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電脳遊客  作者: 万卜人
第九回 荏子田多門との対決の巻
69/87

 階段を上がり、四階に辿り着くと、俺の足がずるりと滑った。


「わっ!」


 玄之介が、床を見下ろして「ああっ!」と悲鳴を上げていた。

 晶は息を吸い込み、両手で口を覆う。すぐに顔を背け、壁に凭れかかる。

 吉弥だけが、じっと目の前の光景にたじろぎを見せないでいる。

 一面の赤。立ち上る異臭。血の匂いである。広がる血の海に、一人の男がうつ伏せになって倒れていた。

 倒れているのは、弁天丸だった。


「弁天丸っ!」


 俺は叫び声を上げ、一歩ささっと室内に踏み込む。血潮の匂いが、むっと室内に籠もっている。

 倒れているにも拘わらず、弁天丸は相変わらず、長大な、役立たずと思われる刀を掴んでいる。

 血溜まりの中、弁天丸が身動きした。


 まだ生きている!


 俺は膝をつき、弁天丸の顔を覗きこんだ。微かに弁天丸の顔が動き、俺を見上げる。細長い顔に、弱々しい笑みが浮かぶ。

「伊呂波の旦那か……。やられちまった……。舐めていたな……」

 ひひ……と、それでもどうにかこうにか、笑い声を上げた。

「相手は、荏子田多門か?」

 俺の質問に、弁天丸はがくりと顔を自分の血潮に埋める。にちゃ……と、乾きかけた血が厭な音を立てた。

 うぐ……、と晶が吐き気を堪えている。俺だって、今にも胃の内容物を盛大に吐き散らしたい気分だ。

 俺は立ち上がった。

 踵を返そうとする俺に、弁天丸が必死に声を掛けた。

「ま……待て……これを!」

 震える手で、握りしめた刀を持ち上げる。

「この刀を、持って行け……! この刀を……使って……!」


 俺は再び膝をついて、弁天丸の手から、刀を受け取った。最後の力で握り締めているのか、ほとんど毟り取るようにしないと、弁天丸の手から離れない。

 弁天丸は最後の足掻きに、呟くような声を上げた。

「これで、消去刑は免れた……本望だ!」

 弁天丸は動かなくなった。今度こそ、本当に死んだのだろう。

 俺は呆然となっている三人の顔を、順に見詰めて口を開く。

「どうする? 多門は相当に手強そうだ。引き返したい奴は、いないか?」

 晶は真っ青な顔をしていたが、それでも唇をきつく引き結び、頭を振る。

 玄之介は黙って、懐から十手を取り出し、翳して見せた。決意の表情を浮かべ「御一緒いたしましょう!」と呟いた。

 吉弥は、ゆっくりと首を振り、腕捲りした。電柱のように太い腕に、逞しい筋肉が浮かぶ。ぐっと腕を伸ばし、俺が握っている弁天丸の刀を指さす。

「あちしに、その刀をおくれ。それを振り回せるのは、あちししか、いないよ!」

 俺が差し出すと、吉弥は両手で受け取り、刀をすらりと鞘から引き出した。

 ぎらり、と刀身が照明に冴え冴えと光を放つ。吉弥はずっしりと腰を落として、刀を構えた。

 一声「むん!」と唸ると、正眼に構え、さっと振り上げ何度か素振りをくれる。

 吉弥が素振りをするたび、びゅうびゅうと切っ先が空気を切り裂いた。恐ろしいほどの迫力だった。

 芸者の格好をしているが、今の吉弥は完全に達人の風格を漂わせている。

 何度か刀のバランスを試していた吉弥だったが、ようやく満足したのか、ぱちりと鞘に刀を収め、帯に捻じ込んだ。吉弥の巨体に、弁天丸の刀は誂えたように、ぴったりとしている。

 吉弥は、にったりと笑いを浮かべた。


「良い刀だ! あちしに、ぴったりだよ!」


 俺はすっかり度肝を抜かれ、ぽかんと馬鹿のように口を開いたまんまだった。

 のしのしと足音を立て、吉弥は最上階への階段に向かっていく。階段のきざはしに足を掛け、こちらに首を捻じ向ける。

「どうしたんだえ? 多門と対決するんじゃないのかえ?」

 俺はぶるっと首を振り、慌てて階段に足を向ける。


 多門との対決が待っている!

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