三話:御者を救ってドナドナ歌えば
「遅かったね」
幼女から解放された私が転送されたのは森の中。
大木の下の岩に腰掛けてたアイリスさんが片手をあげる。
私はといえば、それに答える元気もなかった。いろいろとキャパオーバーすぎる。
「で、大河さんは何を頼まれたの?」
「……アイリスさんと似たような事」
「ふーん?」
言えない。彼女には絶対言えない。それでも、賢い友人は何かを悟ったようだった。ありがたいような、怖いような。
「あー、そうだ。私さ、あの幼女からこの世界の説明受けたから、説明するよ。まずは歩こう」
誤魔化すように声をあげ、アイリスさんを誘い歩きだす。
『管理人』のチカラを与えられたとき、この世界の情報も一気に入ってきた。脳の容量的にどさっとは来なかったけど、この情報が欲しいなって思えばなんとなくわかる。
思い出す、というよりめっちゃデータあるところにアクセスして引き出して脳にプリントアウト、みたいな。分かりにくいかな。仮にアドミサーチエンジンと呼んでおこう。
とりあえずは地図で、頭に行きたい方向を思い浮かべれば、どうやって行ったらいいのか道順がすぐに浮かんでくる。
こんなのはアドミの能力の一部に過ぎないらしい。世界の管理者なんだからこの世界については何でもわかりますってか。地図もナビもない今はありがたい。
「今いるのはスエロ大陸。五つの国が混在してる大陸だってさ。その中でもこの森が存在するのはアンシュタロト。中央に位置する国で、科学と魔法が混在し、うまくいってる一番住みやすい国。そして今から向かうのがその首都アグランシュ」
「どうしてそこへ? 近いの?」
「まあ、それもあるし、他は西に神聖イグランジェって言う宗教、魔法主義国家。南に科国ウーベランジェって言う科学主義国家。東にエンギュイア帝国って言う独裁国家。北にオーベロニアって言う戦闘主義の軍国家があるんだとさ」
「何それ全部極端。……ま、そん中だと確かにアンシュタロトが一番いいね」
「でしょ」
話している間に木々の間を抜け、馬車道に出た。整備されているから歩きやすい。
そこをひたすら歩く歩く。ポケットに入ったままの飴をなめながらひたすらトコトコ。
すると何やら喧騒が近付いて来た。
「なにかなー」
「大河さんってば野次馬? 関わりになんねー方がいいよ」
「……こういうイベントは押さえとこうよ……?」
異世界でもマイペースなアイリスさんである。
この人ゲームだと特殊イベントとか全部スルーしちゃう派だ。多分。
そういうゲームとか小説とか丸っきり知らないキャラでもないと思うんだけど。敢えてなのかな?
とりあえず疑問は横に蹴飛ばしておいて。
その喧騒は道の途中でおこってるらしく、無視をする訳にもいかないようだ。
よく見れば幾人かのごつい男達。覆面に揃いのボロ服と……まあわかりやすい強盗さん。中央には馬車と困った顔の御者さんらしき人物がいる。他に人がいないのは客がいないのか、荷馬車だからなのか。
「……チッ」
「こら、舌打ちやめなさい」
「ごめん無意識」
「無意識って言えば許されると思いなさんなよ」
これは本格的に面倒事だと察した舌打ちのアイリスさんをたしなめたところ、で強盗がこちらに気付いた。ひげもじゃだし山賊なのかも知れない。
「てめーらなにもんだ!」
「……そういう君らは田舎もん?」
「煽る発言をした後に私に聞くのはやめて」
酒焼けがプラスされたドラ声に首を傾げるアイリスさん。せめて自分が出したネタには自分で責任をとって欲しい。
「助けてくれ!」
私達のゆるーい会話に、細っこい御者らしき人物が後ろ手にしばられながら叫ぶ。逃げないと思ったらそういう事か。
「護衛のせてねーあの人が悪いと思わない? 自業自得だよ」
「よく本人を目の前にして言えるよね、キミね」
「ごちゃごちゃうるせーぞガキ共が!」
顔を見合わせたあたりで怒鳴り声が割り込んできた。強盗は斧を振りかざしておそいかかってきた!
