天沢と荒川(1)
天沢美代子、十七歳、高校生。私には人生の中で、これほど嫌いになるかというくらい、大嫌いな奴がいる。奴のことを思い出すだけで頭痛がしてくるほど、私はあいつが嫌いだ。
人集りができている教室横の掲示板前。私は少し外からそれを見ていた。名前が並ぶ一番上に、自分の名前があることを確認して安堵する。よかった、今回も一番だ。
ほっと胸をなで下ろしていると、隣に人の気配がした。
「さすが、美代子。また一番じゃん」
同じクラスで、幼なじみの真美ちゃんが、同じように掲示板を見上げながら言った。いま来たところなのか、少し息が弾んでいる。
「真美ちゃん、おはよう」
「おはよう。私は見るまでもなく、ここには載ってないの判りきってるけど。やっぱり美代子はさすがだわ」
「私には勉強しか頑張ることがないからね」
「それよそれ。それがすごいのよ。皆、勉強を頑張ることが出来ないんだから」
そうかな、と真美ちゃんの言葉に、私は少し首を傾げる。中学時代からずっと、吹奏楽部に打ち込んでいる真美ちゃんのほうが私は羨ましい。仲間と何か一つのことに打ち込めるのは、一種の才能だと想う。
人見知りの私にはそれが出来ない。だから、勉強を頑張るしかないのだ。別に掲示板に貼り出されたくて勉強をしているわけじゃない。
いまどき期末だけじゃなく、中間試験の成績を掲示板に貼り出す学校なんて、うちの学校くらいだと思う。いくら成績上位の者しか貼り出されないからといって、生徒への配慮をしているうちに入らないのだ。現に学年トップの私が目立ちたくないと思っているのだから。
まあ、目立ちたくないという思いは、毎回いらぬ心配に終わるわけだけど……。
というのも、幸か不幸か毎回、学年トップの私より目立つ奴がいるからだ。
「あ、あいつもまた二位なんだ」
ふいに聞こえた真美ちゃんの言葉にドキッとする。私は曖昧に笑って誤魔化す。
「最近、すごい伸びてきてるよね」
「ほんと。見かけによらず、あいつって真面目なのね。偏見で決め付けちゃいけないけど、なーんか理不尽っていうか」
わかる。わかるよ、その気持ち!
真美ちゃんの言葉に、私は全力で同意した。
私の名前の下、二位の欄に書かれている名前に、まだ納得がいかずに掲示板を睨んでいたけど、ふいに真美ちゃんに腕を掴まれた。
「やば。もう予鈴鳴ったよ、急ごう」
促されて教室に入る。席について準備をしているうちに本鈴が鳴った。
「はい、じゃあホームルーム始めるぞー」
担任が今まさに出欠を取ろうとした瞬間。
「おはようございまーす!」
ガラッと勢いよく教室の扉が開かれる。入ってきた人物を見た担任の顔が、一気に輝いた。
「おお、見たぞ荒川! また二位だったな」
ぎりぎりとはいえ遅刻したんだから、普通ここは怒るところじゃないのか。しかし、そんなことを気にしているのは、このクラスで私しかいない。残念なことに、このクラスでは誰もがこいつ――荒川隆司を待ちわびていたのだから。
私を除いたクラス中の誰もが、荒川を絶賛していた。
「お前、授業寝てたくせに!」
「二位とかすげーよ」
「まあ、俺はやれば出来る子だからね」
むかつくことをさらっと言ってのけた荒川隆司。今回の二位獲得者は、他でもないこいつだった。
まるでこいつが学年トップであるかのような、皆の反応っぷり。確かにこいつのおかげで私は目立たずに済んでいるわけだけど、この反応にはさすがに落ち込む。
普段、遊んでいるくせに、ちゃっかりと良い成績をとる。真面目じゃないのに、先生に好かれる。そう、私はこういうタイプの人間が大っ嫌いなのだ。