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好きとか嫌いとか  作者: 芦原ななみ
第1章
9/30

偽りの告白(1)

 暑苦しさで目が覚めた。視界に真っ白な天井が映る。暖房が効き過ぎているこの部屋は、紛れもなく保健室だ。

 そうだ、掲示板を見ているときに倒れたんだった……。どうやってここまで来たんだろう。真美ちゃんがここまで連れてきてくれたのだろうか。ぼんやりした頭で考えながら半身を起こしてカーテンを開けると、そこには眼鏡をかけた保健室の先生がいた。


「あら、目が覚めたのね」


 先生は私に気づくと、お茶を淹れたカップを持ってきてくれた。はい、と渡される。ベッドで飲むのはまずいので椅子に座ってそれを受け取った。


「ありがとうございます」

「急に倒れたんですってね。先生方もびっくりしていたそうよ。あの天沢さんがって」

「それで、その、私はなんで――」

「貧血と栄養不足よ。勉強もいいけどほどほどにね」


 栄養不足になるくらい勉強してこのザマだ。荒川は一体どれだけ勉強したんだろうか。駄目だ、考えたら頭痛が。頭が荒川のことを考えるのを拒否している。

「あいたたた……」と頭を押さえると、先生が心配そうに顔を覗き込んだ。


「私は席を外すけど、あなたはもう少し寝ていなさい。親御さんに迎えにきてもらえるのかしら?」

「両親は仕事が忙しいので、多分迎えに来るのは無理だと思います。でも大丈夫です。今日はすぐに帰りますから」

「そう? 頭を打ったとも限らないし、一応病院で看てもらうのよ?」

「はい」


 答案返却日で早く帰れるこの日に、保健室に来るような人は私以外にはいないようだった。しかも、自分の成績の順位にショックを受けて倒れただなんて、いくらなんでも恥ずかしすぎる。皆、絶対に気づいているよね。


「はあぁぁ~!」


 先生の出て行ったのを見計らって、勢いよくベッドに転がり大声を出した。

 やっていられない。今頃教室にも戻りにくいし、とりあえず寝よう。寝てから考えよう。

 そう思って布団を頭から被ったそのときだった。がたっ、と扉が開く音がして飛び起きる。まさか先生が出て行ってすぐに人が来るとは思わなかった。今の聞かれた?


「倒れるくらいショックかよ」


 そう言って顔を思い切りしかめる。「げっ」と声を出しそうになるのを必死に堪える。

 今、一番顔も見たくない奴がそこにいた。いつもは余裕があるのに、なんだか苛ついているように見える。負けたならともかく、勝ったんだから少しは嬉しそうにすればいいのに。じゃないと私が浮かばれない。

 私は逃げ出したい気持ちを抑えて、努めて冷静に口を開いた。


「なんで荒川……くんがここに?」

「ずいぶん嫌そうだな。せっかく鞄持ってきてやったのに」

「当たり前でしょ」


 荒川は私に鞄を投げて寄越した。危うく落っことしそうになるものの、なんとか受け止める。

 先生に「俺が鞄を持って行きます」とかなんとか言って、そこでもまた株を上げたに違いない。しかし、これも絶対に嫌がらせだ。全てはあんたが原因だっていうのに、どこまで嫌な奴なの。

 荒川はふん、と鼻を鳴らして言った。


「逃げられたんじゃ困るからな。今のうちに話つけとかねえと」

「逃げたりしないわよ」


 逃げられるものならとっくに逃げている。どうせ逃げたって無駄なんだ。荒川なら私の家に押し掛けかねない。

 荒川は疑わしげに私を睨む。


「分かってるよな。勝負に負けた方は勝った方の言うことを聞くって約束」

「……分かってるってば。もう二度と嫌いっていう態度は見せない。普通に接する。これでいいんでしょ?」


 私の言葉に、荒川は「はあ?」と眉を顰めた。


「誰がそんな言うこと聞けって言ったんだよ」

「え、だって、私が嫌いっていう態度を表に出すから、周りの信用に関わるって」

「だからってまだ俺の命令は言ってなかったはずだけど」

「そうなの?」

「当然だ」


 まるで非常識な人間でも見るかのような眼で私を見る。

 ちっ、やっぱり無駄だったか。わざと惚けて命令を決まったものにしようとしたけど、そんなに単純じゃないらしい。心の中で舌打ちする。


「じゃあ、どうすればいいの?」


 こうなったらもう自棄だ。開き直ってどんな命令でも受け入れてやる。


「あ、ちなみに犯罪や倫理に関わることは無理だから。優しい荒川くんなら分かってるとは思うけど。優しい荒川くんなら」

「二回言わなくても分かってるって。なんか鼻につく言い方だな」

「大事なことだもの」


 死ねとか金出せとか、無いとは思うけど身体だけの関係とか強要されたら堪ったもんじゃない。そういうことが目当てなら、私じゃなく他の人に勝負を仕掛けて欲しいものだ。

 荒川は「信用してねぇな」と零したけど当たり前じゃないか。誰が信用するものか。


「じゃあ言わしてもらうけど。俺からの命令はこうだ――」


 私のすぐ傍まで来ていた荒川は、他の誰に聞かれるわけでもないのに、命令の内容をそっと耳打ちするように囁いた。それを聞いた私の身体は硬直した。



   * * * * *



「嫌よ!」


 二人きりだけの保健室に私の声が響いた。荒川の言葉に、つい大声を出してしまった。慌てて声を落とす。


「そんなのできるわけないでしょ?」

「約束したのに破るんだ、天沢サンは」


 ここまで来て反抗する私に、荒川は不服そうだ。でもそうなるのも無理はないと自分で思う。それほど荒川の命令は無茶な要求だったのだ。確かに倫理的には問題のない範疇なのかもしれない、けどそれにしたってだ。


「まさかこの期に及んで断るとは言わないよな?」


 荒川の顔が目の前に迫った。ベッドに腰掛けながら勢いよく後ずさる。

 断れるならどれだけ楽か。荒川は絶対に許さないだろう。断ったところを想像するだけでも怖い。

 確かに勝負には負けた。私も了承はした。でも、だからってそこまですることないじゃない。こんなのってあんまりだ、鬼畜だ、最低だ、酷すぎる……。あまりの屈辱的な命令に私の目が涙で霞んでしまった。しかし、それでも荒川は折れるつもりなどなさそうだった。

 私の無言を了承したと受け取った荒川が言う。


「いいか。実行するのは明日の放課後。皆のいる前――つまり教室でだ。やらなければどうなるのか、分かってるよな?」


 口角を上げてにやりと笑うその笑みは、悪魔の微笑みだと思った。






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