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好きとか嫌いとか  作者: 芦原ななみ
第1章
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天沢と荒川(2)

 中学の頃から、私は勉強一筋だった。私にはこれといって誇れるものがなかったから、せめて勉強だけでも頑張るように、親から散々言われてきたから。

 第一志望だった私立中学に受かってからも、頑張って、頑張って、頑張って……。ようやく成績上位に貼り出されるようになった頃だった。ずんずんと他の人の成績を抜いていく私は、校内でちょっとした有名人で、私を知らない者はいないと、少しばかり天狗になっていた。

 だから、あいつの一言にはショックを隠せなかった。




「天沢美代子ってお前か?」


 休み時間。わざわざ私を訪ねに教室までやってきたのは、あの荒川だった。あの頃の荒川は、今よりもずっと背が小さくて、声が高くて、そのくせ横柄な態度をしていた。

 なに、この偉そうな人。というのが、私の奴への第一印象だった。


「そうだけど」


 私がそう答えると、荒川は「ふうん」と嫌な笑みを浮かべて言った。


「なんだ。天沢美代子っていうくらいだから、どんな美人かと思ったけど、全っ然じゃん」


 そのとき、ぷつっと、何かが頭の中で切れる音がした。

 なにも理由なく荒川を嫌いになったわけじゃない。

 恥ずかしすぎて誰にも言えないことだし、言った当の本人はとっくに忘れているかもしれないけど、私にとってはとてもショックな出来事だった。

 しかも、ここ最近の成績順位で奴に抜かされそうになっているという事実が、さらに荒川を嫌いにさせた。今はまだ辛うじて一位を保てているけど、いつ抜かされてもおかしくない。

 憎き荒川には、絶対に負けるわけにはいかなかった。



     * * * * *



「天沢。ちょっと資料室まで行って、これを直して来てくれないか」


 そう言って先生に呼び止められたのは、日本史の授業の後のことだった。

 嫌な先生に捕まってしまった。資料室って教室から結構遠いじゃない。しかもこんなにいっぱいの荷物……。これって完全にパシリだよね?

 なんとも言えない顔をしていただろう私に、先生は無理矢理に荷物を渡すと言った。


「頼んだぞ。学年トップの天沢には、先生たちみんな期待してるんだ」

「はい」


 相手が先生なんだから、そう言われれば断れるわけがなかった。

 私の返事に気をよくした先生は、じゃあな、と私の肩をぽんと叩くと去っていった。どうせこれから喫煙所にでも行くのだろう。

 こういうときに限って、生徒を煽てる先生も大嫌いだ。


 資料室は別棟一階の美術室の隣にある。節電で薄暗い廊下は、人通りが少ないせいか昼間だというのに余計に不気味だ。


「重い……」


 先生に渡された小さめの段ボールの中には、昔の日本の地名が書かれた地図などの教材がみっちりと入っていて、見た目以上に重かった。しかも段ボールで前が見えない。

 何度も持ち直しながら資料室までの道のりを歩いていると、どん、と誰かにぶつかった。


「あ、ごめんなさい!」

「手伝おうか?」

「え……ひっ!」


 顔を上げ、ぶつかった相手を見て思わず悲鳴をあげる。荒川隆司がすぐ近くで私を見下ろしていた。咄嗟に距離をとる。

 荒川は怪訝そうにこちらをじっと見つめていた。


「“ひっ”?」

「……な、なんでもないです。ごめんなさい」


 早く。早くこの場を去らなければ。

 足早に去ろうとしたのに、次の瞬間には腕を掴まれていた。


「いや。やっぱり手伝うよ」


 そう言って強引に荷物を取られる。


「女の子にこんな荷物持たせるわけにはいかないからな」


 おどけた調子で言う荒川に寒気がした。

 ……やめてよ、反吐が出るから。




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