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電脳遊客  作者: 万卜人
第十回【暗闇検校】の正体の巻
81/87

 階段を降りると、薄暗い部屋へ出る。

 部屋には、無数の機器が設置され、幾つもの計器や、表示装置に明かりが瞬いていた。

 機器が最新式なことは判る。だが、何のための機械なのか、さっぱり見当がつかない。しかし江戸では絶対、存在し得ない装置であるのは、明らかだ。


 部屋の真ん中に、寝椅子があった。


 俺は寝椅子に近づき、そっと表面を撫でてみた。滑らかな革張りで、寝心地は良さそうである。

 寝椅子を見て、ある考えが湧き上がる。

「こりゃあ、まるで……」

 俺の呟きに、吉弥が答えた。

「そう、あちしも同じ考えだよ。まるで、仮想現実接続装置で使う、寝椅子にそっくりだってね!」

 玄之介が素っ頓狂な声を上げる。

「し、しかし、今、拙者らがいる場所が、仮想現実なのですぞ! この装置で、どこに接続するというのです?」


 ──現実に決まっておる!


 不意に聞こえた声に、俺たちは文字通り飛び上がった。

「だ、誰!」

 晶がキョトキョトと辺りを見回し、声を張り上げる。さっとヌンチャクを目の前に構えるが、腰がすっかり引けている。

 俺は声の聞こえた方向に見当をつけ、叫んだ。

「お前は【暗闇検校】か? 出て来い!」

 薄暗がりから、一人の人物が滲み出るように、姿を表した。

 西洋の魔法使いのようなフードつきのマントを頭から被り、ことり、ことりと手にした杖を突きながら近づいてくる。

 背は、そんなに高くない。覚束ない足取りから、相当の老人と思われた。フードのせいで、顔は見えない。

 俺たちは、老人から発散される迫力に、たじたじとなっていた。

 恐怖が凝固し、老人の姿を取っているかのように、俺たちには思われた。何がそれほど恐ろしいのか、まったく判らないが、背筋に寒気が走る。

「あんたが【暗闇検校】なのか?」

 俺は、もう一度、ゆっくりと尋ねた。

 老人は微かに頷いた。

 す──、と手を挙げ、頭から被っているフードを後ろに撥ね上げる。

 老人の顔が顕わになった。

 どこといって特徴のない、平凡な顔立ち。ただ、恐ろしく年齢を重ねていた。肉はすっかり削ぎ落とされ、頭蓋骨に皮一枚がやっとへばり付いているといった感じだ。頭髪は一本もなく、頭の形が剥き出しになっている。引っ込んだ眼窩から、二つの両目だけが生き生きと輝いた。

 老人は俺を突き刺すような視線で眺めると、笑い顔を見せた。頬が引っ込み、目尻に深々と皴が寄る。骸骨が笑っているかのような、奇妙な笑い顔だった。

「鞍家二郎三郎……。よくぞ、ここまで辿り着いた! もう、儂の正体については、判っているのであろう?」

 俺は肩を竦めた。

「まあな……薄々とは判ってきた。しかし、まさか、という気持ちが大きい。俺としては、自分の予想が間違っていると思いたい」

 ひゃっ、ひゃっ、ひゃっ……と、【暗闇検校】は乾いた笑い声を上げた。百年ぶりの笑いのように、ぎこちないものだった。

「言ってみろ! さあ、お前の推測を確かめてみろ!」

 誘いかける声に、俺は頷いた。

「あんたは俺だ! 違うか?」


 静寂が爆発する。俺の告白に、玄之介と、晶、吉弥の三人は凍り付いた。

 晶は俺と【暗闇検校】に、視線を交替で当てていた。ぶるぶると唇の端が震え、叫び声を上げていた。

「ば……馬っ鹿じゃないの? 何で、あんたと、そこの年寄りが同一人物なの?」

【暗闇検校】は、ちょっと首を傾げた。やがて唇が動き、のろのろと言葉を押し出す。

「半分だけ、当たっていたな。確かに、儂の一部には、かつて鞍家二郎三郎と呼ばれた人間が残っているよ。お前さんの顔を見ると、懐かしい感情が湧き上がってくる。かつての自分を見るようなのでな……」

