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電脳遊客  作者: 万卜人
第八回 老中荏子田多門の陰謀の巻
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 高輪の大木戸が、ぴしゃりと固く閉じられ、旅人や、町人が、戸惑ったように見上げていた。大木戸は、夕暮れの中、黒々とそびえている。


 俺は顔を顰め、呟いた。

「訳が判らん! こんな早い時間から、大木戸が閉まるなど、初耳だ!」

 晶が伸び上がるようにして、指差した。

「あそこに高札がある!」


 晶の言う通りだった。大木戸の手前に、かなり大きな高札が立てられ、物見高い連中が、周りを取り巻いていた。


「行って見よう!」


 俺の言葉に、晶と玄之介は頷き、急ぎ足になった。

 高札は楷書体で書かれている。本来は草書体で書かれるのだが、俺たち【遊客】は草書体ではまず、読めない。そこで、こちらの江戸では、公式な場所では楷書体を使用する。


 読み進むうち、驚きが俺の胸に弾けた。


 何と、大木戸を閉じさせたのは、老中の命令らしい。理由は、悪党の不穏の気配があり、江戸市中を守るため、一時的に交通を遮断する必要がある……とある。復旧するのは、江戸市中に潜伏する、悪党を総て捕縛してからである、とあった。


「悪党の掃討作戦ですか?」

 ぶつぶつと口の中で、高札の内容を読み上げていた玄之介が、首を傾げた。

「妙ですな。そのような動きがあれば、火盗改方頭に、話しがなければおかしい! 拙者は、とんと、そのような話を聞いておりませぬぞ!」

 命令を出したのは誰かと読み進めると、布告の最後に『老中 荏子田多門』とあった!

 玄之介はそれを読んで、両目を飛び出さんばかりに驚いていた。

「なんと! お城で出会ったあの御仁と同一人物で御座るか? 老中で御座ったのか?」


 俺は首を振った。

「いいや、あの時は単なるお勝手方か、普請奉行だったと思う。だが、奴は江戸創設メンバーだから、老中になる資格は充分に持っている。俺の知る限り、多門は今まで数度、老中に就任しているよ。あれから、老中に昇ったのだろう」


 俺たち創設メンバーは、江戸幕府の老中に就任する特権を持つ。というより、一種の義務となっている。

 普段は、老中の役職は、江戸NPCの譜代大名が勤めているが、NPCだけでは重要な決定が下せない場合、俺たち創設メンバーに就任して欲しいという要望が寄せられる。その点から見ると、ローマの元老院か、執政官のような仕組みである。

 老中就任はあくまで一時的で、必要がなくなると、俺たち創設メンバーは、さっさと退き、気楽な江戸の暮らしを楽しむのが普通だ。

 荏子田多門は、その中でも、何度も老中に就任を果たしている。就任する際はいそいそと昇り、任務が終わって解任されるときは、実に残念そうだった。まあ、変わり者といっていい。


 晶は俺を見て尋ねかけた。

「どうするの? 大木戸が通れなくなったら、教えて貰った廃寺へは、行けないんでしょう?」

 俺は、ゆっくりと頷いた。

「その通りだ。しかし、なぜ大木戸を閉める必要があるんだろう。しかも、悪党の一斉検挙など、まるっきり無駄な計画を推し進めようとしている」


 玄之介は俺の言葉に、気色ばんだ。

「悪党の一斉検挙が、なぜ無用なのです?」

 俺は顎を上げた。

「江戸の悪党走査をやってみな!」

 晶と玄之介は、一瞬ふっと考え込むような表情になり『悪党走査』を試した。

 驚きに、玄之介は、さっと俺を見た。

「増えております! さっきより、市中の悪党の数が増えている!」

 俺は「へっ!」と肩を竦めて笑った。

「江戸の悪党は、一定の数を保つようプログラムされている。たとえ、町奉行や、火盗改が本気になって、江戸の悪党を一掃しても、再び元に戻る。だから、いくら一斉検挙しても、無駄だと俺は言うのさ!」


 晶は大木戸を眺めながら、呟いた。

「大木戸以外、道はないの? ぐるっと遠回りすれば……海からは、どうなの?」

 俺は首を振った。

「どっちも無駄だ! 試してみるか?」


 晶は妙な表情で、俺を見上げる。俺はへらへら笑いを浮かべ、見詰め返した。

 俺のからかうような表情を目にして、晶はぷん、と頬を膨らませ歩き出す。


 俺は晶の後を、ゆっくりと従いて行った。

 大木戸からかなり離れた場所にやって来ると、晶は南へと歩き出した。ずっと向こうに大木戸が見えるから、晶は江戸の境界から足を踏み出す格好になる。


「あれ?」


 晶は顔を顰めている。

 足下が、ずりずりと滑り、前へ進んでいるのに、身体はちっとも動いていない。氷の上を歩いているようなものだ。

「ど、どうして……?」

 顔色は真っ青だ。信じられない体験に、すっかり動転している。

「結界ができているのさ。江戸城から、朱引きを囲む、目に見えない結界だ。老中の権限でしか、作動させられないが……」

 言いながら、俺は立ち竦んだ。驚愕が、波のように押し寄せてくる。

 俺の表情の変化に、晶と玄之介は訝しげな視線を投げかける。


「しまった! もし、俺の考えが確かなら……。俺たち【遊客】は、江戸に閉じ込められてしまったぞ!」


 俺の言葉に、二人はまるっきり訳が判らず、呆然としているだけだ。

 俺は二人に鋭く命令した。

「仮想現実から目覚める手続きをやれ! 今すぐだ!」

 二人はきょろきょろと辺りを探る。今いる場所には、俺たち三人だけで、江戸のNPCは一人たりとも、存在していない。仮想現実から目覚めるには、江戸NPCが見ている場所では不可能なのだ。

 幸い、ここには、俺たち三人の【遊客】しかいない。

 二人は目を閉じ、頭の中で、仮想現実脱出のプログラムを呼び出した。

 同時に、二人は目を開き、お互いの顔を見合った。


「目覚められない!」


 晶の叫びに、玄之介は青ざめた顔で頷く。

「拙者も、できませぬ!」

 俺は呻くように呟いた。

「そうだ……。今、江戸全域は、結界に閉じ込められている。つまり、俺たち【遊客】全員が閉じ込められている……!」

 玄之介は、おそるおそる、口を開く。

「つまり、それは……?」

 俺は大きく頷いていた。

「そうだ! このままでは、俺たちは確実に〝ロスト〟してしまう! しかも、江戸にいる【遊客】全員だ!」


 恐怖が、俺たち全員を打ちのめす!

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