八
落し穴に俺たちが呑み込まれる瞬間、吉弥は長大な刀を、真っ向に【暗闇検校】に振り下ろしていた。
俺の角度からは、吉弥の切っ先が【暗闇検校】をばっさりと斬っていたかどうか、はっきりとは判らない。
が、「ぎゃあ──っ!」という、魂消るような叫び声が、聞こえていた。
もしかしたら……?
いや、もし【暗闇検校】が吉弥によってやられたとしても、俺たちの窮地には、何の変わりもなかった。
【遊客】の持ち合わせる、超人的な運動神経と平衡感覚で、頭から落下するのは防げたが、相当に穴は深そうだ。
蓋はすぐに戻り、俺たちは暗闇に取り残されてしまった。暗視モードにしても、何も見えない。暗視モードは、僅かでも光があれば、増幅できるが、まったくの暗闇では役に立たないのだ。
「ど、どうするの?」
暗闇で晶の震え声が聞こえてきた。玄之介の、辛抱強い答がした。
「晶殿。だから、拙者が申したであろう? そこもとは、現実へ戻るよう忠告申し上げたはずじゃ!」
玄之介は、諭したつもりが、逆効果だった。晶は暗闇の中、爆発した。
「何を呑気なお説教をしているのっ! 助かる手段はないの? ねえ、二郎三郎。あんた、黙ってないで、何とか言いなさいよ!」
「何とか」
俺が答えると、吉弥が暗闇で「ぷぷぷぷ……」と忍び笑いをする。晶は、呆れ返ったのか、黙り込んだ。
俺は吉弥に尋ねた。
「おい、お前さんの刀、天井に届くか?」
「やってみるよ!」
吉弥が答え、すぐ天井の方向から「どん、どん!」という、刀の切っ先で突っつく音が聞こえた。吉弥は溜息を吐いた。
「届くが、蓋は固いようだ。刀で突っついたくらいじゃ、開かないね……」
「そうか」
俺は絶望感に肩を落とした。このまま、暗闇の中、時間切れで〝ロスト〟してしまうのだろうか?
と、微かな音が響く。何か、別の場所で蓋が開くような音だ。
次いで、どどど……という、耳障りな轟きが近づく。
なんだ?
ばしゃばしゃという水の音!
水責めだ!
「きゃっ!」
晶が飛び退く気配。
「水よ! 水が入ってきた!」
そんなの、判り切っている。
そうだ! 俺は【暗闇検校】に水責めで殺されたのだ! 溺れるまで、仮想現実の接続を切断できなかったのは、結界に閉じ込められたままだからだ。同じ状況が、繰り返された!
どうする? このままじゃ、今度も俺は──いや、晶、玄之介、吉弥と共に溺れ死んでしまう。
俺と晶、玄之介の三人は、記憶を失くしても現実世界に戻れるが、吉弥はそのまま、この世とのお別れになる。
ひたひたと水は足下に達し、たちまち踝を越えた。もう、脛まで上がってきている。
迸る水には、微かに匂いがついている。水草の匂い。多分、廃寺のある辺りの、川の水を引いているのだ。
「鞍家殿!」
「二郎三郎っ!」
「伊呂波の旦那!」
三人の悲鳴が、暗闇を切り裂く。
俺に頼られても困る。何しろ、一度は同じ手でやられているんだからな!