天沢と荒川(3)
どれだけ優しくしようが、これが本当の荒川じゃないことを私は知っているんだから。猫被りめ。
あの頃と大きく変わった広い背中を見ながら毒づく。結局断れず、荒川の後ろをついて行くしかない自分が惨めだった。
私の歩幅に合わせてくれているのか、ゆっくりと歩いていた荒川が、ふいにこちらを振り向いた。
「天沢さんってさ、もしかして男嫌い?」
「え?」
急に何を言い出すのかと思ったら。
「男嫌いってわけじゃないけど。どうして?」
「なーんかよそよそしいからさ。天沢さん、内部生だったよね?」
「そうだけど。別に荒川くんとは親しいわけじゃないから」
エスカレーター式で同じ中学だったとはいえ、同じクラスになったのは、今年が初めて。荒川が私を忘れているのも無理はなかった。
やっぱり、あのときのこと忘れているんだ。そう思ったら苛ついて、そっけない言い方をしてしまった。だけどしょうがないよね。そもそも悪いのはあっちだもの。
嫌な空気が流れるなか、荒川は再び歩き出した。
資料室の前まで来たところで、私たちは立ち止まる。私は先回りして資料室の扉を開けた。
「ここまでありがとう。あとの片づけは自分でやるから」
無理矢理に笑顔を作って礼を言う。しかし、荒川は私の言葉を無視して、一緒に資料室に入って来た。
「え? あの……?」
戸惑いを隠せない私に、荒川は静かに後ろの扉を閉めた。部屋が閉め切られたその瞬間、荒川は持っていた箱を乱暴にこちらに投げて寄こした。ばこん、と大きな音を立てて落ちたそれに、思わず肩が飛び上がる。
一体なんなの?
ただならぬ雰囲気に、私の脳が警鐘を鳴らしていた。
――逃げなければ。
咄嗟にそう思って、私の足が動いた。しかし、私が動くよりも早く、荒川が私の腕を掴んでいた。痛いくらいに強く、扉側に身体を押さえつけられる。
「まだ話があるんだけど」
それまで下を向いていた彼が、私の腕に力を込めながら顔を上げた。途端に、一気に体から血の気が引いていく。
彼の冷たく、真っ暗な双眸が私を見下ろしていた。さっきの人の良い笑みを浮かべた人物は一体誰だったのか。忘れてしまうほど、その瞳は別人のものだった。
「天沢さんってさ」
言葉を失って、ただ固まっているだけの私に、荒川が言う。
「俺のこと嫌いだよね?」
正直な私の体が、その言葉にびくっと、大きく反応した。
どうしてそれを……。
その様子を見て、荒川が低く笑う。
「わかりやすいな。それで隠してるつもりなんだ? 言っとくけどばればれだよ。俺を見る敵意剥き出しの眼とかさ」
そんなはずはない。私は、極力荒川を視界に入れないよう、無視するように心掛けていたのに。どうしていつの間にかばれてしまっていたのだろう。
「もうご機嫌とりはおしまい。むかつくんだよ、その眼とか」
呆然としている私に、荒川は冷たく言い放つ。瞼に手が触れ、思わず息を呑む。
どうして私が荒川を憎んでいるのか。
その理由を言い出す気になれなかったのは、彼が私のことなどこれっぽっちも覚えていなかったからだけじゃない。他人から見れば、ただ同級生に侮辱されただけのこと。中学生ならなおさら、言ってしまいがちのことだ。ただそれだけのことで、私がずっと怒っていたのだと知られたくなかった。
荒川に対して、私はずっと無関心でありたかったから。