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電脳遊客  作者: 万卜人
第九回 荏子田多門との対決の巻
75/87

 とうとう多門は、暴露を開始した。

 俺の一番、聞きたくなかった話である。


「創設者全員の、思考パターンをコピーし、雛形にしてNPCを作り上げたのだ! 本物の人間そっくりなのも道理! 元々、モデルは本物の人間なんだからなあ! 創設者たちの思考パターンを基本にして、あとはプログラムで、ランダムに江戸町人、侍、僧侶、神官などに振り当てた。そこで、鞍家二郎三郎君の登場だ! 奴は特別な思考パターンを持っていた。二郎三郎の思考パターンが振り分けられた役割は、何か判るかな?」


 呆然となっていた晶は、俺を見てポカンと口を開ける。唇が声もなく動いて「まさか」と呟く。

 多門は仰け反って笑った。


「そうさ! 鞍家二郎三郎の思考パターンは、江戸の悪党たちの雛形になっている。つまり、江戸に出現する、総ての悪党は、鞍家二郎三郎がいなければ、存在しないのだ! しかし、もう悪党は必要ない。江戸に多数の【遊客】を集めるために必要だったが、これからは用無しだ。俺が総ての悪党を掃討してやる!」

 晶は、俺を気味悪そうに見詰める。俺の顔に、今まで目にした悪党共の影を見出そうとしているのかもしれない。

 俺は晶に構わず、やっと声を絞り出す。

「それがどうした? 人間、誰でも、悪の部分はある。俺は少しばかり反抗的で、独立心が旺盛と評価されて、悪党の原型パターンを提供したに過ぎない。俺を非難する、お前は何だ! 現実世界から逃げ出すために、大勢の人間を巻き添えにしようとしている、卑怯者じゃないか!」


 多門の顔が、見る見る険しくなる。

「よく言った……。覚悟は良いな?」

 す──、と指先が上がる。

「死ね……! 鞍家二郎三郎。お前は、俺の江戸には必要のない存在だ!」

 途端に、今まで圧し掛かってきた、数十倍と思われる重力が、俺を打ちのめす。俺はもう、膝立ちすらできず、床に腹這いになる。全身の骨、関節が、みしみしと軋み、あらゆる場所の毛細血管が、ぴしぴしと千切れる苦痛が襲ってくる。

 悲鳴すら、上げられない。


 と──、出し抜けに、重圧がふっと消滅した。俺はぱっと顔を挙げ、深々と息を吸い込んだ。

 見上げると、多門の顔が驚きに歪んでいる。両目がキョトキョトと落ち着きなく動いていた。

「どっ、どうしたっ? なぜ結界が破れた?」

 辺りを見回すと、部屋が奇妙に歪んでいる。壁が傾ぎ、天井が撓んでいる。遠近感がおかしくなって、まともに立っていられない。


「弁天丸が消えたぞっ!」

 玄之介が大声を上げていた。気がつくと、玄之介と吉弥は、誰もいない空間を、呆気に取られて見詰めている。


 ばりばりばり……、と何かが猛烈に衝突しているような、けたたましい音が聞こえている。


 それまでの広大な室内は、いつの間にか、当たり前の、天守閣の最上階であれば、こうであろうという狭さになっていた。それまでなかった外側に開く窓が現われ、江戸の夜景が広がっているのが見える。

 窓外には、工事中の竹櫓が見えている。

 ばきばきばきと、竹櫓を押し破り、巨大な丸い物体が、天守閣を掠めて飛行していた。

 丸い物体の下には竹篭がぶら下がって、火皿に炎が上がっている。丸いのは、熱気球である。

 竹篭から酷い皺くちゃの老人がぴょい、と顔を出した。鼻の上に眼鏡を架け、それでも足りないのか、額にもう一組の眼鏡を載せている。


 情報屋の雷蔵だ!


 雷蔵の熱気球が、天守閣にぶつかり、結界のバランスが崩れたのだ!

 俺が待っていたのは、これだったのだ!

 卓に天守閣が見え、接近する奇妙な丸い物体を見て、あれは雷蔵の熱気球ではないかと推測したが、どんぴしゃりだ!

 多門は完全に狼狽しきって、おろおろと周囲を見回している。顔色がどす黒く変色し、眉間に深々と皴が刻まれている。端正な顔立ちは掻き消え、変わりに同一人物とは思われない、別の表情が現われていた。

 下顎がぷっくりと脹れ、目の下にでれんとした弛みが現われた。弛みは黒々として、見るからに悪人顔である。

 多門は、俺を憎々しげに睨みつける。食い縛った口許から、乱杭歯が覗く。よほど仮想現実で長く過ごしていたのだろう。

 本人と仮想人格が懸け離れているほど、変貌はあっという間に起きる。今ここに見えているのは、多門の本来的に持っている外見なのだ。結界を保っている限り、多門はデザインした仮想人格の姿でいられる。結界が崩れたため、変身が解けたのだ。

「くそう……くそう……! なぜだ! なぜ、俺の邪魔をする? 俺は、ただ、この江戸で、理想の生活をしたかっただけなのに!」


 多門は怒号し、両手を振り上げた。悔しさに、全身がぶるぶる震えている。

 さっと懐に手を入れ、俺から取り上げた弁天丸の拳銃を構える。

 銃口は、俺を真正面に狙っていた。

 俺の額に脂汗が滲んだ。

 今、結界は消滅している。つまり、拳銃は、役立たずではないのだ!

 多門の指先が、銃爪に掛かった!

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