けれどカミサマ(自称)に力をもらった私達には大した速さではなかった。 さっとよける。前のままだったらカチ割られてた。何がとは言わないけど。
「十人くらい?」
「……チッ」
「だからあんたねぇ」
ため息。すると男は馬鹿にされたと思ったのかさらに顔を真っ赤にさせて怒り出した。
彼女はやる気なさそうだし、しょうがない、と私はアイテムを選択。釘バットを呼び出すことにする。
「えーでーんーb「凍れー」……うん」
私がアイテムを呼び出すより早く、彼女は魔法を選択したようで。アイリスさんが両手に力を込め、青く光ったそれを前につきだす。
そうすればむかってきた強盗が尽く凍りつく。
某猫型ロボット風に釘バットを呼び出そうとして遮られた私涙目。口上は区切られたけれど、しっかりと手にはエデンバルグが召喚されていた。
とりあえず荷物を持って逃げ出そうとしていたお仲間らしい人達の後頭部を両手で構えたそれで殴り飛ばす。
正直八つ当たりだったけれど、この世界の人は頑丈らしい。ふっとんで呻いて気絶した。
何かごめん。小さく謝って、そのまま道のわきに転がしておいた。鍛えた大の男をふっとばす力。思った以上のものだ。ちょっと二の腕が痛かったけど、はじめてだからしょうがないね。
「ありがとうございます!何かお礼でも!」
縄をほどいてあげればペコペコとお辞儀を繰り返す御者さん。
「じゃあお金」
「……アイリスさん」
くれ、と右手を差し出すアイリスに首をふってとめた。遠慮ねーなコイツ。
「えーっと、これどこまでいくんです?」
私は押しとどめて御者さんに聞いた。すると首都アグランシュまでだと言う。丁度目的地だ!
「じゃあ、えっと、護衛とかいりません? ほら、また襲われるとね、あれですからね。乗せてもらえれば護衛料をお安くしておきますんで」
この提案ならばお金も! 都市へのアシも手に入る!
色々と必死に御者さんを向けば二つ返事でOKを貰えた。苦笑してたから多分こっちの目的はスケスケだけど。
とにかくこうして無事に私たちは初仕事と移動手段を手に入れたのだった。
***
「ヤシガニ」
「煮汁」
「ルッコラ」
「ラジオネーム」
「ラジオネーム、ヤシガニの煮汁さんからのお便りです。ルッコラっておいしいんですか?」
「知らん。それよりヤシガニの煮汁の方はおいしいの?」
「カニって言うしいけるんじゃない?」
ガタコトガタゴト。
揺られる事小一時間。とても暇だったので荷台でしりとりをしていた。三戦目である。早々にゲーム内容から脱線した。
「あー、あきた」
ばたりと荷物の間に倒れこむアイリスさん。このまま寝てしまいそうなほどだ。私も頷く。一応少し幌が開けてあるとはいえ隠れてるし、荷物に囲まれてるしやっぱり揺れるし、っていうかしばらく森だし。つまり、暗い、景色に代わり映えがない、やることがない。
酔わないのだけが幸いかなというだけの話だ。
「あのカミサマっての、都市近くに降ろしてくれたら良かったのに」
むくれる彼女に苦笑い。いや、まぁその通りなんだけど。
「そういえばアイリスさんってば、魔法つかえたのね」
「んー、なんかあの幼女から力貰ってさ、大河さん待つ間暇だから何ができるのか試してたら魔法つかえるんだってなって」
「あー、じゃあ私も使えるかな」
「なんじゃね?」
ガタゴト、ガタゴト。馬車の音はまだ響いている。
「そうだ、魔法と言えばさ、首都には大きな学園があって、色んな国の人とか通ってるんだって。お嬢ちゃんお坊ちゃんもいるんじゃないかな」
「へー」
「だから首都は人に関して警備が厳しいらしいよ」
「え?じゃあ私達住民票持ってないから密入国者になるんじゃ」
「……あー」
流石アイリスさんは頭の回転が早い。そういやそこまで知識あったのに考えてなかったかも。
