六
吉弥が喚き声を上げ、【暗闇検校】に斬り懸かる! 長大な刃が、唸りを上げ、一閃した!
が、吉弥の動きは緩慢で、【暗闇検校】は楽々と躱す。
しかし【暗闇検校】は完全に虚を突かれて、躱したあとも、両目が飛び出んばかりに見開かれている。
「なぜだ! なぜ、貴様は刃向かえる?」
吉弥の肩が、大きく上下している。怒りだけが、全身の筋肉に力を与えているようだった。
【暗闇検校】は、吉弥の構えている刀に目をやった。腕を挙げ、震える指先で吉弥の刀を指さす。
「そ……、その刀は、儂らが弁天丸に与えてやった刀ではないか! なぜ、貴様が持っている?」
なぜか【暗闇検校】は、吉弥の刀に異常なまでの関心を示していた。
俺の頭にある考えが浮かんだ。
もしかしたら、弁天丸の刀には、【遊客】の気迫を打ち消す仕掛けが施されているのではないか? だから弁天丸は、俺の気迫に平気な顔をしていたのかもしれない。
現在の【暗闇検校】は複数の人格に分裂している。その分、最大パワーの気迫が低下し、弁天丸の刀によって打ち消されたのだ! 刀を持っている吉弥が戦える理由も、そう考えると、納得だ!
くくくく……と、【暗闇検校】は歯を食い縛り、吉弥に向かって視線を固定する。両目から、恐ろしいほどの意思の力が迸っているのが、目に見えるほどだ。
視線を浴び、吉弥の全身が凝固した。
しかし【暗闇検校】の意思が吉弥一人に向けられているため、俺は完全に行動の自由を取り戻せた!
全身に活力が戻ってくる。俺は両手のトンファをぶんぶん音を立てて振り回すと、【暗闇検校】に向かって走り出した。
さっと【暗闇検校】の視線が、こちらを向く。途端に、俺は停止していた。総ての随意筋が俺の意思に反し、勝手な行動をとろうとてんでばらばらに反応する。
ぎりぎりと全身の腱という腱、関節という関節が逆の方向に捻じれ、引き裂こうとしている!
俺は【暗闇検校】の目の前で、場違いともいえる踊りを強制されていた。
しかし【暗闇検校】が、俺に注意を向けているせいで、晶と玄之介は行動の自由を取り戻していた。
「きえええいっ!」
玄之介が気合を込めて、十手を振り被る。
「いや──っ!」
晶が声を張り上げ、ヌンチャクを振り回していた。
「く、糞っ!」
【暗闇検校】は、完全に焦りを見せていた。
分裂した仮想人格により、【遊客】を縛る気迫が弱くなっている。全員を一度に支配するわけにはいかなくなっていた。
玄之介が襲い掛かると、玄之介を。晶が前へ出ると、晶を。それぞれ気迫で支配する、だが、すぐ注意が逸れると、別の相手が行動の自由を取り戻す。
おまけに吉弥もまた、弁天丸の巨大な刀を構えて【暗闇検校】を狙っている。
それでも【暗闇検校】は〝超〟【遊客】だ。三人の攻撃を受け流し、飛び跳ねるような動きで躱している。しかし息は弾み、顔からはだらだらと大量の汗が噴き出ていた。
一方、【暗闇検校】の身体から抜け出た、仮想人格は、最初こそ幽霊のような半透明であったが、時間が経つにつれ、徐々にはっきりと実体を持ち始めていた。
俺の目の前に立っている幽霊の、目鼻立ちが整い始めた。想像していた通り、仮想現実の江戸で二百年を過ごしてきた老人の姿が、目の前にあった!
ぜいぜいと、老人は苦しそうに喘いでいた。無理もない。単独の人格なので、合体していた頃のような、超人的な体力はすでに失われているのだろう。
こいつが、俺をコピーした仮想人格なのだろうか? あまりに年齢を重ねているので、目鼻立ちに俺の面影を探すのは、不可能に近い。
老人の瞳に、俺は羨望を見たように感じた。だが、それも一瞬だった。
いきなり、老人は、げほげほと苦しそうに咳き込むと、ぱたりと膝を床に落とし、蹲った。
俺は慌てて駆け寄った。
「おい、大丈夫か?」
仮にも、俺のコピーである。つい、身内に対するような、気持ちになる。
老人は、ぐっと顔を挙げ、目を一杯に見開いた。瞳に、膜が被り、ほとんど視力を失っているようだ。皴だらけの口許が動き、何か言いかける。
「お……俺……、俺の……!」
老人の言葉は濁り、聞き取りづらい。
「何? 何と言った?」
ごぼごぼと、老人の口から奇妙な音が聞こえてくる。表情が見る見る土気色に変わり、がくりと老人は首を垂れた。全身がぐったりとなり、力が抜ける。
俺は老人の首に指先を当てた。頚動脈を探るが、何の反応もない。
死んでいる!