十二
俺は赤外線モードにして、敵を探索する。
いるいる……。あちらの木陰、そっちの塀の上、建設途中の天守閣建材の側……。体温が赤外線放射となって、しっかり見えている。
見事な隠行だが、【遊客】の視覚の前では、ありありと見て取れる。
が、油断はできない。相手は御庭番なのだ。ただの江戸NPCと思ったら、大間違いである。江戸城を守るために、特別の仕様となっていて、【遊客】の気迫はまったく通じない。肉体的にも、【遊客】に匹敵する体力、反射神経を持っている。
俺が身構えたのを見て、晶と玄之介も、同じように武器を構えていた。
弁天丸は歯を食い縛り、銃口を上げた。
「出てきやがれ! 隠れているのは、判っているんだぞ!」
甲高い叫び声を上げ、銃を構えている。
ひゅっ、と空気を切り裂く音がして、がちっと何かが固いものに当たる音がする。
途端に、ぐあーんっ! と魂消るような銃声がして、火薬の匂いが鼻を打つ。
「ぎゃあっ!」
弁天丸が手首を押さえた。
見ると、弁天丸の手首に、短刀が突き刺さっている。がらん、と音がして、弁天丸の手から拳銃が地面に落ちる。
さあっ、と空中に、忍者が躍り上がる。同時に、刀を振り被り、真っ向から切りかかって来た!
俺はさっと、両手のトンファを構える。
ぎいーんっ! と歯の浮くような音がして、俺の両腕に衝撃が伝わる。視界の隅に、玄之介が十手を構える姿があった。
吉弥は、相変わらず無手勝手流で、動きやすいように着物を尻端りしている。吉弥の目の前に、一人の忍者が刀を振り下ろす。吉弥はさっと両手を挙げた。
発止! と吉弥の両手が、相手の忍者の刀身を押し包んでいる。吉弥の、真剣白刃取りである。
吉弥を相手にしている忍者は、かなり驚いているようだ。必死になって、吉弥の把握を逃れようと、無茶苦茶に動いている。
くるくると、身体を鞠のように丸め、忍者が晶に襲い掛かる。こっちは刀ではなく、手に鉤のようなものを装着している。
晶はヌンチャクを振り上げ、敵の攻撃を防いでいる。
俺の相手は二人だ! どちらも、忍者刀を手に、こちらと思えば、あっち。あっちと思えばこちらと、変幻自在に襲い掛かる。
俺は遮二無二、両手のトンファを駆使して防いでいた。こう忙しくては、こっちから攻撃する暇がない!
二人が同時に切り掛かって来たのが、チャンスだ! 俺は二人の真ん中に立って、敵の攻撃を待ち受ける。
二人の刃が殺到する瞬間、トンファをクロスして構える。
がきっ、とトンファが、二人の刃をがっちりと挟んでいた!
さあ、困った! こうしていれば、二人の攻撃は防げるが、動ける隙がない!
と、吉弥が真剣白刃取りのまま「うーむ!」と低く唸ると、全身に力を込める。
ぴいーん……!
甲高い音と共に、忍者の刀が、圧し折れる!
吉弥は勝利の声を上げ、相手の忍者に正拳突きを食らわせた。
「ぐおっ!」と忍者は呻き、そのまま十間ばかり宙を飛んで、悶絶した。吉弥の馬鹿力をまともに食らったのだ。当分、動けまい。
「旦那っ!」
さっと俺の窮地を見て取ると、どどどどっ! と、地響きを立てて駆け寄ってきた。
ぐわんっ、と吉弥のタックルが、俺に刃を向けている二人の忍者に炸裂する。猛牛が激突したようなものだ。
二人の忍者は、手足を広げてふっ飛ばされる。吉弥はのしのしと近づくと、二人の頭をむんずと大きな手で掴み上げる。
そのまま、思い切り二人の頭を激突させた。ぐわしゃっ、と聞こえる音がして、二人の忍者は、くたくたと崩れ落ちた。
凄え……! 敵に回せば恐ろしいオカマだ!
そうこうしている間にも、晶は苦戦している。
手鉤を持って攻撃して来る相手に、ヌンチャクを無茶苦茶に振り回している。だが、相手は寸前に避けて、てんで当たらない。
「晶っ!」
俺は叫んで、トンファを構えて助けに走った。晶を狙っていた忍者が、俺の動きにさっと振り向いた。
瞬間、晶のヌンチャクが偶然にも、忍者の脳天に直撃していた。こーん! という軽い音がして、忍者はくらくらっと棒立ちになっていた。
俺はトンファを横薙ぎにして、忍者の鳩尾に突き入れた。
「ぐふっ!」と忍者は、自分の腹を押さえ、蹲る。ぐへえっ、と息を吸い込み、痙攣している。横隔膜を痛打して、息ができないのだ。
玄之介は善戦していた。
十手を揮い、忍者の刀を防いでいた。
きいーん、かーんという金属音に、暗闇に火花が散った。
俺と晶、吉弥の三人が玄之介を助太刀しようと走り寄る。新手に、忍者は焦りを見せる。
俺は走る途中、弁天丸が落とした拳銃を拾い上げていた。弾装をぱっと開き、装弾を確認する。
一発だけしか撃っていない。俺は、かちゃっと弾装を戻し、撃鉄を引き起こす。
「失せろっ! こいつが何か、知っているな?」
鋭く叫び、銃口を向ける。忍者はまじまじと、覆面の隙間から覗く両目を見開いた。
ぱっと蜻蛉を切ると、忍者は敏捷にその場から逃走する。呆気ないほど、忍者は素早い撤退をしていた。気がつくと、総ての忍者が消え失せた。
総て無言であった。
俺は「ふーっ!」と大きく息を吐き出した。ともかく、危機は脱したようだ。俺たちは傷一つなく、立っている。
「あっ!」と、晶が一声叫ぶ。
「どうした」と、俺が尋ねると晶はキョロキョロと辺りを見回した。
「あの弁天丸って悪党がいないわ!」
そうだった!
いつの間にか、弁天丸はいなくなっていた。