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電脳遊客  作者: 万卜人
第九回 荏子田多門との対決の巻
71/87

 他の三人が呆然と見詰めている中、俺は拳銃を宙にかざし、銃爪ひきがねに指先を掛ける。

 ぐわあーんっ、と構えている俺のほうが吃驚するような、派手な音が響き渡る。

 ぴっ! と拳銃を擬している真っ白な闇の一角が、罅割れた!

 ぴぴぴぴ……! と、罅割れは見る見る広がり、遂に目の前の空間が、真っ二つに引き裂かれる!


 気がつくと、俺たちは広々とした広間に立っていた。天井は恐ろしく高く、十丈はありそうだ。

 また、壁までも、同じくらいの遠さで、明らかに天守閣の最上階とは思えない。こんな広さの空間が、天守の最上階に存在は絶対に不可能である!


 広間の真ん中に、丸い卓があった。卓に視線を落としているのは、荏子田多門である。

 贅沢な絹の着物に、同じく絹の羽織、袴姿で、多門は物思いに耽るように、微動だにせずに卓を見詰めている。

 何をああ、熱心に見詰めているのだろう?

 俺は多門の卓に視線を移した。

 卓には、江戸の町並みが、精緻な模型となって再現されていた。縮尺は相当に大きそうで、卓のほぼ全部を占めている。

 模型は江戸の総ての町屋、大名屋敷、寺社、蔵など、通りの細かい部分まで再現されている。


 やがて多門が、静かに顔を上げた。

 ギリシャ彫刻を思わせる、神々しい顔。広い肩幅、百八十センチはありそうな、逞しい長身。暑苦しいほどの美男子である。


「やれやれ、鞍家二郎三郎。お前が銃を手にしていたとは、意外だった。お前さんは、他人を殺すような武器は持ち歩かない主義だと聞いていたがね。あの銃撃で、お前さんたちを閉じ込めていた結界が、あっさり破れてしまった」

 多門の口調は平静で、怒りの感情は微塵も含まれていない。一日の天候を話し合っているように、日常的な口調だった。

 俺もまた、平静な口調を強いて保って、多門に話し掛ける。

「この拳銃は、弁天丸が持っていたやつだ。お前、弁天丸を殺したな?」

 多門は苦々しげな表情を浮かべた。神々しいほどの美男顔が歪み、その下から下卑た本性がちらりと覗く。

「悪党ではないか! たかが悪党の一人、死んだから、って何だ! お前さんだって、今まで散々、江戸で悪党退治をしてきたんじゃないのか?」

 俺は肩を竦めた。

「まあな! 今日の俺は、江戸最大の悪党を退治するためやって来た」

 多門は、ちょっと、顎を上げた。

「江戸最大の悪党? ほう、誰を悪党と、お前は主張するのかな?」

 俺は手にした拳銃の銃口を、多門に向ける。

「お前だ、多門! お前、江戸全域を封鎖したな? なぜ封鎖する? 理由を言え!」


 多門は物凄い笑い顔になった。唇の両端がきゅっと吊り上がり、鼻の脇に深々と皴が穿たれる。両目は爛々と輝き、眉がぐっと跳ね上がった。


 悪魔の笑みだ。


「理由? 江戸の総てを、俺の物にするためだ! 今日から江戸は、正しく、俺の所有物だ! 俺は江戸の支配者なのだ!」

 俺は、かっとなって叫んだ。怒りで、銃口がぶるぶると震える。

「今すぐ、江戸の封鎖を解け! 江戸には、何も知らない【遊客】が多数いるんだぞ。全員、このままでは〝ロスト〟してしまう」


 うふうふ……と、多門は密やかな笑い声を上げる。


「済まないが、江戸にいる【遊客】には〝ロスト〟の運命を甘んじて受けて貰う。江戸は、もう二度と、外界と接触はしない! 今日から、完全な独立状態になったのだ!」


 俺の胸に疑問が広がる。多門の絶対的な自信は、どこから来るのだろう?

「多門。お前も〝ロスト〟してしまうんだぞ。それでも良いのか?」

 多門は深々と頷いた。

「そうだ! 俺の目的は〝ロスト〟だ。〝ロスト〟こそが、究極の救いなのだ! 俺の目的を理解した【遊客】たちの支持により、俺は今日から、大老に就任する!」

 俺は驚きに仰け反った。

「大老! 誰がお前に投票したんだ?」


 江戸幕府には五名の老中が常在し、江戸のありとあらゆる行政を〝国務大臣〟として取り仕切る。

 しかし、特別な場合に限り、【遊客】の投票によって、大老が定められる。大老は絶対的な権力を持ち、いわば江戸を治める大統領のような役割だ。もちろん、この仮想現実の江戸においてであり、史実とは大違いだが。


 多門は、得々と俺に向かって説明する。

「この江戸から締め出された【遊客】たちさ。俺は、各関所に残っている記録を集めて、江戸から所払いになった【遊客】たちのデータを収集した。再び江戸入りする見返りに、俺が大老に就任できるように、投票して貰った。大老の権限を持って、江戸の封鎖に踏み切った訳だ」

 俺は首を捻った。

「判らん。なぜ、好きこのんで〝ロスト〟が決まっている封鎖をする?」

 多門はニヤニヤと、無言で笑っているだけだった。

 俺の胸に、信じられない〝ある考え〟が湧き上がって来た。俺は目を見開き、多門をじっと見詰めた。


「まさか……。多門! まさか、あれを実行するつもりなのか?」


 多門は、ゆっくりと頷く。

「そうだ。俺は〝ゴースト・ダイブ〟を決行するつもりなんだ!」

 俺の全身に、どっと冷たい汗が噴き出した。

 晶が恐る恐る、俺に尋ね掛けた。

「〝ゴースト・ダイブ〟って、何よ?」

 吉弥はぐっと口を引き結び、仁王のような表情になっている。吉弥もまた、多門の呟いた〝ゴースト・ダイブ〟という言葉を、完全に承知しているのだ。

 俺は晶に向かって説明した。

「もし、仮想現実に接続している間、本体が死亡したら、どうなる?」

 晶はぽかん、と口を開いた。

「本体が死亡……って、何を言っているの? そうなったら、仮想現実の仮想人格はコピーされたまま、戻れなくなって……」

 晶は「あっ!」と小さく叫んで、自分の口を手で抑えた。俺は頷いた。

「そうだ。もし接続した間に、本体が死亡したら、仮想人格が唯一の本人となる。コピーが本物とされるんだ。つまり、仮想現実で生きる幽霊……ゴーストだよ。仮想現実に接続している間、安楽死装置を使って自殺するのを〝ゴースト・ダイブ〟という」

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