(大丈夫じゃよ……)
「!」
「どした?」
訝しげなアイリスさんに心配ないと首をふる。
コイツ、直接脳内に……! アドミとかオブザーバーとか頼んだもののしばらく見張っていたのだろうか。タイミングの良いアドバイス。
(ぱすぽーとやらを汝らのぽけっとにな、入れた)
軽い重みに私はブレザーを探る。直ぐに発見。
パスポートっていうよりかは、どこか警察手帳を思わせる代物だった。板が入っており、そこに私達の名前が入っている。ちゃんとアンシュタロト出身と書かれており、生年月日、血液型、性別も明記されていた。字がわかるのは幼女のおかげだろうか。
私達は紅王歴276年生まれということになっている。紅王は私達でいう西暦みたいなもんだ。日付はほぼ同じ。
住所の欄もちゃんとあるのだけど、これは家があると期待しておいていいのだろうか。
「大河さん、これ偽造?」
「さあ? カミサマ(自称)がつくってるんだからある意味公式じゃないの?」
アイリスさんの問いに私も首を傾げる。私に聞かれてもなぁ。
密入国の形にならなさそうという一点は安心しておこう。
ガタゴトガタゴト。
さすがにもうしりとりをする気も起きず、ドナドナでも歌い出しそうになった時、突然馬車が止まった。
多分検問だ。
前で御者さんと誰かが話だしたのが聞こえる。
「なんだかドキドキするねー」
全くそうは見えないアイリスさんを横目に私はほんとドキドキだった。
悪い汗が凄い出てると思う。
シャッと幌が開かれて、私達は少し目を細める。そこには深い青の警官帽、同色の軍服みたいな……まぁ下手な言い方すれば一流ホテルのホテルマンっぽい格好をしたおっさんがいた。
「許可証はお持ちですか?」
「「ハイ」」
私達は持っていたソレを差し出す。私の声は震えていなかっただろうか。
じーっと偽物かもしれない許可証を見るおっさん。
偽物とはばれないだろうか。いや、カミサマ(自称)なんだから少なくともバレるようなものはつくらないだろうけど。
内心物凄く祈りながら、私は結果をまった。
「アンシュタロトの方で間違いないですね、お帰りなさい」
おっさんは突然にこっ、とすると幌を元に戻した。
どうやら成功、らしい。
「良かった~……」
本気で安堵の声が出た。馬車が再び動きだして、すぐに止まる。あげられる幌。
「つきましたよ」
その声に顔を出し、辺りを確認しながら降りる。
「いやーすみませんでした。ありがとうございます」
「いえいえ。僕も楽しかったですよ」
「楽しかった?」
「……少し聞こえたんです、偽造とかどうとかって。そういうのスパイみたいですよね」
その発言に空笑いを返しながら冷や汗だくだくである。
どんだけ耳がいいんだか。
茶色の中折れ帽に、茶色の髪の毛。二十代後半くらいの御者さんはやはりひょろい。……最近お腹まわりが気になる私より細いんじゃないかな。
でも馬を扱ってるくらいだし私よりは力あるんだろうなぁなんて思いながらニコニコと笑う御者さんは、意外とあなどれない人かもしれない。ひとまずペコリとお礼を込めてお辞儀。
すいません多分こっち無表情で。
アイリスさんといえば一度礼を言った後先へ先へと既に歩き出している。
「マイペースだなぁ……あ、それでは御者さん」
「はい。あ、僕はテッラ・フェルガスと言います。馬車ギルド、ウェルベイルに所属してます。また馬車ご入り用のさいにはどうぞ。……今度は合法でね」
「いや、今回も合法ですよぉ……」
茶目っ気たっぷりなウインクと、中にお金が入った小さな小袋に苦笑。
商売上手というかなんというか。
私は名前だけをつげるとアイリスさんの後を急いで追いかけた。
……まぁ歩く速度自体ゆるゆるとしてるのですぐにおいつけるんだけど。