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電脳遊客  作者: 万卜人
第八回 老中荏子田多門の陰謀の巻
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 俺がぬっと、刀鍛冶の工房に足を踏み込むと、ちょうど奥から出て来た刀匠の三平と顔が合った。

「お前さんか……」

 激しい労働をした後と見え、痩せた上半身は着物を纏っていない。全身に滝のような汗を噴き出させている。

 顔はごつごつと岩を刻んだ、絵に描いたような職人顔で、無精髭が黒々と顎の辺りを取り巻いている。

 俺を見ても、笑顔一つ浮かべるわけでなく、ぶすりとした仏頂面をぶら下げている。

 工房は雑然として、あちこちにふいごや、玄翁げんのう金梃子かなてこなどが置かれており、道具が散乱している。

 普通であれば、刀鍛冶といえば、もっとマシな工房である。だが、この工房は刀だけを鍛えているわけではなく、たいていは近所の鍋、釜などの生活道具の修理で日々を暮らしている。刀鍛冶は、いわば副業である。


 親方の三平は、器用貧乏という称号そのままの男だった。あらゆる手先仕事を請け負って、なんでもこなすが、大口の実入りの良い仕事はほとんど来ない。人付き合いが極端に苦手で、お愛想一つ口にできない性格なのだ。


「注文の品を取りに来た。約束では、今日には仕上がるって、話だったな」

 三平は体の汗を手拭で拭き取りながら、「うむ」と軽く頷く。くるりと背を向け、奥に消えた。

 戻ってくるなり、汚れた手を洗うでもなく、俺に「こいつだ」と、ずいと注文の品を突き出した。


 俺は受け取り、しげしげと眺めた。

 全長一尺五寸ほどの、鉄の棒である。棒は、むくではなく、中空になっている。棒の端に、横に握り手が突き出している。

 中空にした理由は、使い易いよう軽くするためである。もちろん、筒にすれば、強度も上がる。棒は二本で、両手で構える。

 俺は握り手を掴み、ぐっと棒で宙に突きを入れた。くるりと引っくり返し、腕にぴたりと押し当て、防御の体勢を作る。


 これが俺の、新しい武器だ。

 本来は、樫などの堅木などで製作する。だが、刀などを受け止める場合を考え、鉄の筒にしたのである。筒先は、丸く塞がれている。

 名称は、トンファという。沖縄武道などで使われる武器である。

 簡単な構造なのに、接近戦には非常に有効な武器である。

 棒の先を突き出せば、突きが入れられ、握り手を緩めれば、回転力がついて、打撃にも使える。また、腕にぴたりと押し当てれば、刀剣の攻撃も受け止められる。


 欧米などの警察では、それまでの警棒から〝トンファ・バトン〟という名称で、制式採用されている。機動隊では、片手にトンファを構え、もう一方の腕に盾を構える。


 江戸時代以前の刀鍛冶は、刀剣だけでなく、様々な道具を作った。刀鍛冶の技術が優れていた証拠に、種子島に伝来した鉄砲を、すぐにコピーするだけでなく、あっという間に全国に技術を普及させている。戦国時代では、世界最高性能の火縄銃を作り上げている。

 鍛冶の技は脈々と受け継がれ、俺の注文を、親方の三平は忠実に形にしてくれた。


「具合はどうかね?」

 三平は、トンファを様々な型で構える俺に、やや心配そうな表情で尋ねた。

 俺は、にやりと笑いかけ、答えてやった。

「ああ、バッチリだ! あんたに頼んで良かったぜ!」

「そうか」と短く答え、再び無表情に戻る。

 俺は懐から、金を取り出した。

「こいつは、代金だ」

 俺は十両を奮発した。刀の代金と考えれば破格である。だが、俺は【遊客】。金は余りあるほど、持っている。こんな機会でなければ、金を使いようがない。

 三平は無表情のまま、俺の金を受け取り、腹巻に捻じ込んだ。礼を言うでもなく、さっさと奥に消える。まったく、愛想のない親爺だ。

 俺は知っているが、三平はああ見えて、ひどい浪費家である。早速、俺の代金を腹巻に捻じ込んだまま、今夜は吉原かどこかへ、しけこむつもりだろう。十両の金も、多分、三日と保たないはずだ。


 外へ出ると、玄之介と晶が待っていた。吉弥は「小腹が空いた」と途中から別れた。吉弥の小腹は、五十人前の食い物を要求する。


 晶は俺の腰に差したトンファを、いち早く見つけた。刀を差すように、帯に挟み込むわけにはいかないので、俺は警備員が誘導棒を差すときに使う、革製の鞘のようなものを帯に装着している。両方の腰に差さっているので、二挺拳銃みたいで、中々格好良い!


「それ!」と指さす。俺は頷いた。

「ああ、お前の持っているヌンチャクを見て、これにしたんだ。どうだ!」

 さっと片手で抜き取り、構える。晶は素早く、背中に手を回し、ヌンチャクをぶーん、と俺を目掛けて振り回した。

 がっ、と俺のトンファが、ヌンチャクを受け止める。金属なので、かーんという虚ろな音が響いた。


 元々俺は、北辰一刀流を修得している。仮想現実に接続する際、北辰一刀流の技や、極意を、脳記憶に転写しているのだ。だから、仮想現実に接続している間だけは、北辰一刀流の達人でいられる。

 当時の剣術は、刀を振り回す技術が総てではない。今で言う、総合格闘技としての側面があって、刀剣以外、手裏剣や、素手での格闘、棒術なども含まれた。

 従って、トンファなどの特殊な武器も、多少の訓練で扱えるようになるのだ。音楽家が、様々な楽器を演奏できるようなものだ。


 俺の用意は、完了した。


 後は、雷蔵が教えてくれた、品川の廃寺を目指すだけである。

 晶はなぜか、憂鬱そうな表情である。俺は晶の屈託を不思議に思った。

「どうした? 何か言いたいのか?」

「あんた、死ぬ前に、品川で留吉さんという人を雇った、っていうじゃない?」

 意外な晶の言葉に、俺はぽかりと口を開け、まじまじと晶を見つめ返す。いったい、晶は何を言おうとしているのか?

「その留吉さんって人、殺されたんでしょ? つまり、あんたのせいよね?」

「俺が殺した、ってのか? 冗談じゃない! あいつを殺したのは、悪党に決まっている! 何で、俺に責任が……」

「その悪党を作り出しているのは、あんたたちよ! 判ってないのね!」

 晶は爆発した。顔色が真っ赤になって、両目には、めらめらと、怒りの炎が燃え上がっている。

 俺は怒鳴り返した。

「どうすりゃ、いいんだ? 俺に何ができる?」

 晶は急に静かになると、諭すように答える。

「一度くらい、留吉さんの家を訪ねてもいいんじゃないの? もしかしたら、家族だっているかもしれない」

 俺は怒りを押し殺した。

「詫びを入れろ、というのか? 俺が雇ったせいで奴が死んだからと?」

 晶は目を逸らす。

「そういうんじゃ、ないけど……」

 俺は大きく、息を吸い込んだ。心の中で「一、二、三……」と数を数え、怒りの炎を必死に宥める。

「判った。お前の言う通りにする。見舞いに行こう……!」


 まったく、何から何まで、つくづく面倒臭い娘だ!

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