六
多門の顔が、怒りに歪んだ。
「吉弥! それが、お主の答か! よかろう……。それならば、お前たち全員、ここで殺してやる!」
俺は多門の目の前の卓を睨んだ。最初、これは江戸の模型かと思ったのだが、違ったようだ。もしかしたら、仮想現実の江戸を映した、映像なのかもしれない。
あれがお堀なら、聳えている天守閣は、実際の同時中継とも考えられる。
あれは?
天守閣の近くに、妙なものが見える。
俺はさっと、多門に銃口を向けた。
「これを忘れているな! 死ぬのは、お前だ! いや、死ぬというのは間違いか! 現実に目覚めろ、多門!」
俺が銃弾を撃ち込めば、この場で他門の仮想人格は死亡し、同時に現実世界で本体が目覚める。つまり、殺人ではない!
指先が銃爪に掛かる。
多門の両目が細くなった。
「やってみろ! 二郎三郎! ここは結界の中だ。俺の結界のな……」
俺は歯を食い縛り、ぐっと指先に力を込めた。
がちん、と撃鉄が落ちる。
ただ、それだけだった。
俺は銃声を待ち構えていたのだが、うんともすんとも拳銃は応えない。
晶は銃声に両耳に指を突っ込んでいたが、肩透かしにポカンと口を開ける。
多門は仰け反って、笑っていた。
「はははははは! まったく、お前という奴は、変わらない阿呆そのものだな! 言ったろう、ここは俺の結界そのものだと! 俺の望み通り、何でも起きる。銃を不発にするなど、簡単な仕業だよ!」
ぎらり、と多門の両目が青白い閃光を放った。
「では、お返しに、こちらから行くぞ! お前たちの相手は、こいつだ!」
さっと、多門が腕を振ると、それまで何もなかった空間から、じわりと人影が姿を表す。
ひょろりとした痩身。女物の着物をだらしなく着崩し、吉弥の持っている長大な刀と同じものを肩に担いでいる。
弁天丸だった!
驚きに、俺が金縛りに遭ったように棒立ちになっていると、現われた弁天丸は、長大な刀を頭の上に持ち上げ、すらりと引き抜いた。
そのまま両手で、正眼に構える。ひょろひょろとした、痩身なのに、構えはどっしりとして、揺ぎない。
多門は重々しく、宣告した。
「そ奴は、俺を殺しにやってきた悪党だが、返り討ちのため、データをコピーして、逆に襲い掛からせてやった。奴は、腰を抜かすほど驚いたよ。何しろ、自分とそっくり同じ相手に斬り殺されたんだからなあ!」
多門は、気持ち良さげな、笑い声を上げる。神々しい美男顔に似合わない、下卑た笑い声だった。
「気をつけて戦えよ。こやつは、本物の弁天丸に比べて、相当に強いぞ! 知力、体力ともに、お前たち【遊客】と互角だ!」
何と、俺たちはもう一人の弁天丸と、戦う羽目になったのだ!
多門の創り出した結界では、圧倒的に俺たちは不利だ。多門は結界の中でなら、物理法則すら捻じ曲げられる。俺の拳銃を役立たずにしたのも、もう一人の弁天丸を創り出すのも、多門の思うがままだ。
何とか、この結界を壊さないとならない。が、中からは、どんな手段も無効にされる。それには、外からの衝撃があれば……。
俺は、もう一度、江戸の縮小図を見やった。
ひょっとして、あれが……?
俺は吉弥の横に立ち、唇を動かさないように注意して、囁いた。
「吉弥! 時間を稼げ! 多門の結界は、中からは崩せない。が、外からなら、ほんの少しの衝撃で崩せるほど、脆い! もう少しで、チャンスが来る!」
吉弥は「判った」と頷き、新たに出現した弁天丸に身構える。
俺は両腕のトンファを構えた。
同じ内容を、晶と玄之介に伝える。
「チャンス?」
晶は眉を顰めた。
「何のチャンスがあるの?」
俺は小さく、首を振る。
「今はまだ、秘密だ。それに、本当にチャンスになるかどうか、今はまだ判らない。とにかく、時間を稼ぐんだ!」
「もう……頼りないんだから!」
晶は唇を尖らせたが、それでもヌンチャクを構える。玄之介は、十手を翳した。
弁天丸は無言で、刀を振り被った。そのまま、真っ直ぐ、俺たちに突っ込んで来る!
戦いが始まった!