表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
電脳遊客  作者: 万卜人
第九回 荏子田多門との対決の巻
77/87

 玄之介と吉弥は「はっ!」とお互いの顔を見合わせた。同時に頷き合い、各々の武器を構える。俺もトンファを構えた。

 ぶつぶつと口の中で、プログラムを起動させる暗証を唱えている多門に向かって、飛び掛る。

 振り被ったトンファが、多門に命中する寸前、多門はぱっと両目を見開いた。

 途端に、俺の身体は、何かの力を全身に受け、後方に跳ね飛ばされる。


「ぐあっ!」

「うむっ!」


 玄之介と、吉弥も、透明な膜に激突したように、宙を飛ばされ、壁にしたたかに背中を打ちつけた。

 多門は勝利を確信し、高らかに笑い声を上げた。

「先ほどは、結界を広げすぎて失敗した。今度は、そうはいかん! 結界の密度を高めれば、威力は倍増する! さあ、自らの不遜の罪を後悔するんだな!」

 見る見る多門の姿が変貌していく。ギリシャ彫刻の、神々に似た、逞しい姿である。

 さっと多門の指が上がった。

 がくん、と俺の身体に、数十トンの重石が圧し掛かる。

 俺は必死になって、手にした銃を持ち上げ、銃爪に掛けた指先に力を込めた。

 ずがーん! と恐ろしい銃声があって、俺の手にきつい反動が伝わる。ぷん、と硝煙の匂いが鼻を突く。

 多門は手の平を挙げている。多門の手の平に、俺の発射した銃弾がへばり付いていた。

 ちいーん、と床に、銃弾が転がる。俺の銃を無効にする手間を省き、多門は自分の周りにバリアを張っていたのだ。

 どて、と大袈裟な音を立て、玄之介が床にうつぶせになった。吉弥がその隣に、巨体を投げ出す。二人とも、床に接着したように藻掻もがいている。


 多門の重力操作である! 俺たちは、通常の数倍の重力に絡め捕られている。


 ちらりと振り返ると、晶ががくがくと膝を震わせている。しかし、まだ倒れていない。

 俺は必死になって、手足を足掻かせ、多門に近づこうとした。ところが、近づけば近づくほど、重力は強まってゆく。

 どうやら、重力は多門を中心に強まっているようだ。多門は結界を操っているため、平気で立っていられる。


「死……ね……え……!」


 多門が轟くような大声を上げた。多門の声は、奇妙に間延びして聞こえている。

 俺は霞む視界に、多門を見上げた。多門の姿は、ぼんやりと滲んで見えていた。


 変だ!


 多門の動きが、ひどく鈍い。ゆっくりと動いて、まるでスローモーションを見ているようだ。しかも、多門の周囲だけ、影が落ちているように、暗い。

 多門の顔が驚愕に歪む。


「い……か……ん……!」


 唇がゆっくりと動き、途切れ途切れの声が零れている。多門の姿は、球形の暗闇に閉じ込められてしまった!

 瞬間、凝固した多門の姿がちらと見えたが、球形の暗闇が押し包む。

「ど、どうなったので御座る?」

 玄之介がゆっくりと顔を上げる。恐る恐る、立ち上がる。俺も立ち上がった。ぜいぜいと喘いで、吉弥も巨体をむっくりと持ち上げる。

 いつの間にか、俺たちを捉えていた重力は消え去っていた。もう、普通に立っていられる。

 その間にも、多門を押し包んだ真っ黒な球体は収縮を続けている。

 吉弥が呟いた。


「あまりに重力を集中させすぎたのさ! 多門を中心に、重力は集まっていた。遂には、光すら脱出できないほど、重力が増していた。多門は、自分で仕掛けた罠に捕えられた」

 玄之介は「光が脱出できないほどの重力……」と呟き、驚きにポカンと口を開ける。

 さっと俺を見て、尋ねかける。

「で、では、あの真っ黒な球体は?」


 俺は頷いた。もう、俺にも真相は理解できる。

「そうだ、光すら脱出できない重力とは、ブラック・ホールそのものだ! あれは、多門が創り出したブラック・ホールだ!」


 言っている間にも、極小のブラック・ホールはどんどん収縮を続けていた。これほどの小ささでは、ブラック・ホールは存在を続けられない。直径はもう目に見えないほどに縮まって、一瞬の閃光を放って消えてしまう。

 極小のブラック・ホールは、量子論によると〝蒸発〟してしまう。ホーキングの予想が、今、俺たちの目の前で起こったのだ。


 俺はふらふらと、天守閣の窓に身をもたれかけた。眼下に、江戸の町が広がっている。


 あちこちで悪党が放った火が燃え上がり、風に乗って喚き声が聞こえてくる。多門は消え去ったが、命令は生きている。火盗改と、町奉行が手を組み、掃討作戦を続けている。

 俺は、三人を振り返った。

「行こう! 多門の封印は消え去った! いよいよ【暗闇検校】の正体を暴く!」

 晶は俺の表情を見て、尋ねる。

「あんた、相手の正体の見当がついているの?」

 俺は強く頷く。

「ああ。判っている!」

 吉弥と玄之介は、驚きに仰け反った。

 用心深く、吉弥が口を開く。

「本当に、判ったのかえ?」


 俺はにやっと笑おうとした。が、うまくいかなかった。俺は、苦い笑いを浮かべていたろう。とうとう判明した【暗闇検校】の正体は、俺にとっては苦渋そのものだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