天沢と荒川(4)
「そんなに俺のことが嫌い?」
突然、真剣なトーンで投げかけられた問い。
ここまで来たら、もうどう思われようが構わない。本人を前にしてどうかと思ったが、開き直る気持ちで、私は黙ってうなずく。
ふん、と鼻で笑って荒川は続けた。
「そんなに俺が嫌いなら勝負しようか。次のテストで勝ったほうに一つだけ命令を下せる。真剣勝負だよ」
は? と、今度こそ本当に固まった。彼の言葉を咀嚼するのに時間がかかる。
勝ったほうが命令を下す、ということは、負けたほうは言うことを聞かなければならないということになる。
「そんなの、乗るわけないでしょ?」
予想通りの答えだったのか、荒川はやっぱりなとばかりにせせら笑った。
「できないんだ。あの学年トップの天沢さんが?」
馬鹿にしたような笑みを浮かべ、こちらを見下ろしてくる。その様子は自信に満ち溢れていた。
私は平静を装って言う。
「できないんじゃなくて、やらないだけ。やる意味がないもの」
「自信がないんだろ?」
見下したような物言いに、かちんときた。さっきから言わせておけば、調子に乗っちゃって。
「なに言ってるの? 毎回負けてるのはそっちじゃない。それに、私が勝ってもなんの利益もないし」
そう、勝負なんてこいつの自己満足。自分が負けたところで、「なにマジになってんの?」とかなんとか言って、こっちの言うことなんて聞かないに決まっている。勝負する意味なんてない。私が勝つことも目に見えている。
しかし、そこは荒川も引かなかった。
「お前がなくても、こっちが困るんだよ」
「どうして」
お前って言った? 今、お前って言ったよね?
冷静を装ってそう答えたけど、内心はひどく動揺していた。
「天沢さんが俺を避けてるって、けっこう有名でさ」
「は?」
その言葉に衝撃を受けた。
私がこいつを避けていることが、有名? ありえない。
「そんなはずは――」
「ないって? どうしてそう言えるんだよ。あんな鬱陶しそうな眼で、いつも俺を見るくせに」
私の言葉を遮って、荒川は忌々しそうに吐き捨てた。
「あんたが目立つから嫌でも目に行くんじゃない」
そうだ。誰がこいつを好きで見るものか。
「それに、私が荒川くんを避けていることが有名だとどうなるの? 不都合なことなんてないでしょ」
「あるんだよ。俺の信用に傷が付く」
それなら、どうしたっていうのか。なんにせよ、私には関係のないことのように思えるけど。
私が黙っていると、荒川はさらに続けた。
「嫌いだからって、それを他人に知られるほど表に出していたら、常識に欠けるってもんだろ? だからお前には勝負を受ける責任がある」
あんたのほうが常識に欠けていることに、まず気付け。
心の中で毒づきながらも、確かにそれも一理あるのかもしれないと思った。無意識とはいえ、明らかに避けているように見えたのなら、それは私の失敗だ。
だけど、どうしても受け入れたくないのも事実。こいつと少しでも接点を作るなんて、冗談じゃない。
「それでも断るって言ったら?」
最後の悪足掻き。心のどこかでは、もう逃げられないと分かっていた。
案の定、荒川は厭らしい笑みを浮かべると、私の耳に口を近づけて言った。
「一生お前に付きまとってやる」
私に対する最大の嫌がらせだ。こいつならやりかねない。というか絶対にやってくる。
悔しいけれど、折れないわけにはいかなかった。
「……分かった。じゃあ私が勝ったら、もう一生関わらないで。話しかけるのも無しだから」
本当に面倒だけど、一回こっきりの勝負だ。それも私の得意分野。勉強だけなら負けたことがない。
不承不承うなずくと、荒川は満足げに笑った。さっきまでの厭な笑みじゃなく、憎たらしいほどに清々しい笑顔。
「勝負は次の期末試験だ。成績が上位だったほうが勝ち。休んだとかで試験を放棄した場合は、負けとする。これでいいな?」
既に勝った気でいるような荒川の態度に嫌気が差す。どこからそんな自信が湧いてくるのか。
こうなったら。徹底的に叩きのめしてやる。勉強では、私に絶対勝てっこないことを思い知らせてやるんだ。