六
江戸城の大手門には、赤々と篝火が盛大に焚かれ、番士が棒を握って見張っている。
門の前には、床机を置き、警護のためか大時代な鎧兜に身を固めた武士が、辺りを鋭い目付きで睥睨していた。
俺たちは、見咎められぬよう、大名屋敷の塀越しに顔を僅かばかり覗かせ、様子を窺っていた。
大手門前にあるのは、上野厩橋藩主の酒井雅楽頭屋敷で、耳を澄ませると、屋敷の内外でも慌しい動きが感じ取られる。塀が厚くて、細かい内容は聞き取れないが、ばたばたと大勢の人間が歩き回って、何事か叫び交わしている。恐らく、警備を厳重にするよう、督励しているのだ。
大手門に近い、歩兵屯所にも、同じような気配が満ちている。あちこちに篝火が焚かれ、警戒を厳にしている。
江戸市中全域が、ぴりぴりと緊張の極に達していた。南北町奉行と、火盗改が手を組み、一斉検挙に踏み切ったため、悪党たちが一斉に蠢いている。そのため、市中は不安に包まれ、あちこちで悪党たちが放った付け火で、江戸の空は炎による照り返しで明るい。
遠くから、捕り物の気配が漂っていた。
「どういたします? これでは、一歩も動けませぬぞ!」
玄之介が、顔を真四角に緊張させ、小声で囁いた。玄之介の後ろには、晶と、吉弥が、これまた緊張した表情で、こっちを見詰めている。どちらも顔色は蒼白で、ぴんと張り詰め、強張った表情である。
俺は大手門をじっくりと眺めた。警備は厳重で、棒を手にした番士は、蟻一匹通さぬ決意を、ありありと顔に見せている。
「よおし……」
俺は薄ら笑いを浮かべた。きっと、背後を振り返り、鋭く命令を下す。
「このまま、堂々と門に向かうぞ!」
「えっ?」
三人、同時に声を上げる。俺の言葉に、完全に虚を突かれた様子で、ぽかんとまったく同じように口を開いたまんまだ!
「従いてこい!」
俺はぐっと背筋を伸ばし、大股で歩き出す。遠目にも番士たちが「はっ!」と身構えるのが判る。
伊呂波四十八文字が、黒地に白く染め抜かれている着流し。総髪に、丁髷という明らかな浪人姿。こんな俺を、怪しまないほうが、おかしい。
さらには、俺の背後にぞろぞろと従いてくるのは、女忍者の晶。でっぷりと太り、相撲取りと見まがう巨体の吉弥。玄之介は与力らしい姿で、一応は武士の姿だが、完全に胡乱な一行である!
「止まれ! 何奴!」
番士がぐっと、手にした棒を突き出し、声高らかに呼ばわった。
俺は薄目になって、息を吸い込む。
「控えよっ!」
俺は全身の力を振り絞って、叫んでいた。
からん、と番士たちの手にした棒が地面に転がる。番士たちの顔を見ると、完全に虚脱し、両目はぽかりと開いたままだ。
なんとか俺の叫び声に耐えているのは、警護役の侍である。身につける装備や、態度から、どう見ても御目見の旗本だろう。それでも、顔色は蒼白であった。
「そこもとは、どなたで御座ろうか? 姓名などをお伺いしたい!」
声は震えているが、さすが旗本の気概が質問に顕れている。俺はちょっと、感心した。
「俺は鞍家二郎三郎。こう見えても御目見の資格を持つ、創立者の一人でね。お城に用があるんだ。通して貰えないか?」
俺の「創立者」という言葉に、侍はびくりと反応した。江戸を創設した俺たちは、特別の地位を認められている。一種、大名と同じ扱いを受けるのだ。
侍は目を細めた。
「それなら、創立者という、証拠をお見せ頂きたい」
俺は頷いてやった。
「証拠なら、これだ!」
俺は心の中で「創立者資格開示」と命じていた。
たちまち、侍の表情が驚きに染まる。
侍の目には、俺はぐーっ、と背丈が伸び、高さ一丈にもある巨人に見えている。背光が眩く輝き、俺の両目はぎらぎらと恐ろしいほどの輝きを見せているだろう。
俺のデモンストレーションは、一瞬で終わった。が、効果は抜群だ。旗本はあたふたと慌てふためき、ぺたりと地面に尻を落としていた。そのまま這い蹲り、土下座になる。
「失礼仕った! 確かに、そのお姿は、創立者で御座る!」
俺は鷹揚に頷いてやる。
「通っても、よろしいかな?」
「はは──っ! どうぞ、よしなに……!」
これがあるから、俺はいつでも江戸城に堂々と入り込めるのだ。旗本、大名など、一定以上の身分を持つ相手にのみ通じる、上級プログラマー奥の手である。
しかし、あまり濫発されぬよう、一度でも使うと、一週間は再発できないブロックが施されている。今回に限り、非常手段として発動したのだ。
「開門──っ! 創立者の御一行が通られる!」
旗本の声に応じ、門の内側から閂が外される音がして、通用門が開く。
俺たちは昂然と、門を潜った。