義に第一印象が設定されつつあるのでこの場から離れていたいものだが、その笑顔が行動を許さない。
「そういえばそれ見かけない服だけどどこのものなんだい? 制服っぽいけど、アグランシュでは見かけたことないな……」
彼の言葉に再び顔を見合わせる私達。
アイリスさんの顔にははっきりと「大河さんがなんとかしろや」と書いてある。ため息。
「ええっとー、その、ちょっと、他国から戻ってきたんです。幼少期にこの町に住んでいた事があって……ええーと、ここなんですけど」
私はあのパスポートっぽいのを取り出した。住所があったはずだ。
その場所をみたブルールさんは首を横に振った。
「……そこは、公園だよ」
は、と実際声に出していたかもしれない。
「十年前くらいにね、都市計画で……そうか、ずっと住所の更新はしなかったのかい?」
私の脳内的には「コラ幼女表出ろ」である。というか、あの関所の人、なんで何も言わなかったんだろう。知らなかったじゃあ確認の意味ないし、まさか公園に住んでる人と思われたんだろうか。……少なくとも人の出入りを警備する人間としてそれでいいのか?
「小さい頃に他国に渡ったのかい? それはどこ? 君たちのご家族は?」
驚愕のまま黙っていればブルールさんからの矢継ぎ早の質問。アイリスさんに顔を向けるが完全に「私知―らない」の顔であった。援軍は見込めない。
しょうがない。軽く握りこぶしをつくると、過去の記憶の中で一番辛いものを思い出す。
「……実はっ……私達……っ! うぅ……っ」
そこで顔を押さえながら嗚咽。泣けるときは少しだけ涙を流す事が重要である。
必殺、嘘泣きでごまかす。
ほんとはこういうところでやりたくないんだけど。情緒不安定って言われそうだし。それにこれアイリスさんがやった方が威力高いと思うんだけどなあ。
「すみません……何も知らなくて」
情緒不安定かは置いといて、私は別に何も言っていないのだが申し訳なさそうな顔をするジルヴァラ兄妹。
その後詳しい事を聞こうとはしない。
良心はチクリといたむがおおむね計画通り。ちょろいぞ。
「大河さん悪い顔してる」
「しょうがないね」
小声で会話しているうち、ジルヴァラ兄妹は私が語らなかった何かを脳内補完したらしく、キッ、と何かを決めた目を向けてきた。目じりには涙すら浮かんで見えている。何を補完したんだこの兄妹。
「あの、住むところは?」
「……その住所が公園になってしまっているならないですけど」
「ご親族もおられない」
「あー、まあ……うん、はい」
「学校にも通えない」
「この制服の場所には、まあ、はい」
本ッ当に何を脳内補完したのか知らないけど、質問に答えていれば、今度はブルールさんが頷いた。
途端、私のちょっと前にいたアイリスさんの身体がぶれた。次の瞬間、私は彼に手を握られていた。よけやがったぞ友人!
間近でみるとやっぱり彼はかっこよかった。綺麗な白い肌に、光に透き通る銀髪、淡いブルー・アイ。顔のパーツはまるで彫刻のように精悍で整っている。
途端体中を寒気と鳥肌が覆った。やめて! アナフィラキシーショック起こすから!
しかし、それに構わず彼はキラキラした顔のまま、こう言った。
「では! 是非オススメがあるんですけど!」