八
「ちょいとお待ち!」
不意に暗闇から聞こえた女の声に、俺たちは腰を思い切り砕かれ、がくっとつんのめりそうになった。
「一対四なのかい? ちょっと、人数が偏り過ぎてないかえ?」
声は上方からだ。見上げると、塀の上に、女が一人、夜空を背景に膝をついてこちらを面白そうに見やっていた。
身に着けているのは、晶とよく似た忍者装束で、長い髪の毛を、背中に垂らしている。ほっそりとした身体つきなのに、胸は思い切り突き出し、服の下から丸い二つの膨らみがはっきりと判る。
要するに、実に色っぽい女忍者である。
堂上は唸り声を上げる。
「お蝶! 邪魔をするな。このような軟弱な【遊客】ども、俺一人で充分だ!」
お蝶、と呼びかけられた女忍者は、堂上の苛立ちに顔を挙げ「あはははは!」と驕慢な笑い声を上げた。
「あんた一人で楽しもうという魂胆だろうが、そうはいかないよ! あたしだって、ちょっとばかり、楽しみたいんだ!」
「そうとも! 抜け駆けは許さん!」
もう一人、声が降って来る。お蝶の背後から、男が一人、ぬっと姿を見せる。
手足が長く、頭はつるつるに剃り上げた坊主頭だ。雲水の格好をしている。手には、一本の棒を握っている。
雲水は、俺を見下ろし、ニタリを笑いを浮かべた。
「拙僧は旅の雲水。本界坊と申す。鞍家二郎三郎殿のお噂は、かねがねお聞き及びいたしておるゆえ、一手お手合わせ願いたいと、切望しておった! いざ! 尋常に勝負!」
お蝶と、本界坊は、その場からふわりと宙に飛び上がった。そのまま地面に飛び降りる。ほとんど着地の音は立てず、二人は軽く地面に降り立った。
俺は身構えた姿勢を解き、背筋を伸ばす。
「どうするんだ? 面倒臭い遣り取りを、いつまで続けるんだね?」
俺の言葉に、本界坊が反応し、棒をぐっとこちらに突き出した。
「まずは、拙僧から!」
お蝶がつかつかと本界坊の前に出る。
「あたしが先だよ!」
俺は声を張り上げた。
「うっるせえ──い! ゴチャゴチャ揉めてねえで、さっさと懸かってこねえか!」
目の前の三人は、俺の張り上げた叫び声に、ちょっとだけ顔を見合わせた。目顔で頷き合うと、無言で武器を構える。
今までお蝶という女忍者は武器を手にしていない。何を使うのだろうと思っていると、しゅるしゅると何かが解ける音がした。
見ると、お蝶は鞭を手にしていた!
ひゅるっ、と素早く鞭を揮うと、ぱしーんっ! と、盛大な音が弾ける。達人の手に掛かると、鞭先は音速を越え、衝撃波が生じる。
美人が鞭を手にすると、何だか妙な気分になる。俺はニタリニタリと、厭らしい笑みを浮かべていたらしい。晶が猛然と俺を睨んだ。
まずは、法界坊が手にした棒を振り上げた。
「きえーいっ!」と魂消るような叫びと共に、本界坊は地を蹴って飛び上がる。
何と、一っ跳びで、俺の頭の上を完全に飛び越えていた。そのまま空中でくるりと回転して、遠心力を棒先に込めて振り下ろしてくる。
俺は、さっと手にしたトンファを翳し、棒を受け止めた。
かーん! と虚ろな音がして、俺のトンファが本界坊の棒をがっきと受け止めた!
そのまま俺は、さっと地面に伏せるようにして、身体を斜めに、飛び退る。身体を捻じり、腕を上げた。
がつっ、と俺のトンファが手応えを伝えてくる。
「うぎゃっ!」
短く悲鳴を上げ、本界坊がごろごろと地面を転がった。
ぎいーんっ! と金属音が俺の頭上で響く。
気がつくと、玄之介が十手を構え、堂上の刃を防いでいた。
危なかった! もし玄之介が防いでくれなかったら、俺の頭蓋は、刃に懸かっていた!
玄之介は、顔を真っ赤にさせ、ぎりぎりぎりと十手の鉤で刀を受け止めている。
堂上は、ぐいぐい体重を掛けて、玄之介を圧倒しようとしている。玄之介の顔に、焦りが浮かんだ。膂力は、圧倒的に堂上が上だ。
俺は玄之介に叫んだ。
「玄之介! 下がれっ!」