 俺は目を細めた。

「それじゃあ、お前は……?」

 老人は深々と頷く。

「そうだ。儂は、江戸創設メンバー全員の、仮想人格が統合した存在だ。この江戸が創設されて、仮想時間で二百年あまり、儂は何とか生き延びてきた」

 玄之介は仰け反って驚く。

「そ、それでは、お主は二百年、生きてきたと申すのか?」

 老人は無言で、肯定するかのように、頷く。寝椅子に近づき、腰を降ろした。

「儂の話は、ちと長いでな。立っているのもしんどい。こんな格好で失礼するよ。あんたらも、儂の話が聞きたいのではないかな?」

 俺たちは一斉に頷いた。


 老人はゆっくりと寝椅子に寝そべり、天井を見上げる。目を閉じ、ぼそぼそとした調子で話し始めた。

「儂が江戸創設メンバーの、コピーであるとは、察しがついておろうな? ほれ、江戸町人や、各階級の思考パターンを創り出すため、創設メンバーのコピーが使われたとは知っておろう?」

 目を閉じているのに、老人は俺たちの反応を手に取るように承知していた。

「よしよし……。儂らを原型に、江戸の人々が作り出されたが、コピーはどうなったかと誰も思わなかったのだな? 生憎、我々は江戸で、そのままに放置されていた。誰も、コピーを消去するなど、考えもしなかったのだ……」

 吉弥が息を呑んで呟いた。

「取り残されたコピー……。それって、まるで……」

 仰向いた姿勢の、【暗闇検校】の両目がぎろっと剥き出された。

「そうだ! まさに儂らは〝ロスト〟した仮想人格なのだ! 仮想現実の江戸は存在し始め、時間は加速され、本物の江戸と同じ歴史を歩むよう歳月が重ねられた。儂らは江戸の発展のため、創設者から隠れる決定を下した。まだ、その頃は、儂らには義務感があったのだ。折角の創造物を、本物にしたいという願いが、そんな行動をとらせた。しかし、段々、儂らの頭に疑問が湧き始めた──!」

 老人は言いようのない、複雑な表情を浮かべる。怒り、悔恨、悲嘆の入り混じった表情だった。

「儂らは江戸町人と違い、【遊客】だから抜群の体力を持っていた。【遊客】の体力は、仮想現実では、驚異的な寿命となって現われる。だが、それでも、時の経過には勝てない。百年が過ぎ、儂らも老衰には勝てないと判ってきた。その時、ある考えが浮かんだ!」

 老人は俺を見て、皮肉な笑みを浮かべた。

「二人の【遊客】が一人に合わされば、二倍の体力、精神力になるのではないか? さらに数人が一つになれば、信じられないほどの力を持つとな! それなら時の流れに対抗できる。現実世界には戻れなくとも、儂らはこの江戸で生き延びられる、と!」

 老人は、曖昧に部屋を手で示した。

「そのための装置が、これだ! 儂らは、全員が一つになって、〝超〟【遊客】として新たに生命を得た! が、間違っていた。確かに儂は通常の【遊客】とは違うが、老衰はそのままだった。若返りは不可能だった。メトセラの悲劇というのを、知っておるかね?」


 もちろん、知っている! メトセラは、旧約聖書に出てくる人物で、死を免れる力を得る。が、老衰からは逃れられなかった。


 では、俺が感じた老人の迫力は〝超〟【遊客】が発散した気迫だったのだ! 江戸NPCを立ち竦ませる【遊客】の気迫は、本来、【遊客】同士には一切の効果がない。

 が、複数の【遊客】が合体していると考えると、気迫も数倍になっている。それで、俺たち【遊客】にも、感じ取れるようになったのだ。

 俺は低く、尋ねた。

「あんたの願いは何だ?」

 老人は、ひた、と俺を見詰めた。

「もちろん、現実世界へ帰還するのが、儂の最大の願いだ! そのために、鞍家二郎三郎、お主を呼び寄せたのだ!」

 驚きに、俺は棒立ちになった。

 俺を呼び寄せた? では、今までの俺の探索は、すべて眼前の【暗闇検校】と名乗る、老人による罠だったのか?

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