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好きとか嫌いとか  作者: 芦原ななみ
第1章
8/30

真剣勝負(4)

 いよいよ待ちに待った試験当日。私は今までにない緊張に全身が震えていた。大袈裟ではなく、本当に震えていた。

 大丈夫だ。やるべきことはやった。これまでも一位だったし、今回も一位じゃないはずがない。あとは最大限に力を出し切るのみだ。張り切って最後の見直しをしようとしたその時、大きな欠伸が出た。

 期末は中間よりも科目が増えるため、必然的に勉強量が増える。少しでも点数を稼げるようにと、つい夜更かしをして勉強していたら、気づけば朝になっていた。ここ最近は徹夜続きだったからか、頭がぼうっとしている。テストの前日くらいはぐっすり寝て力を付けておこうと思っていたのに。それに問題はこれだけじゃない。

 私は重要な科目――数学や国語、英語を重点的に勉強をしてきた。保健と政治・経済も一応やるにはやった。しかし、一番重要なのはあくまで受験に必須な科目だ。ならばと重要な科目ばかり勉強していたせいで、すっかりその他の科目の復習を忘れていた。保健と家庭科なんてほとんど勉強してくる人はいないから、大体は楽な問題ばかりが出題される。今回も先生がそうしてくれることを祈るばかりだ。


「朝から顔色悪いわね」


 教室に入ってきて開口一番、真美ちゃんが言った。私のやつれた顔を見て心配して、私の額に手を当ててくる。


「熱は無いみたいね。だけど無理しちゃ駄目だからね。なにがなんでも教室で受けなきゃいけないわけじゃないんだから。しんどかったら保健室に行きなさいよ」


 まるで母親のように心配してくれる真美ちゃんには、本当に頭が上がらない。


「ありがとう」

「大丈夫よ。どんな結果だろうと、この試験が終われば冬休みじゃない」

「そういう問題じゃないのよね……」

「なんか言った?」

「え、いやなんでも」


 真美ちゃんも結城くんも、私に無理をするなと言ってくれる。その言葉は私をだいぶ楽にしてくれた。だけど、勝たなければ意味がないのだ。負ければ最後。場合によっては、冬休みを安全に迎えることができるのかも分からない。

 この日のために頑張ってきたとはいえ、不安がないわけではなかった。なにしろ頑張っていたのは私だけじゃないのだから。荒川も十分過ぎるくらいに勉強していたと噂で聞いた。朝、休み時間、放課後まで――教室や図書室で、荒川が勉強している所を見たという目撃情報が後を絶たなかったのだ。遅刻してきて、放課後は友達と遊びに行く。そんな今までの彼の様子からみても、ものすごく大きな進歩だと思う。

 荒川の今までにない頑張りに、周りも彼を応援し始めていた。皆が荒川が一番になることを望んでいるのだ。

 中には私達に影響されたのか、必死に勉強する子まで出てきた。私と荒川が頑張れば頑張った分、このクラスの平均点が上がるわけだから、それを危惧してのことなのだろう。しかし、どうして一位と二位が同じクラスになったんだろうか。荒川と同じクラスじゃなければ、今までどおり目立たず騒がれず。平穏な学園生活が送れていたというのに。なんにせよ、この試験で決着がつくのか。

 感傷に浸っていると着々と時間が進み、試験監督の先生がやって来た。試験開始まであとわずかというとき、ほんの一瞬だけど、荒川と目が合った。というか見られた。


 ――いったい何?


 試験開始のチャイムが鳴るまで、その視線に絡め取られて身動きが取れなかった。


「はい、始め」


 試験監督の声で我に返る。皆はもう既に紙を裏返して名前を書いていた。私もペンを取り、名前を書いていく。


「……っ!」


 最後の文字を書くとき、力を入れすぎたのかシャーペンの先がぼきっと折れた。認めたくないけど、私はさっきの視線に動揺していた。既に勝った気でいるような、自信に満ちた眼。

 もしも私が負けたら、きっとこいつは全力で叩きのめしてくる。そうなったら私は――。

 そんな恐怖を抱えながら、試験は一週間続いた。



   * * * * *



 試験が終わり休みが明け、そうして迎えた試験結果発表の日。試験の日と比べて、不思議と不安はなかった。荒川の視線に怯えたものの、結局自分の力を出し切ることができたのだ。一番自信があるのは英語でその次が数学、国語と、難しい科目はすらすらと埋めることができた。これだけ勉強したんだ。私に勝つには満点か、それに近い点数でも取らない限り難しいんじゃないだろうか。軽い足取りで教室へ向かう。

 すると既に掲示板前には人集りができていたが、何故かその人数はいつもの比じゃなかった。掲示板の順位に載るのは上位だけだからと、普段は見向きもしない生徒が多いというのに、今回ばかりは全クラスの生徒がいるのではないかと思うほどの人数だ。そして、その中には真美ちゃんもいた。傍まで近寄って声をかける。


「真美ちゃん、すごい人だけど結果はもう見たの?」

「美代子……あ、いや……」


 いつもははっきりと物を言う真美ちゃんが、この日は珍しく言葉を濁していた。確信めいたものが頭をよぎる。嫌な予感に冷や汗が止まらない。

 まさか。人垣を強引に掻き分けていくと、私の存在に気づいた生徒たちが避けてくれた。見守るかのように次第に静かになっていく。

 人集りの中心にある掲示板を見て言葉を失った。


 1位 荒川隆司

 2位 天沢美代子


 目の前の現実を受け入れることができない。だけど本当は気づいていた。真美ちゃんと話したとき、いや、もっと前――この人集りを見たときから私が負けていたことに気づいてはいたのだ。でも信じたくなかった。

 再び騒がしくなる廊下。


「本当に荒川が勝つとはなぁ」

「やっぱりあいつはすげーな」

「今まで本気を出してなかったってことだな」


 周りの会話がこれを現実だと突きつけてくる。

 ――負けた。この私が。この数年間、ずっと一番だった私が。

 嘘だ。


「ちょっと、美代子!?」


 遠くで真美ちゃんの呼ぶ声がした気がするけど、気持ち悪くて返事どころじゃなかった。くらくらと目眩がする。最近徹夜続きだったのが、今になってスタミナが切れた。休みの日を挟んだとはいえ、十分休めたわけじゃなかったみたいだ。

 倒れる瞬間、視界の端に荒川が映った気がしたけど、私の意識はそこで途切れた。





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