表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
電脳遊客  作者: 万卜人
第八回 老中荏子田多門の陰謀の巻
65/87

 刀を構えたまま、堂上はジロリと弁天丸を睨みつける。物凄い視線だ! 視線だけで、弁天丸を捻じ伏せようという迫力である。

 が、弁天丸は、まるで平気だ。堂上の凝視に、平然と耐えていた。

 堂上は不審の表情を浮かべた。押し殺したような、声を上げる。


「誰だ、お前……」


 俺は思い当たった。堂上は、弁天丸が【遊客】ではないと判断して、気迫カリスマを発動させたのだ。普通なら、今の一瞥で、弁天丸は腰を抜かし、唯々諾々となったはずである。

 弁天丸は、にたっと笑い、俺を見やる。

「そこの鞍家二郎三郎の旦那とは、ちょっとした顔見知りでね。訳あって、おいらもお城に踏み込もうって、算段だ! そこをどいてくれないかね、【遊客】の旦那!」

「何おう──っ!」

 堂上は何か言いかけたが、それは最後まで言葉にできなかった。弁天丸がいきなり「そうか、通してはくれそうにないな!」と叫ぶと、懐に手を入れた。


 懐から抜き出したのは、拳銃だった!


 回転弾装式拳銃リボルヴァーである。

 いったい、こんな代物、どこから持ち出した? 連発式の、回転弾装式拳銃など、この大江戸では絶対に持ち込めないはずの御禁制品である!

 銃口を見詰め、仰天している堂上に、弁天丸は表情を変えず、銃爪ひきがねを引いた!


 ばんっ! と風船が弾けるような呆気ない音と共に、銃口から火花が散る。


 ぽつり、と堂上の額に穴が空いた。たら──、と血が噴き出し、堂上は全身を痙攣させるような妙な動きで、ばったりと仰向けに倒れる。

 一瞬で、堂上は絶命していた。

 弁天丸は「ふっ」と気障な仕草で銃口の煙を吹くと、拳銃を帯に捻じ込んだ。


「きい──っ!」


 息を吸い込む音と共に、お蝶が甲高い悲鳴を上げる。悲鳴は更に高まり、遂にはお蝶は、ぱくぱくと口を開いているだけだった。

 が、確実にお蝶は悲鳴を上げ続けている。お蝶は、超音波で悲鳴を上げているのだ。それが証拠に、お城の瓦が、かたかたと震動を始め、ぴしっとひび割れてしまう。

 弁天丸はじろっ、とお蝶を睨む。

うるさいっ! 静かにしやがれっ!」

 ぴた、とお蝶は口を閉じた。両目が、信じられないものを見た衝撃に、虚ろになっていた。

 俺だって信じられなかった。

 江戸NPCの悪党が、何と【遊客】を殺したのだ。しかも、銃撃で!

 厳密に言えば、これは殺人ではない。仮想現実において、【遊客】を殺すのは不可能だ。たとえ、仮想人格を殺せても、本人は記憶を失くすだけで、一瞬後には現実世界で目覚めるだけだ。

 玄之介は、本界坊を捕縛するのを、すっかり忘れてしまっている。ぼんやりと縄を持つだけで、本界坊の手足はそのままだ。


 お蝶は、わっとばかりに、本界坊に縋りつく。

「嘘よ……嘘に決まってる……! こんなの、絶対、信じられない……」

 子供のように泣き叫んでいた。本界坊は真っ青な顔のまま、ゆっくりと立ち上がる。すでに腰は怯えのため、引かれていた。

 弁天丸は屹然と、抱き合っているお蝶と、本界坊を睨みつけた。

「そこの二人! 何か、文句があるか?」

 指先はいつでも抜けるよう、銃把に掛かっている。お蝶と、本界坊の二人は、すっかり怖気づき、わたわたとした動きで、その場から逃げ出していく。


 弁天丸は俺に顔を向けた。表情は、晴れやかで、ついさっき、殺人を犯したとは信じられない。

「さあ、いつまで愚図愚図していねえで、さっさとお城に踏み込むぜ!」

 悠然と歩き出す。

 俺は弁天丸の背中を見詰め、声を張り上げた。

「待て! これは、何の冗談だ?」

 弁天丸の足が止まり、くるりと俺に振り向いた。

「冗談? 何を言ってるんだね、伊呂波の旦那!」

 俺はさっと、晶、玄之介、吉弥の三人に目をやった。

 全員、今の出来事に、すっかり仰天している。思考が停止しているようだ。

 無理もない。俺だって、何がどうなっているか、さっぱり事情が判っていないのだ。

 俺は弁天丸に詰問する。

「お前の目的を教えろ! 江戸城に、何の用がある?」

 弁天丸は肩を竦める。

「あんたと同じさ! 荏子田多門とかいう、老中が仕出かした始末をつけるためだ! 何としても、江戸の封鎖を解かなければならねえんだ!」


 俺は呆然と首を振る。

「訳が判らない……。お前は【暗闇検校】を裏切るつもりか?」

 弁天丸の両目が見開かれる。唇が、皮肉そうな笑みに歪んだ。

「おいおい、誰が【暗闇検校】様だって?」

 俺は一歩、踏み込んだ。弁天丸に指を突きつけ、絶叫した。

「とぼけるな! 荏子田多門が【暗闇検校】なんだろう?」

「あっはっはっはっはっ!」

 弁天丸は上体を仰け反らせ、天を仰いで思い切り笑い声を上げた。

「え、荏子田多門が、【暗闇検校】だって! ばっ、馬鹿を言うな!」

 爆笑し、笑い過ぎて涙を零している。


 俺は愕然となっていた。


 弁天丸は嘘を言っていない。それは、はっきりと判る。弁天丸がなぜか【遊客】と同等の能力を持ったとしても、俺に嘘をつくのは不可能だ。なぜなら、俺たち【遊客】は、江戸NPCの言葉に含まれる嘘を、即座に感知できる。

 俺の荏子田多門が【暗闇検校】ではないかという指摘を、弁天丸は完全に否定した。否定の言葉に、嘘は一欠片も含まれていない。

 となると、俺の推理は根底から間違っているのだ。


 いったい【暗闇検校】とは、そもそも何者なのだ?

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