表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
電脳遊客  作者: 万卜人
第十回【暗闇検校】の正体の巻
86/87

 俺は無意識に懐に手を伸ばしていた。

 指先が、ひやりとした鋼鉄の感触を伝えてきた。

 あっ! 俺は弁天丸の拳銃を持ち歩いていたんだ! すっかり、忘れていた!


 両手に拳銃を構え、天井を狙う。視覚を赤外線モードにして、天井の構造を探った。たちまち、他の三人の体温が感知され、ぼんやりとした映像となって見えていた。

 天井を見上げると、隙間が微かに明るく光っている。部屋の照明が、赤外線を発しているのだ。俺の目は、撥ね上げ蓋を留めている蝶番ちょうつがいを探していた。

 よく、刑事ドラマで、扉の鍵を銃弾で壊すシーンがあるが、プロは蝶番を狙う。その方が、確実に扉を壊せるからだ。


 弁天丸の持ち歩いていた拳銃は、口径の大きな、手に持てる大砲とでも言える長大な銃身になっている。

 俺は銃器については詳しくない。何しろ、江戸の【遊客】だからな。しかし、それでも、こんなもので撃たれたら、確実に即死だろうな、とは、判断できる。


「それ、弁天丸の拳銃ね!」

 晶が、俺と同じように、赤外線モードにしているのだろう。こっちを向いて、口を開いた。

 赤外線にしているので、表情の細かいニュアンスは判らない。俺が構えているのを見て、慌てて両耳を塞ぐ。

「撃つぞ! 耳を塞いでいろっ!」

 俺の言葉に、吉弥と玄之介も、慌てて両耳を手で塞いだ。

 渾身の力を込め、銃爪に指先を掛ける。

 焦らぬよう、ゆっくりと、確実に……。

 どかーん! と狭い落し穴に、拳銃の轟音が響き渡る。ぱっと銃身の先端から、オレンジ色の炎が長く伸びた。反動で、俺は後ろに引っくり返る。

 ざばり、と俺は水の中に仰向けに倒れる。水量は、意外と早く俺たちの胸まで達していた。一瞬、俺の頭が水面の下に沈む。


 がばごぼげべ……! と、俺は水をしたたかに飲み込み、無我夢中で立ち上がった。

 ぶるん、と頭を振り、上を見上げる。

 光だ!

 天井の、照明が眩しく目に飛び込んだ。

 撥ね上げ蓋は、斜めに傾いで、落し穴に落ち込んでいる。三人が、眩しさに、目をパチパチと瞬いていた。

 水はどんどん嵩を増し、俺たちはぷかぷか水面に浮かびながら持ち上がる。もし、蓋が閉まったままなら、このまま四人の土左衛門のできあがりだった。


 床に達し、俺たちは必死になって這い上がった。

 ぎくり、と俺たちは床に目を落とす。

【暗闇検校】が仰向けに倒れている。

 身体中から、夥しい血が流れている。近寄ると、肩口から斜めに、見事に斬り下げられていた。

 吉弥が、破れかぶれに振り被った刀が、【暗闇検校】をたおしたのだ!

 振り返ると吉弥は、唇をへの字にして、怖い顔を作っていた。いくら敵とはいえ、殺人を犯したのだ。目覚めは悪かろう。

 吉弥は、腰の刀を鞘ごと、引き抜いた。がらん、と床に投げ出す。

「吉弥、お前、それを……?」

「要らないよ! こんな刀……。持ってたら、騒動の元だ!」

 吉弥は吐き捨てるように、答えた。

 俺は頷いた。確かに、【遊客】の気迫を打ち消し、増幅させる刀など、江戸に存在したら、何が起きるか、判ったものではない。

 玄之介が周りを見て、慌てて叫んだ。

「鞍家殿! 水は、まだ増えておりますぞ!」

 玄之介の言葉通り、水量は益々増えていた。装置を操作する【暗闇検校】が倒されたままなので、水の取り込みを中止できないのだ。

 水は、川から引き入れているはずだから、このままでは【暗闇検校】のアジトは、完全に水没する。

「逃げよう! ちょうど良い。【暗闇検校】もろとも、ここは水に沈めてしまおう!」

 俺は装置に向けて、拳銃を次々と打ち込んでいく。全弾が装置に吸い込まれ、撃鉄ががちっと落ちて空撃ちする。総て撃ちつくしたのだ。念のためである。

 どこか、装置の急所を直撃したらしく、恐ろしいほどの火花が上がった。朦々と煙が充満する。

 役目を終えた拳銃を、すでにひたひたと辺りを浸している水面に、ポイと投げ込む。ちゃぷん、と音を立て、拳銃はあっという間に見えなくなった。

 仰向けに倒れた【暗闇検校】の死体は、ぷかぷかと力なく水面を漂っていた。

 俺たちは、全力で階段を駆け上がり、廃寺に戻っていった。最後にちらりと振り返ると、【暗闇検校】の秘密の場所は、完全に水に沈み、もう、跡形もなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