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電脳遊客  作者: 万卜人
第九回 荏子田多門との対決の巻
70/87

 一歩、一歩、俺たちは階段を登って行く。張り詰めた緊張感が、ぴりぴりと肌を刺すようだ。

 階段の登り口が、いやに明るい。天守閣の最上階は、それまで通過して来た天守とは、別の構造をしているようだ。

 俺のすぐ目の前を、吉弥がやや腰を屈め、用心深く登って行く。腰に捻じ込んだ弁天丸の長大な刀の柄に手を掛け、いつでも抜き打ちできる構えを取っている。

 多門はすでに、俺たちの接近を気付いている。弁天丸を殺したのが、証拠だ。

 それにしても弁天丸は、どういう殺され方をしたのだろう? 普通に考えれば、刀でばっさり斬り殺されたと思える。が、俯せになっていたので、斬り口は判らない。

 だいたい、多門が剣術の達人、などという噂は、聞いていない。

 多門は江戸創設メンバーで、どちらかというと支配者側の人間だ。自分で手を汚す仕事は、嫌がってやらない。俺は最初から、江戸でのヒーローとしての生活をするつもりだったから、北辰一刀流を修得している。仮想人格をデザインするときに、特殊技能として、インストールすれば、誰でも即、剣術の達人になれるのだ。


 階段を登りきった吉弥が、ぎくりと立ち止まった。見上げると、吉弥の両目は、驚きに一杯に見開かれている。いつもは一本の線のようだった両目が、今は何とか黒目がはっきり判るほど、開かれている。

「どうした?」

 俺は声を掛けつつ、急ぎ足になった。

 顔を上げ、辺りを見回し、驚きに立ち竦む。

 俺も思わず「おおっ!」と、声を上げていた。

「何があるの?」

 背後から登って来た晶が、俺の背後で立ち止まる。晶もまた、俺と同じように驚きに、足を止める。

 たんたんたん、とリズミカルに階段を登って来た玄之介は、あんぐりと顎が外れそうなほどに口を開け、棒立ちになった。まじまじと両目を見開き、辺りを見回す。

「こ、これはいったい……?」

 後は言葉にならず、もぐもぐと自分の驚きを咀嚼している。

 階段を登り切ったそこには、信じられない光景が広がっていた。


 いや、正確に表現すると、何もなかった……。

 正真正銘、何も存在しない。

 あるのは、真っ白な光だけ。光源がどこにあるのか判らないが、一様な、べったりとした白い光が満ち溢れている。白い闇、と形容したほうがいいかもしれない。


 俺は天守閣の最上階に、何を期待していたのだろう? 江戸に結界を作り出すための、最新式の装置? それとも、多門が俺たちを出迎えるための仰々しくも、おどろおどろしい儀式の場?

 そのいずれの予測も、天守閣の最上階は裏切っている。

 不思議なのは、ちゃんと上下の感覚はあって、足下は固い床を感じている。後ろを振り返ると、俺たちが上がってきた階段の入口が見えて……。

 もう、存在しない!

 いつの間にか、階段の入口そのものが消え去っていた。べったりとした白い光が、どこまでも続いている。

 吉弥、晶、玄之介はお互いの顔を、きょろきょろと見合わせている。

「ど、どうなったので御座る? 階段は、どこへ消えたので御座ろう」

 玄之介は、顔中に脂汗を噴き出させ、ごくりと唾を呑み込んだ。

 晶は眉を顰めた。

「あたしたち、帰れなくなっちゃった!」

 俺はぐっと歯を食い縛った。息を吸い込み、大声を上げる。

「多門! 出て来い!」

 俺の声は、白い闇に吸い込まれた。

 白い闇は、完全に反響を吸収し、思い切り怒鳴っても、実に頼りない。お互いの声は、どこか遠くから聞こえるようで、すぐ間近にいるのに、無限の彼方から聞こえてくるようである。


 俺は懐を探った。指先に、ひやりとした硬質の感触が伝わる。

 ぐっと、懐から俺は弁天丸の拳銃を取り出した。灰鉄色の、重々しい鋼鉄の光沢が、ずしりとした重みを手に加える。禍々しいほどの、重量感である。


 どう、という考えがあった訳ではなかった。ただ、この不気味な沈黙を破りたかっただけだった。

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