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電脳遊客  作者: 万卜人
第九回 荏子田多門との対決の巻
76/87

 多門の顔が、憎々しげに歪む。ぜいぜいと、全身で喘ぎ、背筋を曲げて蹲るような姿勢になった。

 今まで見た、ギリシャ彫刻のような、堂々とした物腰は、欠片もない。そこにいるのは、ひねこびた身体つきの、世を呪うだけしか知らない、異様な人物だった。

「殺してやる! 貴様だけは許せん!」

 俺を睨みつける多門の両目には、狂気が浮かんでいた。瘴気ともいえる、多門の毒を含んだ視線は、俺の全身を突き刺した!


 俺は目を閉じ、銃声を待ち受ける。もはや、俺の逃げる可能性は、寸毫も残ってはいない。

 だが、俺は死ぬわけではない。この仮想人格が死亡しても、本来の俺は、現実世界で目覚めるのだから。

 なーに、仮想現実で死ぬのは、これで二度目だ! ぜーんぜん、平気だよ……。

 しかし膝の震えは隠せない。


「ぎゃあっ!」と、異様な叫び声が聞こえた。がちゃん! と重いものが床に叩きつけられる音に、俺は目を見開いた。

 見ると、多門が手首を押さえ、苦痛に顔を歪めている。手首には、細い、矢のようなものが突き刺さっていた。

 床に拳銃が転がっている。

 俺と多門の視線がかち合った!

 お互い、無言で拳銃に飛び掛る。

 俺のほうが、一瞬だけ早かった。さっと床から拳銃を攫い、俺は一歩下がって拳銃を構えた。

 形勢逆転だ!

 多門は窓の外に眼を向けている。視線を追うと、熱気球の駕籠から顔を出した雷蔵が、口に吹き矢の筒を押し当てていた。

 筒を離し、雷蔵は剽軽な顔つきで、ニヤリと俺に笑って見せた。


「ほ! 飛んだ場所で出会うたな! 鞍家二郎三郎!」

「それは、俺の言う台詞だぜ!」

 俺が叫び返すと、雷蔵はぴしゃりと額を叩いた。

「こいつで飛び上がったはいいが、降ろす場所が見つからなくてな。そうこうしているうち、何と風に吹かれて、江戸城まで来てしまったよ。ちと、気球に傷がついてしまったが、も少しなら、浮かんでいられるだろう。見ると、かなりややこしい場面に来てしまったようだから、儂はこれで失礼する!」


 雷蔵は火皿に油を注ぎ足し、炎を強めた。熱気が、気球に更なる浮力を与える。

 ふわふわと独特の漂うような動きで、気球は再び浮上し、遠ざかる。

 駕籠から雷蔵が手を振り、叫んでいた。

「アデュー! ボン・ボヤージュ! チャオ! さらばじゃ!」

 今度はフランス語に、イタリア語と来た。いったい、あんな挨拶言葉、どこで覚えてくるのだろう?


 俺は多門に向き直る。多門は、膝をつき、俺を見上げていた。多門の奇妙な表情に気付いた。

 絶望感を顕わにしているかと思ったが、多門は俺に向かって、薄笑いを浮かべていた。


「その拳銃を、どうするつもりだ? 俺を撃つのか?」

「何?」


 多門は立ち上がった。ぱっと、両腕を広げ、仁王立ちになる。

「撃てるなら、撃ってみろ! さあ、殺せ!」

 俺は銃爪に掛けている指先に力を込めた。

 撃鉄が、ぎりぎりぎりと持ち上がる。あともう少し、力を入れれば、目の前の多門は銃弾に貫かれ、死を迎える。

 自信満々で立っている多門は、じっと俺の表情を窺っているようだった。

「鞍家殿!」

 玄之介が叫ぶ。

「伊呂波の旦那!」

 吉弥も叫んでいた。

 晶は、唇に拳を押し当て、真っ青な顔で俺を見詰めていた。

 俺の額にじっとりと汗が噴き出す。握っている銃の、筒先がぐらぐらと揺れていた。


 多門は勝ち誇ったような笑みを浮かべた。

「やはりな……。お前には、俺を殺せない。俺の知る限り、お前は今まで、仮想現実で殺しを一度たりとも、経験していない。お前には、たとえ仮想人格であっても、人殺しはできないよ……!」

 多門は息を整え、目を閉じた。何か、口の中でぶつぶつと呟いている。呪文のようである。

 何をしようとしているのか?


 出し抜けに真相に思い当たり、俺は玄之介と吉弥に叫んだ。

「ヤバイっ! 多門の奴、もう一度、結界を作ろうとしているぞっ! 呟いているのは、プログラムを呼び出す、暗証だ!」

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