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電脳遊客  作者: 万卜人
第八回 老中荏子田多門の陰謀の巻
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 城内には、手で触れられるほどの緊迫感が満ちている。物音一つしない、森閑とした静寂が支配しているが、俺の目の届かない場所で、じっとこちらを窺う視線を感じていた。


「何だか、厭な感じ……」


 晶が、眉を寄せ、呟いた。玄之介は一歩一歩、おっかなびっくりで、慎重に歩を進めている。

 てんで感じないのは、吉弥だけだ。物珍しそうに、江戸城のあちこちを眺めて大股に歩いている。

 天守閣の周りには、竹櫓が組まれ、仕上げの段階に入っている。もちろん、工事の大工などは、一人も見当たらない。


 大手門から入っても、すぐ城内に入れる訳ではない。大手門はあくまで、外玄関にあたり、内玄関ともいえる三ノ門、中ノ門、中雀門などを通りすぎ、やっと本当の玄関に達する。

 何しろ、江戸城は、千代田城と呼ばれるだけあって、世界最大級の巨城である。俺たちは、ちっぽけな蟻の行列である。慣れていないと、簡単に迷う。

 が、俺は【遊客】。仮想現実のデータを呼び出せる。脳裏に江戸城図面を思い浮かべるだけで、自分たちの位置を完全に把握できる。俺は、カーナビを参照しながら歩いているようなものだ。

 本来なら、七面倒臭い手続きがあって、玄関に達するころには、俺一人だけになるのであるが、なぜか城内は一人も出迎えもなく、誰何する声一つ聞こえない。


 と思ったら、じゃりっ、と白砂を踏む音がして、暗闇に人影が立ちはだかった。

 軋るような、男の声に、俺は立ち止まった。


「妙な一行じゃのう……。女二人に、いや──一人は女とは言えぬな──と浪人一人に、与力姿の侍とは……。何用じゃ?」


 出た!


 俺は暗視モードにして、人影をじっと見詰めた。

 身長七尺、およそ二メートル以上はある。体重は確実に百キロは越えているだろう。

 が、肥満した感じは一切なく、服の下からも、逞しい筋肉が波打っているのがはっきりと判る。ずっしりとした物腰で、一目で手強い闘士であると見て取れた。

 いや、肝心なのは相手の外見ではない。

 相手は【遊客】なのだ!

 身につけているのは、簡単な作務衣で、腰にはいかにも実戦的な、刀を差していた。

 髪型は総髪、茶筅髷である。揉み上げが長く伸びて、顎鬚と繋がっている。毛虫が二匹貼り付いたような、太い眉毛。その下の両目は、俺と同じように暗視モードにしていて、爛々と輝いている。


 俺は身震いを抑えて、無理矢理どうにか笑いを浮かべる。


「あんたこそ、俺と同じ浪人姿じゃないか! まずは、自分から名乗るべきだな!」


 ──くくくく……。と、相手はくぐもった声で笑った。しかし、奴が面白がっているとは、一瞬でも思えない。


「良かろう……。拙者は堂上猛という、【遊客】じゃ! 江戸市中が不穏の形勢となり、こうして警護を承っておる」


 堂上猛……。略すれば「どうもう」と読める。いかにも獰猛そうな印象の【遊客】である!

 いかん! こんな馬鹿な言葉遊びをしている場合じゃない!


「へえ、承ってねえ……。誰に命じられたんだね? 老中の荏子田多門か?」


 堂上猛の顔が、たちまち怒色に染まる。くわっ、と大きな目が見開かれ、眉間に深い皴が刻まれた。

 しかし、天晴れにも、堂上は自分を抑えた。ぐっと顎を引き、素早く抜刀する。

「お主は鞍家二郎三郎と申す、創立者であろう! 江戸を守るのは、お主の義務ではないか! なぜ、のこのこお城に参ったのじゃ?」

 俺は「へっ!」と肩を竦める。

「多門に質問があってね。知っているか? 江戸の町は、今、完全に封鎖中だ。ここから現実世界へ戻るのも、また、外部から接続するのも、完璧に遮断されている。このままじゃ、江戸にいる【遊客】全員が〝ロスト〟しちまう。あんただって、ボヤボヤしていたら、そうなるぜ。それでもいいのか?」


 俺の言葉は、意外な結果を引き起こした。


 何と、堂上は、かんらからからと、高笑いを返してきたのだ。

「それがどうした? 俺は構わん! お主は〝ロスト〟が怖いのか? 結構じゃないか! 俺はこの江戸で、永遠に生きてやる!」

 俺はごくりと唾を呑み込んだ。背後の三人が、息を飲み込む気配がする。

 堂上は、ぐっと手にした刀を振り被る。

「ここは一歩も通せぬ! 通りたくば、拙者を倒すのだな。が、お主らにできるかな?」

 ひどい大時代な台詞である。聞いているだけで、欠伸が──。

 ああもう! 思わず落語の『欠伸指南』を思い出すところじゃないか! いい加減、俺も真面目になるべきだ。

 俺は両腰に差したトンファを引き抜いた。

 じりっ、と背後から、玄之介、晶、吉弥が身構える。

 堂上は、俺たちが戦いを決意したのを感じとったらしく、ニッタリと笑いを浮かべた!

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