十一
まったく、妙な具合になった。何と、俺と弁天丸が、肩を並べて江戸城の内部をうろうろする羽目になったのである。呉越同舟とは、実に今の俺たちを言うのだろう。
俺たちは、本丸表から、城の周囲をぐるりと迂回して、天守台へと進んで行く。
迂闊に城の内部に踏み込み、大奥など迷い込んだら最後、どうなるか判らないからだ。
俺たち【遊客】は、江戸城の地理を即座に思い浮かべられるが、それも外側だけで、内部については、情報遮断をされている。何しろ江戸城は、大江戸行政の要であり、様々な秘密のベールに包まれている。
理由は、将軍だ。
将軍は、仮想現実で江戸を創設して、その後は、ずーっと江戸城に籠もり切りで、姿を表さなくなった。
大奥で何をしているのか、沙汰の限りだが、噂では──いや、噂など、てんで当てにはならない。とにかく、うっかり大奥に踏み込んだら後はどうなるのか? 迷い込んだ【遊客】に、どのような運命が待っているのか?
総ては謎に包まれている。従って、江戸城に出仕する【遊客】、大名、様々な人間は、極力、大奥に近づかないよう、用心しているという。
老中に就任すれば、情報遮断などなくなり、総ての通路、部屋、廊下などの情報が得られるシステムになっている。だから、城内で迷子になるというヘマは仕出かさずに済む。
天守台へと向かうと主張したのは、弁天丸だった。そこに、荏子田多門がいるらしい。
「なんで天守閣に籠もっているんだ。多門の奴は?」
俺の質問に、弁天丸は明快に答える。
「あの天守に、江戸城を封鎖するための絡繰があるんだと! 多門はあそこで、江戸全体を封鎖しているらしい……」
俺は、仰天していた。
「なぜ判る?」
弁天丸はニタリと笑い掛けた。
「【暗闇検校】様が、仰ったのさ! 天守台に籠もる老中の、荏子田多門の江戸封鎖を解け、と。俺がわざわざ、お城にやって来たのも【暗闇検校】様の御命令なんだ」
俺は普請場で見た、多門の姿を思い浮かべた。江戸城の天守閣を再建するという計画を、熱心に推し進めたのは多門だった。
これが狙いだったのか! 最初から、江戸を封鎖する計画だったのだ……。
歩いている俺たちを誰何する声、一つない。城内は静まり返っている。
奇妙である。いくら夜間とはいえ、城内を警備する番士や御庭番、伊賀者一人たりとも見掛けないとは、とうてい信じられない。
俺たちは、破却された無人の城を歩いているのではないか、と妙な考えが浮かぶ。あまりの静寂に、俺たちもまた、黙りこくって歩く。
俺はふと、疑惑を覚えた。
「弁天丸は、どうやって、城の中へ入って来られたんだ?」
「んあ?」
弁天丸は、不意を突かれたように、キョトンとした目つきで俺を見た。
「な、なんでえ……藪から棒に……」
俺はぐっと、弁天丸に近づく。
「お城の入口は、厳重に警備されていた。お前ら悪党が、踏み込むのを防ぐためだ。どうやって、その囲みを突破できた?」
俺の言葉は、怒りのために震えていた。弁天丸はいつもの笑いを浮かべていたが、唇の端は、ひくひくと痙攣している。
「いいじゃねえか、そんな詰まらねえ話。何が気になるんだ、伊呂波の旦那」
俺の背後にいる晶が、押し殺した怒りの声を上げた。
「殺したのよ! あの拳銃で! だから大手を振って、入れたんだわ!」
「けっ!」
弁天丸は大袈裟に顔を顰め、肩を竦める。
「それがどうした! 俺は悪党だぜ! 悪党が人殺しをして、何が珍しい? あんまり、ギャアギャア囀ってやがると……」
帯に捻じ込んだ拳銃をさっと引き抜き、数歩前へ飛び出して、立ちはだかった。銃口は曖昧に、俺たちを狙っている。
背後で、吉弥が緊張する気配がする。あいつ、飛び掛るつもりか?
一瞬、戦慄が走ったが、微かな物音に、弁天丸はぎくりと視線を動かす。
俺たちを狙っていた銃口が、さっと逸れて、弁天丸は背後に振り向く。俺は弁天丸の視線を追った。
影が一つ、二つ、三つ……。くっきりとした城影に紛れるように、幾つかの影が忍び寄って来た。
姿格好から判断して、忍者である。揃いの忍び装束、足音は立てず、素早い動きで物陰から物陰へと飛び移り、四方から囲んでくる。
御庭番だ!